森平雅彦編著の『朝鮮の王朝外交 ”ややこしさ”からの気づき』(集英社新書、1060円+税、2026年)は、朝鮮王朝が隣りの大国とだけでなく周辺諸国といかにしなやかに賢く渡り合ってきてたかを知ることができる、好著だと思いました。片や今日の日本は、ともすれば米国という大国の冊封体制に組み込まれた外交マインドでしか動いていない面が多いのではと感じます。本書でも触れてありますが、かつての日本には対馬の宗氏のお家芸である文書改ざんという知恵もありました。歴史の中に埋もれている知恵に学んでみると、米国と並ぶもう一つの大国である中国との付き合い方を含めて、もっと国際関係は良くなるのではと思います。
編者の森平雅彦氏は、本書のむすびで以下のように書いています。「他者に内在する論理が見えてくるとき、またはこれを見ようと努めるとき、それは、自分のなかの論理では見えていなかった物事に気づき、自分の論理が絶対ではないこと、あるいは、それが不十分な部分を省みるきっかけになる。他者の論理に向き合うことは、それまで自分になかった目線を手に入れ、自分の近く世界を広げ、豊かにする作業だ。それはもはや、他者を理解するためというより、自分のためにほかならない」(p.318-319)。
上記のモノの見方を考える具体的例として森平氏は、本書の序文でなんと草食動物のヌーを取り上げていました。ヌーという動物を肉食動物に捕食されるモノとして見るだけでなく、視力が良くないので視力に優れたシマウマと行動を共にして警戒を補う生存戦略などを示して誘ってくれました。
以下に興味深く感じた事例を列記してみます。一部は朝鮮王朝ではなく、対馬の宗氏の事例。
・モンゴル(元)の支配下でも高麗が独自の王国として存続できたのは、元の対日戦略を担う征東行省の名義利用があった。名目上は地方統治機関だが、実質的には高麗王が統治する高麗政府であり、元の直轄統治とはならなかった。
・小国が大国に事(つか)える、事大主義の冊封体制下で宗主国に無断で隣国に交わること(交隣)は、「私交」とされ、問罪の対象となった。しかし、朝鮮の第4代国王世宗は、宗主国の明に対して室町幕府の日本との私交を、「礼」には「礼」をもってする「交隣の礼」だと正当化して対処した。なお、世宗は第3代国王太宗の三男だが、長男や次男と異なり「天性が聡敏で大変に学を好む」と評価されていたので、「賢を択(えら)ぶべし」の方針にもとづき王世子となった経緯がある。
・1443年に結ばれた癸亥約条では、対馬の宗氏の年間渡航船数は50隻と定められた。宗氏はその制限を突破させるべく、博多商人とも協力して偽名義の使者を仕立てた。見かけのうえでは、上は室町将軍から下は瀬戸内の小島の領主までこぞって通交したかの観を呈した。
・16世紀末、日本国内の統一を果たした豊臣秀吉は、朝鮮を服属させて大陸に出兵し、明を征服することを目論んだ。その交渉を命じられて苦慮した宗氏らのはたらきかけで、朝鮮からは天下統一祝賀の名目で通信使が訪日した。これを朝鮮の服属表明と勘違いした秀吉は、明出兵の手引きを要求する。宗氏はこれを仮道(朝鮮国内の通過許可)にすりかえて朝鮮と交渉したが、朝鮮側は拒絶した。(p.237-238)
・朝鮮貿易を死活問題とする対馬は、壬辰戦争後ほどなく、その復活のために国交回復を朝鮮側に求めてきた。朝鮮もまた北方における女真の台頭をうけ、日本との和解に合意し、1607年、朝鮮使節が正式に江戸幕府を訪問した。当初朝鮮と幕府の間では国交再開の条件がおりあわず、交渉は難航した。そこでこのとき対馬が、お家芸である偽使のノウハウを駆使して双方の国書を偽造・改竄して修交を実現させるアクロバットを演じたことは有名である。(p.239)
・前述のように、当初は対馬が国書の偽造によって通交をスタートさせたため、それをとりつくろうべく、最初の3回までは引き続き対馬が国書を偽造・改竄していた。しかし1631年、対馬のお家騒動からこの事実が幕府に露見した。幕府ではこれを穏便に処理し、引き続き対馬に朝鮮外交の窓口役を任せたが、対馬現地で外交文書を担当する僧侶(以酊庵僧)を幕府が任命し、対馬がひそかに文書の偽造・改竄をおこなえないようにした。(p.243)
関連メモ
九州国立博物館開館20周年記念特集展示「豊臣秀吉とアジアの外交」では、宮内庁書陵部所蔵の「朝鮮国王李昖(宣祖)国書・別幅」(豊臣秀吉宛各1通)が出品されていました。面白いことに、この国書と進物目録は、対馬の宗義智(そう よしとし)が改ざんしたものです。本来は日本国書への返信(奉復)であるところを、先に偽の国書を送ったことが露見しないよう「奉復」の字を「奉書」と変えてあります。国王印も偽造印となっていて、まさに宗氏の諜報外交能力は職人技です。
同展では、5点の国宝指定された品が展示されていましたが、いかに歴史的・学術的価値が高くとも偽造品である限り国宝指定とはならないのでしょうか。「”正真正銘”の国宝級の偽造品」だけに、なんとも複雑な感じです。なお、宗氏偽作の朝鮮国王印(九州国立博物館所蔵)は、偽造品ながら重要文化財指定となっています。