それにしても、海外に行かなくても各地のうまいカレーが食べられるようになったんだから、在留外国人のみなさんの貢献に感謝していますね。
書店沼とカレー沼にはまる
それにしても、海外に行かなくても各地のうまいカレーが食べられるようになったんだから、在留外国人のみなさんの貢献に感謝していますね。
10月29日の地元紙に、高所得の外国人に帯同する外国人家事使用人材受け入れに反対する意見が、県へ多数寄せられているとの報道がありました。大半は、ひな型コピペする能しかない、移民問題に対するリテラシーが低い方々からによるものと思われます。家事使用人を必要としない所得の低い日本人がそれを言うのはみっともない限りです。
https://kumanichi.com/articles/1918438
2024年時点での主要先進国(OECD)における外国人人口の割合は、以下の通り。
日本は現在3.0%です。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2070年の日本の総人口は約8700万人、外国人人口の割合は10.8%です。
ルクセンブルク 51.2%
オーストラリア 29.5%
カナダ 22.0%
ドイツ 18.2%
英国 15.4%
米国 14.5%
フランス 13.8%
イタリア 10.9%
フィンランド 8.6%
韓国 3.8%
日本 3.0%
ポーランド 2.2%
メキシコ 1.0%
50年近く後になっても現在のドイツや英国の水準に達しないので、移民受け入れ余力は十分にあります。
荒唐無稽な排外主義の話題に乗せられて、これから得られる人口ボーナスをみすみす逃すのは、およそ馬鹿げています。
日本経済の低迷や少子高齢化課題に対する不満を、3.0%しかいない外国人(納税などの義務はあっても政治参加の権利がない)へ向けるのは見苦しく、それこそ日本人としての名誉を棄損する言動です。
外国人が就労の在留資格を更新し続けるためには、入管当局による納税や保険料納付の実績などの審査にパスすることが必要です。高所得の高度人材外国人がもたらす国益を理解していないとしたら残念です。
銀座の「単向街書店」(英文表記店名:One Way Street Tokyo)で購入した、是川夕『ニッポンの移民』(ちくま新書、920円+税、2025年)は、日本の移民政策の現状を理解し、移民受け入れに伴う懸念(=デマ)を払拭するには、適した書籍だと感じて読了しました。
まずここは政府が「日本は移民政策をとらない」と国民へ言い続ける不誠実な態度を取ってきたがために多くの日本国民が誤解していることですが、日本はすでに先進国でも上位の「移民国家」の道を進んでいます(p.58)。最長5年間の中長期在留資格(特定技能を含む)は更新こそありますが、国際基準で言えば、永住型移民に該当し、日本は2023年時点で先進国中第10位に位置しますし、留学や企業内転勤などの一時滞在型も併せると7位になるそうです(p.47)。とりわけ外国人の受け入れが進んでいる介護分野では、現在、「EPA」、「留学などを経た在留資格「介護」の取得」、「技能実習」(今後「育成就労」に変わる)および「特定技能」とスキームが4つもあります(p.115)。
著者によると、「これまでの移民研究に基づけば、移民の受け入れ自体が新たな貧困や格差を生み出し、社会的な分断を生むことはほぼない」と断言しています(p.202)。「排外主義は民主主義を破壊する」ものでしかありません。
著者は、たとえば、在日外国人による健康保険「タダ乗り」の懸念は間違いとも指摘しています。具体的には「国民健康保険制度に加入する外国人は、留学生、自営業、フリーランスなど企業に雇用されていない者に限られる。実際、国民健康保険に加入する外国人は約90万人程度であり、在日コリアンなどの特別永住者を除く中長期在留外国人約350万人の1/3にも満たない」と書いてありました(p.211)。
「日本への移民は今後ますます増加する」(p.159)上、「アジアの堅調な経済成長とそこにおける新中間層の若者の移住先として日本が位置づけられる中で、個人レベル、送り出し受け入れ双方の国レベルのいずれにおいても、好循環を生みつつある」と力強く論じていました(p.225)。
ところで、最近、神保町界隈を散策する機会に恵まれました。神保町は本の街でもありますが、カレー店激戦区でもあります。せっかくなので、努めてカレー店で食事をして味比べをしてみました。それで店舗ごとに、そこで働く人たちがまちまちでした。日本人、インド人、パキスタン人、ネパール人…。混在で運営している店もありました。彼らの出身国同士の関係はいろいろですが、ここニッポンで仲良く住めることは外交的な強みにもなり、素晴らしいことだなと思います。このようにリベラルで開放的な方向へ国柄の舵をとるべきです。
1週間ほど都内へアクセス至便な場所に滞在する機会があったので、かねてから興味のあった書店を訪ねてみました。そのうちの3カ所について記してみます。いずれも特化した分野で突出した品ぞろえと、それらに関心をもつ人びとが集えるイベント企画とスペースがあれば、文化サロンとしての書店経営が成り立つのだなと感じました。まともな書店がない文化的に貧しい地域に住む身からすると羨ましい限りです。これからも機会があれば訪ねてみたいと感じました。
■宇野書店(最寄り駅:大塚駅)
2025年8月にオープンした宇野常寛さんプロデュースの書店です。東邦レオ東京支社ビル2Fに店舗が入っています。入口では靴を脱ぐようになっています。店内は無人で、会計は完全にキャッスレス対応でした。ちゃんと監視カメラが備わっています。宇野さんの著書はほとんど置いてあります。その宇野さんがなんと石破茂(訪問時はまだ首相)との対談本を2012年に出版していたとは知りませんでした。その他、取り扱っている本の分野としては、社会思想・批評系が多いという印象を受けました。店内に試し読みするソファーが窓側一面にあり、静かにゆっくり過ごせる工夫がなされていました。ときおり店内でイベントが開催されているので、参加すれば交流機会があるかもしれません。
https://x.com/unoshoten_
■単向街書店(最寄り駅:京橋駅)
この店舗の存在は、舛友雄大さんの『潤日』で知りました。日本に在留する中国の知識人が利用する、アジア関連書籍を取り扱う書店です。オープンしたのは2023年8月です。中国語原書が多いですが、大陸で出版された書籍だけでなく、台湾で出版された書籍も扱われているようです。私は中国語の素養がないので2025年10月に「ちくま新書」から出版されたばかりの、是川夕『ニッポンの移民――増え続ける外国人とどう向き合うか』を購入してみました。こちらも宇野書店と同様、さまざまな人物を招いてイベントが開催されています。カフェスペースもあります。
https://one-way-street.com/ja/
■SOLIDA(最寄り駅:神保町)
神保町界隈にフランス文学者の鹿島茂さんがプロデュースした共同書店が4店舗ありますが、訪ねてみたのは2024年3月にオープンした3号店です。共同書店というのは、店内にある一つひとつの書棚ごとにそれを借り受けた店主がいて、店主ごとにこだわりの本を販売していますので、1カ所でSOLIDAの場合、600棚(店舗)をめぐることができます。販売されているのは新刊本に限らず古書や一部雑貨もあります。売上ごとに販売手数料もかかりますが、古書販売の場合は棚主には古物商免許はいらないそうです。ここも当然のことながら鹿島さんの著作が多く取り扱われていました。いろいろフェアも開いているようで、訪ねたときは荒俣宏特集があっていました。しかも、訪れた当日、鹿島さん自身が配架作業を行っているのを目にしました。
https://passage.allreviews.jp/
※おまけ 神田古書店街の「矢口書店」の屋外に書架がある風景がSNS映えするせいか、海外からの観光客と思われる人たちが、盛んに写真撮影していました。この向いにある「文華堂書店」は、軍事関係専門の古書店で、戦史料を探す際には重宝します。
昨年6月の改正出入国管理法施行直前に初回放送された番組ですが、今月21日に再放送されて視聴することができました。難民を支援する素晴らしい日本人に誇らしさを感じる一方で、難民の人権を損なうことにやっきの恥ずかしい日本人がいる情けなさも感じます。
この番組に関連して触れると、上記の改正入管法では、在留資格が無い難民認定申請者はほぼ誰でも、3回目どころか1回目の申請中でも送還の対象となり得る条文が入っていて、2024年に岩波新書から『なぜ難民を受け入れるのか――人道と国益の交差点』を刊行した橋本直子氏は、難民条約違反と言わざるを得ないと指摘しています。
UNHCRの「難民認定基準ハンドブック」には、「認定の故に難民となるのでなく、難民であるが故に難民と認定されるのである」とあるそうです。それは、「生まれの偶然性」ということでもあります。橋本直子氏は同著書のp.254-255で、「たまたま日本に生まれ、もし日本が「いい国」だと思っていらっしゃる方がいるとしたら、日本がいい国であるということを、たまたま「悪い国」に生まれた方々と分け合っていただけないでしょうか。それがまさに難民条約の前文に謳う、難民保護を世界の国々が協力して責任分担するということです」と記しています。
日本が難民に対する人権や人道に後ろ向きであるイメージを拡散することは、国益に反します。
https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2025062113740?t=9&playlist_id=44d224f6-9bfd-49c2-8657-50f9cdfd1184
「増える中国人の“日本移住” なぜ日本が選ばれる?」と題した、昨夜放送のNHK「クローズアップ現代」をついつい視聴しました。番組では、受験競争が厳しい中国の教育環境を避けて子どもに日本の教育を受けさせたいと願う中国の富裕層が、「経営・管理」の在留資格を得て来日移住する傾向を重点的に取り上げていました。中国における大学入試は確かに過酷で難関大学の学費も日本のそれより高いですし、中国では認められない不動産の私的所有も可能で低コストの住みよい現状からすれば、そうした選択へ走る(run)のは納得できます。
この番組では取り上げられていませんでしたが、ちょうど1年前あたりから、中国から日本へ経営や高度人材職就労の在留資格を得て移住する「潤」という言葉に触れた報道を見かけるようになりました。「潤」の中国語の発音のローマ字表記は「run」であり、これは「(生活が)潤う」とともに「(国外に)逃げる」という意味に重なるといいます。
こうした「潤」と呼ばれる行動をとる人の中には、権威主義体制下の人権抑圧から逃れたいという思いをもった知識人もいます。
このあたりの事情を幅広く取材した舛友雄大著の『潤日(ルンリィー) 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』という書籍が今年、東洋経済新報社から出ていて、私も先日読んでみましたが、中国国内の体制に疑問を持つ富裕層や知識人の考え方や文化習慣を理解する助けになり有益です。生活自立した中国の中間層の移住は、同書のタイトルにもある通り、日本の国益になる効果が高く、日本が潤うことになる面が確実にあります。当然のことながら納税・保険料納付への貢献もあります。移住する側、受け入れる側双方にとってプラスの道を模索するべきだと思います。
特にこれから高齢となる就職氷河期世代の日本人は、このままでは先細りする現役世代に食わせてもらう立場ですから、なおのこと潤日歓迎であるべきではないかと思います。
https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/episode/te/B3LRKVJ872/
https://toyokeizai.net/list/video/WCgKzSDwhas
明日2月22日は、2並びの「にゃん、にゃん、にゃん」で猫の日であり、1951年2月22日公布の行政書士法にちなんだ行政書士記念日でもあります。
ということは、行政書士界隈はネコノミクスの一端を、にニャているのではニャいかニャ?
画像は、ネコのユキマサくんがキャラクターである登録団体のサイトより。
昨日の地元紙1面の記事下広告の内容と配置には、ちょっと考えされられました。
写真左側には「外国人ヘイトではない!」というコピー入りで、特定の外国人を排斥する出版物の広告が載っています。
この出版社の経営者は、さまざまな陰謀論を信奉するずいぶん奇特な人物のようで、同社ではもっぱら怪しい健康学やスピリチュアル関係の書籍を好んで出版しています。それら出版物の著者もアカデミックな言論界では無名の人が多いようです。
https://note.com/inbouron666/n/ndcdd031a3685
思想信条の自由、出版や表現の自由はありますが、ヘイトスピーチの自由というものがあってはなりません。人権侵害を赦してはならない新聞社がこのような破廉恥な広告を載せることに、疑問を感じました。
一方、写真右側には、岩波書店の『論理的思考とは何か』や『学力喪失』の新書広告が載っています。岩波書店が発行する雑誌「世界」では今年5回に分けてノンフィクションライターの安田浩一氏による「ルポ 埼玉クルド人コミュニティ」が連載され、在日クルド人がいかに不当な差別を受けているかを告発しています。神奈川の川崎で在日コリアンの人たちに対して不当な差別デモを繰り返している連中が、わざわざ埼玉の川口や蕨まで出向いて外国人ヘイトの活動を続けていることなどを記事では明らかにしています。
私たちの社会に、ネット上のヘイトデマやヘイト本に易々と騙されるような、論理的思考ができない、学力がなくて無知な層が一定数いるのもまた事実です。それだけに、岩波新書の広告が、左隣りの出版物の読者層を揶揄しているようで、これはこれで一種の皮肉を込めた広告配置として見なければならないのかなと感じました。
エマニュエル・ドットの『西洋の敗北』を読み終わりました。本書の前に読んだピーター・ゼイハンの『「世界の終わり」の地政学』と比較すると、米国とロシアについての見方が対照的なので、その点がもっとも印象的でした。結論が異なるには必ずワケがあります。結論を補強する指標の集め方に違いがあるのか、同じ指標でも重視するポイントに違いがあるのかです。政治や経済、社会については、自然科学の実験とは異なり、再現して証明することができません。どうしても既存の指標をどう読み取るかで、対象の見え方が違ってきます。
トッドは、米国の実態を弱く捉え、ロシアのしぶとさ、したたかさを強く考えていますが、ゼイハンはまったく逆です。でも、どちらも首肯できる点があります。トッドは、実体経済、ことに工業生産やそれを支えるエンジニア人材の層の指標を重視しているように思えます。ロシアの人口は日本よりちょっと多いぐらいですが、2倍以上の人口を持つ米国よりエンジニア人口の絶対数は多いので、意外と工業生産力はあり、継戦能力が高いと、トッドは見ています。一方、米国内の政治家や弁護士、銀行家といった人材は、およそ生産性のない寄生虫集団呼ばわりしています。
しかし、ロシアのネックは人口の割に国土が広すぎる点です。領土を広げても安定的な統治管理は困難を極めます。その点、米国にはエリートの移民を引き付ける力があります。トッドの著書によれば、米ハーバード大学に占める学生の属性はかつてユダヤ系が高かったのですが、現在はアジア系が最も多くを占めています。米国人の学生がロースクールやビジネススクールへ向かう一方で、米国での2001~2020年の博士号取得者数のベスト10には①中国②インド③韓国④台湾⑤カナダ⑥トルコ⑦イラン⑧タイ⑨日本⑩メキシコとなっており、隣国のカナダとメキシコを除くとアジアの出身者が多いことがわかります(p.303)。しかもアジアの出身者は工学系あるいは科学系の博士号の取得比率が高いのが特長です。トッドが示す指標からむしろゼイハンの主張がより納得できる思いがしました。
ちょうどけさの新聞では経産省試算による2040年の発電コストを報じていて、それでは二酸化炭素対策コストがかさむLNG火力が原発より割高とされていましたが、核のごみ処理コストなどは考慮されていないようで、見掛け倒しの数字の疑念も抱きました。
同じように判決文も読み方次第でいかような主張もできます。やはりけさの新聞で、首相は八幡製鉄事件最高裁判決を引き合いに企業献金全面廃止は違憲だといっていますが、ある憲法学者は用途限定ない企業献金は禁止可能と判決文から読み取った旨を寄稿していました。
データつまみ食いの陥穽とならないよう気をつけたいものです。
「能登半島豪雨に関するお知らせ」について、【出入国在留管理庁からのお知らせ】メールマガジン(20241003)より引用してお知らせします。
【出入国在留管理庁からのお知らせ】(20241003)
外国人生活支援ポータルサイトの大事なお知らせに「能登半島豪雨に関するお知らせ」を掲載しました。
https://www.moj.go.jp/isa/support/portal/index.html
橋本直子著の『なぜ難民を受け入れるのか――人道と国益の交差点』(岩波新書、1120円+税、2024年)は、著者が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)での実務経験を有することもあって、難民受け入れに際して表からは見えない世界各国の論理と戦略にかかわる有益な情報が得られた良書でした。まず難民の受け入れ方式が、「待ち受け方式」と「連れて来る方式」の2つに大別されます。前者は受入国まで自力でたどり着いた難民(本国ではエリートが多い)が庇護申請を行い、受け入れ国の政府が受動的に審査したうえで、何らかの在留資格を与える方法です。後者は他国にいる難民を、受け入れ国側が選んで能動的・積極的に連れて来て、何らかの在留資格を与える方法です。後者の具体例としては、第三国定住やウクライナ避難民のような本国からの直接退避があります。
特に日本の場合、国の規模と比較しても、第三国定住難民の受け入れが少なく、国際的に批判されていることをもっと知る必要があります。量質ともに拡充することが人道的にも国益的にもメリットが高く、日本よりもはるかに人口が少ない北欧諸国が脆弱な立場に置かれた多くの難民を受け入れて定住政策を成功させている実績に学ぶべきです。
本国からの直接退避の例としては、2021年8月のアフガニスタンのタリバン制圧に伴うアフガニスタン人現地職員の退避があります。しかし、その退避要件の厳格さ(通常の短期滞在査証発給要件よりもハードルの高い条件をわざわざ新規に創り出して要求)は非人道的な理不尽なものであり、来日後も難民申請阻止や帰国強要を疑われる行為があったと、著者は憤怒の念をもって日本政府の仕打ちを批判しています。そのこともあって本書の印税は著者の知人が身元保証人となって日本になんとか退避させたアフガニスタン人難民一家の女児2名の教育資金に充てると明らかにされていました。
印象に残った言葉として「生まれの偶然性」というものがありました。これは著者が学んだオックスフォード大学難民研究所の講師陣が繰り返し言及した概念だそうです。それを受けてp.254-255には次のように記されています。「たまたま日本に生まれ、もし日本が「いい国」だと思っていらっしゃる方がいるとしたら、日本がいい国であるということを、たまたま「悪い国」に生まれた方々と分け合っていただけないでしょうか。それがまさに難民条約の前文に謳う、難民保護を世界の国々が協力して責任分担するということです」。
さらに、日本の入管法第61条の2の9第4項第2号(2023年6月成立のノン・ルフールマン原則の例外規定)は、入管庁の幅広い裁量によって難民申請中の送還停止効を解除できる条文となっており、難民条約違反と言わざるを得ないと指摘しています。実際の条文では、在留資格が無い難民認定申請者はほぼ誰でも、(改正案審議中に問題視された)3回目どころか1回目の申請中でも送還の対象となり得る文言となっています。これは、難民認定制度において可及的速やかに改訂されるべき問題です。この改訂がなければ、日本が人権や人道に後ろ向きであるイメージを拡散し続けることになり、国益に反します。
他にも知ることができて重要な情報として、難民審査参与員制度の問題点がありました。この制度は2005年に30名程度で発足し、2023年末時点で110名程度いるそうですが、参与員の意見には法的拘束力が無く、参与員(著者自身も2021年から参与員の1人)の専門性に大きな差があり、組織が法務省から独立していない、とのことでした。この点は日本には行政から完全に独立した第三者機関である国内人権委員会が存在しない状態と併せて後進性を示すものであり、国際的に不名誉であることを国民は知った方がいいと思います。
最後にUNHCRの「難民認定基準ハンドブック」に記された有名なフレーズを本書が示していたので引用します。「認定の故に難民となるのでなく、難民であるが故に難民と認定されるのである」。
なんだかんだ言って自国第一主義のポピュリストやレイシストのみなさんほど国益を損なっている可哀そうな○○はいないなと考える次第です。
明日6月20日は「世界難民の日」だそうです。今月13日に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が出した報告書によると、2023年末時点での難民の人数は世界で1億1730万人(前年比880万人増)となっています。2024年4月末時点ではさらに増えて、UNHCRの推計では世界で1億2000万人に達し過去最多といわれます。戦争紛争が原因の最たるものですが、権威主義体制下の人権弾圧やこれからは気候変動による難民の増加も見越す必要があります。
日本国民が身近に考えて支援できることといえば、やはり難民を社会的に包摂するということにほかならないと思います。『世界』(2024年7月号)掲載の橋本直子氏による「『難民を受け入れる』ということ――線と面で考える」は、課題の理解に寄与するコンパクトな論考でお勧めです。
「世界難民の日」に岩波新書から刊行される同氏の著書『なぜ難民を受け入れるのか 人道と国益の交差点』も読んでみたいと思います。
それにしてもレイシストのデマを鵜呑みにするようなバカに議員報酬を与えて養っている現実が周囲にあったりしてやり切れません。
権威主義体制下の人権弾圧から逃れる難民もいますが、近年は中国から日本へ経営や就労の在留資格を得て移住する「潤」と呼ばれる人たちの存在も注目されています。難民申請に至らない富裕層や知識人らからなりますが、中国の体制に疑問を持って逃げてきた点では、変わりないとも言えます。
じっさい「潤」の中国語の発音のローマ字表記は、「run」なのだそうですが、これが「(生活が)潤う」とともに「(国外に)逃げる」という意味と重なるといいます。
これらの生活自立した中国の中間層の移住は、日本の国益にとっても損にはならないのではないでしょうか。
写真は上海の高層ビル建設現場。1997年撮影。
「特定活動の対象に高度専門士を追加などの見直し」について、【出入国在留管理庁からのお知らせ】メールマガジン(20240329)より引用してお知らせします。
【出入国在留管理庁からのお知らせ】(20240329)
外国人留学生の就職促進に向けて、在留資格「技術・人文知識・国際業務」の運用を見直すとともに、大学卒業者と同等と認められる者について、在留資格「特定活動(告示第46号)」の対象に追加しました。
詳細はこちら
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/10_00188.html
熊本県弁護士会所属の若手弁護士の方がこのたび日弁連ゴールドジャフバ賞を受賞されたと、本日(3月3日)の地元紙が報じていました。この方は、元技能実習生死体遺棄事件で、被告の主任弁護人として最高裁で昨年3月24日逆転無罪判決を勝ち取っています。私もこの方の存在については、事件発生直後の2020年11月から救援に動いていた先輩行政書士の方の講演で聴いて知っていました。最高裁の自判無罪判決を得るのは稀有なことで、本件は戦後25件目にあたります。2018-2022年の最近5年間の最高裁の事件処理件数に限っても、高裁から最高裁への上告件数は1万件ありますが、そのうち最高裁が弁論決定したのが16件(0.16%)、破棄自判無罪となったのは2件(0.02%)に過ぎません。ただでさえ支援が行き届かない技能実習生制度のもとでの孤立出産が罪に問われた事件から被告女性を救った活躍は素晴らしいと感じます。
日常生活において多くの人は裁判とは縁がありませんが、いざ係争となると、いかに仕事ができる弁護士と出会えるかが重要です。私も会社員時代に法務的業務に従事して、顧問を委嘱する弁護士を探したり、はたまた解嘱したりした経験があります。今回の受賞報道に接して、法務担当時、世話になったある優秀な弁護士を思い出しました。その方は、1993年3月25日の水俣病第三次訴訟2陣熊本地裁判決において、チッソ・国・熊本県に勝訴の判決を得た際の弁護団の若手弁護士の一員として活躍されています。その判決は賠償金の仮執行と仮執行の免税がついているものでした。弁護団は事前に周到な準備を進めて、和解に応じようとしなかった国に打撃を与えるため、国に賠償金を支払わせる仮執行に成功しています。国が執行金相当額を熊本法務局へ先に供託すれば、仮執行が免税されますが、判決直後に国の現金が保管してある熊本中央郵便局へ執行官と弁護士が出向いて差押えれば、仮執行が可能になるというものでした。しかも、執行金を預金する先の銀行から金銭をカウントするプロと紙幣をカウントする機械も伴っています。そのあたりの攻防の模様は、水俣病訴訟弁護団編『水俣から未来を見つめて』(1997年刊)に書かれていますが、このように鮮やかに国の現金を差押えする前例はなく、読むと法廷ドラマのようなドキドキ感があります。
ただ一つ残念なのは、私が世話になり、上記の手記を執筆した弁護士とは別の方ですが、同じ当時の若手弁護士のメンバーの一人で、先ごろまで全国B型肝炎訴訟熊本弁護団長だった人が、口座の預かり金から約9000万円着服したという報道が今年ありました。30年後にこうした事件を自らしでかしてしまう弁護士もいるわけで、資格だけで資質を体重みたいに推し量ることはできず、弁護士など専門家選びはなんとも難しいものです。
写真は記事と関係ありません。ウィーン市内で見かけたコイン式体重計(1993年1月撮影)。同種のものは昔モスクワ市内でも多数見かけたことがあります。
https://kumanichi.com/articles/1345422
https://kumanichi.com/articles/1314340
毎月第1水曜日と第3日曜日の13:00~16:00、熊本市国際交流会館2F相談カウンターにおいて、熊本県行政書士会会員の申請取次行政書士が、無料相談に応じています。
1月10日(日)13:00~16:00には、当職が相談員として対応いたします。
https://www.kumagyou.jp/?page_id=220
https://www.kumamoto-if.or.jp/plaza/default.html
https://www.kumamoto-if.or.jp/kcic/kiji003277/index.html
写真は記事と関係ありません。イタリア・ローマ、スペイン広場(1990年12月撮影)。
12月2-3日と水俣病センター相思社で開かれている「百年芸能祭in水俣」の初日イベント「百年座談in相思社」に参加しました。通常は休館日にあたる水俣病歴史考証館に展示されている丸木作品も観覧することがかないました。座談会の前に千葉明徳短期大学の明石現教授による11弦ギター演奏があり、明石ゼミ学生8名による手話合唱もありました。特に普段の生活では無縁の若い女性たちの歌声には、さすがに日頃シニカルな自身の心も洗われる思いを抱きました。これまで何度も相思社を訪ねたことがありましたが、これほど清々しい気持ちにさせられたのは初めてでした。
この後の座談会の最後で、本祭の「口先案内人」を務める姜信子さんが、権力者が怖れるのは、人々が歌うこと、踊ることというようなことを述べていましたが、世の中の不条理に異議申し立てを行う手段としては、確かに力を覚えます。最近読んだ、ロビン・ダンバーの『宗教の起源』でも、笑う、歌う、踊る、感情に訴える物語を語る、宴を開くといった、社会的グルーミングにはエンドルフィン分泌をうながす効果があり、結束社会集団の規模を大きいものにするとありました。法事なんかで経本をみんなで声を合わせて詠まされるように宗教儀式にはそうした要素が仕込まれています。
さて、「百年座談会 私たちのつながりあう百年」では、(一社)ほうせんか理事の愼民子さんから「在日の百年」、宮城教育大学准教授の山内明美さんから「東北の百年」、相思社職員の葛西伸夫さんから「水俣の百年」をテーマにトークがありました。今から100年前の1923年に関東大震災があり、水俣では日窒(チッソ)に対する漁民の最初の闘争が起きています。
座談会では、以下のキーワードがありました。関東大震災直後の朝鮮人虐殺(中国人や標準語を話さない日本人も犠牲になっています)、コメのナショナリズム(植民地での日本米増産)、放射線育種米(あきたこまちR12)、六ケ所村、寺本力三郎、大間原発、三居沢水力発電所、日窒興南工場、野口遵、半島ホテル(現在はソウルのロッテ百貨店が建つ)、水豊ダム、福島第一原発、復興庁、ハンフォード・サイト、朝鮮籍。
今回の座談会を聴いてこの百年を理解する手引きとして、以下の2つの書籍を個人的に挙げてみたいと思います。1冊目は、遠藤正敬『新版 戸籍の国籍の近現代史 民族・血統・日本人』(明石書店)です。「日本人」の定型、「臣民」への画一化が如何に形成されてきたかを知るには良著です。朝鮮籍・韓国籍・琉球籍の経緯を知る価値があります。旧満州国の日本人は満州国人ではなく内地人(日本人)であり続けたことも学んだことがない国民が大部分だと思います。2冊目は、ジャニス・ミムラ『帝国の計画とファシズム 革新官僚、満洲国と戦時下の日本国家』(人文書院)です。先進技術や資源をめぐる利権に蠢く権力者たちが、外国人だけでなく自国民の人権を如何に蔑ろにしてきたか、その手口を知るのに適しています。かつてのテクノファシズムには、今日のテクノソーシャリズムにも近しいところがあり、それも国民は監視すべきだとは思います。ついでに挙げると、これからの百年を考えるには、ブレット・キング、リチャード・ペティ『テクノソーシャリズムの世紀 格差、AI、気候変動がもたらす新世界の秩序』(東洋経済新報社)もお勧めです。
ところで、私の百年では、祖父の兄が大工だったそうですが、関東大震災後の復興特需で横浜へ移住します。その兄を頼って祖父も横浜へ行き、当地で商船会社の社員の職を得ます。北米航路の豪華客船にも乗っていましたが、アジア太平洋戦争中は軍の傭船に乗務し、南方と内地との物資輸送にあたっていました。最期はインドネシアから出港した油槽船に乗っていましたが、マニラから基隆へ向かう途中で米軍潜水艦からの攻撃に遭い亡くなりました。その命日は、偶然ですが、日窒創業者の野口遵と同じ1944年1月15日です。野口遵は電気化学を学んだ人物ですが、私の息子(COP3京都会議の期間中生まれ、私の祖父からすると曾孫)は、現在まさしく電気化学の分野の研究(※)を進めており、脱炭素社会の一翼を担っています。なにかしらつながるものだなと思わざるを得ません。
※一口で言えば、二酸化炭素還元反応。CO2(二酸化炭素)からCu(銅)を電極触媒として用いてCH4(メタン)やC2H4(エチレン)、C2H5OH(エタノール)といった有用物質を得る電解還元の研究。CO2排出抑制につながるものです。
毎月第1水曜日と第3日曜日の13:00~16:00、熊本市国際交流会館2F相談カウンターにおいて、熊本県行政書士会会員の申請取次行政書士が、無料相談に応じています。
11月19日(日)13:00~16:00には、当職が相談員として対応いたします。
https://www.kumagyou.jp/?page_id=220
https://www.kumamoto-if.or.jp/plaza/default.html
https://www.kumamoto-if.or.jp/kcic/kiji003277/index.html
写真は記事と関係ありません。インドネシア、ジャカルタ国立博物館(1991年7月撮影)。
所属団体の研修で「やさしい日本語」のポイントを学ぶ機会がありました。日本語を母語とする人が、日本語を母語としない人たちと接するときに役立つ内容でした。東京都が2018年に行った都内在住外国人向け情報伝達に関するヒアリング調査によると、希望する情報発信言語として「やさしい日本語」が「英語」を上回っています。ではどうしたらいいのでしょうか。たとえば、易しい言葉に書き換えて分かりやすい書き言葉にすることができます。話すときは相手に分かってもらっているか優しく確かめながら進めて行きます。これは外国人向けだけでなくて日本人の高齢者や子ども向けにも必要な対応だと思いました。 https://www.moj.go.jp/isa/support/portal/index.html
一方、日頃見聞する出来事によっては、悲憤慷慨することが多々あります。当然内容的に「やさしくない日本語」で表現したいことが多くあります。私のSNS・ブログにおける情報発信は、ビジネス目的であるよりも自分の日々のメモ代わりが主なので、多くの読者を獲得しようという目論見はもともとありません。あえて読んでみる方は物好きな方に違いないと考えていますので、やさしくない日本語をこれからも多用して咆えていこうと思います。
※写真は記事と関係ありません。アンカレッジ空港内のホッキョクグマ剥製(1990年12月撮影)
河合優子著の『日本の人種主義』(青弓社、1800円+税、2023年)を読んでいるところです。人種差別(レイシズム)に係る著作としては、これ以外に最近では平野千果子著の『人種主義の歴史』(岩波新書、940円+税、2022年)やイザベル・ウィルカーソン著の『カースト』(岩波書店、3800円+税、2022年)を読みました。後の2作は、世界の、あるいは米国・インド・ナチスドイツにおける人種差別の歴史を理解するのにたいへん役立ちました。冒頭の著作はこうした世界の流れも押さえつつ日本における差別に焦点を合わせたものとなっています。
特に日本における差別の実態を見るには、「人種なき人種主義」について注目する必要があると思いました。それを理解すると、他の差別の構造についても同じものを感じます。以下は、p.131からの引用です。
「まとめると、人種なき人種主義とは以下のような人種主義である。まず、人種平等とはこれから実現する「人種は平等であるべき」という理念であるのに、人種主義に基づいて歴史的に作られてきた社会的制度や構造を根本的に変革せずに「人種は平等である」という現実と見なす。いまや人種主義は否定され、みな同じ機会を与えられているのに、異人種間に社会経済的な格差があるならば、それは人種主義の問題ではなく個人の問題、としてしまう考え方である。その結果、人種主義を解決するための政策を導入できなくなることで、既存の人種主義的な社会のあり方が維持される。つまり、人種なき人種主義とは、人種をみえにくくすることで人種主義が不可視化されるような人種主義である。」
外国人や女性、性的マイノリティ、貧困など、差別の構造には、差別する側が自身の特権を見てないことで、特権を持たない側の個人の能力や努力のせいにして差別することを正当化してしまい、差別的な社会が維持される側面もあると思います。「差別はしていない」とか「差別されていない」と言い切って社会改革に後ろ向きな人物は、はたしてそれは声を上げることもできないでいる個人の問題か疑ってみることが必要だと思います。
我がこととして他人を支援するのは困難さを伴うものですが、あえてそれを行う人を私は尊敬します。4月26日の朝日新聞「ひと」欄に掲載されていた、中島真一郎さん(行政書士登録では「須藤」姓)は、同じ士業団体に属する会員の中でも全国に誇れる稀有な存在です。
虐げられた人々を放置できない中島さんの精神の源流は、熊本大学の学生時代から見ることができます。宇井純さんらによる「東大自主講座」(最終講義は私も聴きに行きました)があったように、水俣病など公害被害者支援の「熊大自主講座」の運営を、担った中心人物です。後に講義録第1巻「生命のみなもとから」(1981年刊)・第2巻「うしてらるるもんか」(1982年刊)を編集出版されています。講義録を読むと、錚々たる講義登壇者のお名前があります。ご自身も2巻とも「あとがき」を書かれています。