それは科学か歴史かの思考と行動

一昨日(6月19日)は「東京大学先端物流科学寄付研究部門設置5周年記念シンポジウム サプライチェーン全体最適へのアカデミアの貢献」のオンライン受講、そして昨日(6月20日)は熊本県防災センター見学会参加とともに「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)拠点連携シンポジウム2024~豪雨から学ぶ気候変動時代の『地域気象データ活用』と『緑の流域治水』」の会場受講と、いずれも東京大学先端科学技術センター主催のシンポジウムに参加する機会を得ました。参加して共通して感じたことは、後者のシンポジウム会場で配布されたパンフレットに記載されていた「過去を識り、今を理解し、未来を共に創る。」の思考と行動の大切さでした。これは換言すると、温故知新ということですし、さまざまな事象を捉えて「それは科学か」あるいは「それは歴史か」と問うことに始まると思います。
先端科学技術の発展により、さまざまなデータを観測蓄積し、それを再解析することで、予測再現することが可能になってきています。それらの精度は高まってきています。そのようなデータを全体共有し利活用することが、大げさに言えば人類の共通課題に対処するうえで必要不可欠で利益となります。
もちろん先端科学技術を悪用すれば、私的な経済的利益を得ることも不可能とは言えません。一例を挙げると、港での自動車の輸出入状況を人工衛星でリモートセンシングすると、自動車メーカーの業績の先行指標を得られますから、それによって株式売買で稼ぐことも可能であるという研究もあるぐらいです。一方、低価格なIoT技術を活用した水位モニタリングが人の顔まで識別してしまうとプライバシー侵害になるリスクもあります。公正さや正義を保全するためには法や慣習、人権の歴史的積み重ねに通じていなければなりません。
最後に伝えておきたいのは、こうした催しで必ず場違いな言動を行う人を発見できるのも特典です。「緑の流域治水」においては、ダムやコンクリート堤防に重きを置かない治水が思想の根底にあり、昨日のシンポジウムで登壇した講師はだれもダム治水について有用性を言いませんでした。唯一ビデオメッセージを寄せた前知事が「緑の流域治水」の転換として「流水型ダムで守る」と口にしていました。プログラム最後のパネルディスカッションになってから土木部長上がりの副知事が登壇したのですが、その副知事の自己紹介の後に他の講師から「緑の話がない」と突っ込みを受けていました。さらに閉会のときだけ知事が、くまモンを伴ってあいさつしましたが、これもどちらかというと「くまモン」の人気に頼ってお茶を濁したような内容でした。県議会中でもあり、あまり見識がないのなら無理に出てこなくても良かったのではと思いました。
写真は、防災センターの指揮台付近の本部室長席の背もたれ。

町内会と政治参加

ふだんさまざまな地域団体の担い手と顔を会わせる機会が多いのですが、年々感じることはそうした担い手の層が薄くなり、地区によっては団体そのものが解散した例をたびたび耳にしています。そのなかにあって町内会(私の地元では行政区と称しています)がいわば最後の砦的存在になっています。
玉野和志著『町内会――コミュニティからみる日本近代』(ちくま新書、840円+税、2024年)を最近読み終わったところですが、同書の「第5章 町内会と市民団体――新しい共助のかたち」で展開される戦後政治と住民の政治参加とのかかわりの部分の著者の見立てが、私の実感値と近くしっくりきました。かつての中選挙区制時代の自民党は、各候補者が個人後援会組織をもつ必要があり、この組織を支えていたのが、町内会を支えていた自営業者層だったので、その意味で大衆政党とも言えました。しかし、大店法の規制緩和による自営業者の衰退、食管法撤廃による農家の衰退とともに、小選挙区制導入もあり、自民党は大企業・グローバル企業の経営者層と被雇用者層からの支持を重視する政党に変貌していきました。同時に町内会を支えてきた自営業者層の中心世代の高齢化も弱体化の理由に挙げられます。
著者の町内会に対する意見は、このままでは消滅可能性が高いが、潰すには惜しく、役割を絞り込んで住民による政治参加・協議の場に徹することに持続可能性を見出しているように思えました。活動時間の融通が利く自営業者層がほとんどいない地区もありますし、被雇用者層のリタイア年齢はこれからますます高齢化します。行政の下請け的な仕事を担う余裕はないと思います。
本書では取り上げてはいませんが、介護報酬の引き下げにより全国で4分の1の訪問介護事業者がここ5年間で廃業しているのだそうです。世帯に介護が必要な人がいれば、町内会どころではないという声も聞きます。負担感が軽い共助でなければ機能しない状況にあると思います。

難民とともに

明日6月20日は「世界難民の日」だそうです。今月13日に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が出した報告書によると、2023年末時点での難民の人数は世界で1億1730万人(前年比880万人増)となっています。2024年4月末時点ではさらに増えて、UNHCRの推計では世界で1億2000万人に達し過去最多といわれます。戦争紛争が原因の最たるものですが、権威主義体制下の人権弾圧やこれからは気候変動による難民の増加も見越す必要があります。
日本国民が身近に考えて支援できることといえば、やはり難民を社会的に包摂するということにほかならないと思います。『世界』(2024年7月号)掲載の橋本直子氏による「『難民を受け入れる』ということ――線と面で考える」は、課題の理解に寄与するコンパクトな論考でお勧めです。
「世界難民の日」に岩波新書から刊行される同氏の著書『なぜ難民を受け入れるのか 人道と国益の交差点』も読んでみたいと思います。
それにしてもレイシストのデマを鵜呑みにするようなバカに議員報酬を与えて養っている現実が周囲にあったりしてやり切れません。

権威主義体制下の人権弾圧から逃れる難民もいますが、近年は中国から日本へ経営や就労の在留資格を得て移住する「潤」と呼ばれる人たちの存在も注目されています。難民申請に至らない富裕層や知識人らからなりますが、中国の体制に疑問を持って逃げてきた点では、変わりないとも言えます。
じっさい「潤」の中国語の発音のローマ字表記は、「run」なのだそうですが、これが「(生活が)潤う」とともに「(国外に)逃げる」という意味と重なるといいます。
これらの生活自立した中国の中間層の移住は、日本の国益にとっても損にはならないのではないでしょうか。
写真は上海の高層ビル建設現場。1997年撮影。

相思社が日本平和学会平和賞を受賞

6月16日開催の一般財団法人水俣病センター相思社評議員会に出席したおりに、このたび、同法人が日本平和学会第9回平和賞を受賞したことが報告され、表彰状が披露されましたので、写真撮影させていただきました。文面を拝見すると、学会の表彰理由が詳細に記されており、ありきたりの表彰状ではない重みを感じました。
以下に、文面を紹介します。
「貴団体は半世紀にわたり強い使命感をもって患者支援 裁判支援 教育支援を継続されてきました 患者と家族とともに在って 世代と地域を架橋し 国内外に広く影響を与える環境平和創造の担い手として 深い対話を通じて「拠り所」であり「根拠地」となってこられました 「もう一つのこの世」をつくる精神と活動に敬意を表し 連帯の志の下 第九回日本平和学会平和賞を授与いたします」
なお、平和賞式典は、6月1日、学習院大学で行われ、水俣病センター相思社理事の緒方俊一郎氏が法人を代表して表彰状を受け取り、スピーチを行いました。
■2024年春季研究大会プログラム 2024年6月1-2日 会場:学習院大学
テーマ「戦争と平和の根底に交差するレイシズム、セクシズム、ナショナリズム」
※2024年春季研究大会開催校責任者 青井未帆学習院大学教授(憲法)
■日本平和学会第9回平和賞受賞理由 2023年11月24日 第9回学会賞選考委員会
■第9回平和賞受賞スピーチ 2024年6月1日 水俣病センター相思社 理事 緒方俊一郎
※緒方俊一郎氏は2024年6月16日より理事長(代表理事)に就任しました。
https://drive.google.com/file/d/1_CgXCBS2Of9-fYj04dXLFP57ENNOvaeo/view

どちらの記憶が信じられるか

6月13日の熊本日日新聞文化面に宇城市小川町出身で現在は神奈川県藤沢市在住の俳人・長谷川櫂さんのエッセー「故郷の肖像② 第1章 海の国の物語」が掲載されていました。熊本県の北を阿蘇山の地下水が潤す「泉の国」阿蘇国、南は九州山地をえぐるように海を取り巻く「海の国」不知火国と、風土や地名由来からユニークな見方を示していました。
ですが、私がもっとも印象深かったのは、文章の結びに読まれた句の中に織り込まれている「海ほほづき」(ある種の巻貝の卵嚢だそうです)を子ども時代の長谷川氏へくれた、行商人についての思い出の部分です。「子どものころ、松合から行商のおばさんがバスを乗り継いで小川町まで魚を売りに来ていた。」とありましたから、1954年生まれの長谷川氏にとっては60年ほど前の話なのだろうと思います。松合というのは、不知火海沿岸部の北端にある地域です。その当時の不知火海沿岸部の南端に近い水俣では、チッソがメチル水銀を海へ垂れ流していました。この時代、漁民ではない普通の生活者が食卓に出す魚を行商人から買うことは、ごくありふれた行為だったことが、長谷川氏の記憶からうかがえます。
そこで思い出すのが、水俣病特措法の救済から漏れた被害者たちの存在です。不知火海沿岸部から離れた山間部地域で暮らす人たちのなかにもメチル水銀曝露による症状が多数見られました。この方々は、水俣・芦北地域からやって来る行商人から魚を買い求めていたのです。しかし、60年前の行商人からの魚購入の領収証がないことを理由に、熊本県は山間部地域の申請者を被害者だと認めませんでした。魚の行商に限らず一般個人の現金取引において領収証を発行する商習慣自体が60年前はなかったと思います。それより確実に残っているのは、長谷川氏のように子どもの記憶であり、その証明力が高いと思います。さらに言えば、水俣の魚の行商人の子にあたる人でさえ被害者として認められていない例があると聞きます。行商人の家庭内で商品である魚を自家消費することは十分ありえますし、自家消費であればなおさら領収証を出すということは、某政党国会議員たちによる自己の政治団体への政治資金付け替えでもない限りありえません。シンプルに考えて、魚の行商人の子どもの記憶が確かであり、証明力が高いと思います。
以上のことを考えていたところに、昨日(6月14日)の熊本日日新聞において、わが熊本県知事が講演を行った記事が載っており、その中の「木村知事はTSMCの『誘致』に自身も関わった経緯に触れ、」というくだりを見つけて、「はて?」と思いました。『進出』には関わっているかもしれませんが、『誘致』に関わったとは、初耳だったからです。
記者の捉え方で『誘致』と書かれたのか、木村知事の発言で『誘致』という言葉が発せられたのか、今一つ不明ですが、仮に後者であれば、自らの手柄話として神話化を始めたことになり、その記憶の信頼性をちょっと疑いたくなります。
私の理解では、TSMCの『誘致』には経産省と東大が大きな役割を果たしており、熊本県はTSMCの『進出』が方向づけられた後から動き回っているに過ぎません。一般論として書きますが、ドサクサ紛れに他人の手柄を自分の手柄話にすり替えるような人物を私は信用していません。
参照記事 朝日新聞電子版2024年2月27日

a Trump

経歴詐称疑惑の都知事の出馬のニュースが話題になる一方で、パワハラ・おねだり体質が元県幹部から告発された兵庫県知事の資質が、百条委員会設置の動きもあって、昨日から報道で問われ始めているようです。同県知事は総務省官僚出身の46歳、経歴的に本県知事と似通っていることもあり、興味を引きました。
報道によると、たとえば以下のような疑惑があるそうです。「訪問先の20m手前で公用車から歩かされたことに激怒し、知事が職員を怒鳴りつけた」、「政治学者の五百旗頭真氏が理事長を務める法人の副理事長2人を解任すると、副知事に通告させた。その仕打ちに憤慨した五百旗頭氏は翌日倒れて急逝した」などなど…。これが事実であれば、なんと器の小さい人物かと思いますし、熊本県とも縁が深かった五百旗頭氏を亡くす仕打ちには憤怒の気持ちを抱きました。
これは、まさしく「a Trump」(「Trumps(=世界に複数いるトランプ的人物)」のひとり)の典型的な人物なのではないかと思います。「a Trump」は、ポピュリズム権威主義の統治術を志向し、民主主義にとって極めて敵対的な言動をとる独裁者と評して差し支えないと考えています。独裁者の特徴を、シグマンド・ノイマンの著書『大衆国家と独裁――恒久の革命』から借りると、「あらゆる独裁者には、友もなく同輩もいない。…彼は何者をも信頼しない。ある意味で世を捨てているのである。これこそ『超人間的指導者』となるために彼の払う代償である。彼はあまりにも大きく、あまりにも強く、そのために、またあまりにも孤独である」となります。
彼らは、一口で言うと、「お山の大将」でもあります。彼らには、相手のために耳の痛いことでも忠告してくれる友人である「クリティカル・フレンド」がいません。近づいてくるのは利権を貪るさもしい人ばかりとなります。そして、表面上の学歴がどうであれ、トランプ氏のように歴史や科学に無知な傾向を感じます。
こうした人物の存在は、けっして首長だけにいるのではなく、地方議員のなかにもいくらでも確認することができます。つい最近も気候変動や生物多様性喪失の大きな原因となる温室効果ガス排出削減に背を向ける論者や神話上の天皇の存在を歴史と謳う教科書作成者に賛意を示す不勉強な人物の投稿を見かけて嘆かわしく思いました。幸い選挙区が異なるので、資質を追及することは当該選挙区の市民にお任せします。
写真は記事と直接関係ありません。ソ連時代のモスクワ。クレムリン宮殿。

神宮外苑再開発の闇

坂本龍一さんが生前に都知事に神宮外苑再開発の見直しを訴える手紙を出したことで、外苑のいちょう並木が危機に瀕していることが広く知られるようになりました。それでも、地方に住む者からすると、都内の一角の環境問題とだけしか正直捉えていませんでした。
しかし、『世界』(2024年7月号)の大方潤一郎氏・佐々木実氏による対談記事「神宮外苑再開発とスポーツ利権を問う」を読むと、事業には森喜朗氏や同氏の名代である萩生田光一氏が暗躍していたことが明らかになっています。東京都幹部、三井不動産、日建設計とのつながり、文科省(萩生田文科相時代の事務次官は元JSC理事)やその所管下にある日本スポーツ振興センター(JSC)への影響力、地代が入るようになる明治神宮(2012年当時の三井不動産会長が総代に就任)・JSC・伊藤忠商事の目論見。三井不動産へは行政手続きの骨抜きに関与した都幹部が多く天下りしており、公共空間の私財化に向かった蜜月関係も指摘されています。
詳しくは『世界』の記事を読むことを勧めますが、「貴重な歴史と緑の公共空間を劣化させ、営利企業や宗教法人を儲けさせる事業を東京都が主導している事態を見過ごすわけにはいきません。」と結ばれています。来月の都知事選で「緑のタヌキ」を萩生田氏が推すのも10年以上前から進めていた利権案件があればこそというワケで、この動きはもっと関心をもって見ていく必要を感じました。

分がらない奴は分がらない

地域の会合で地元市議の説明資料による活動報告や懇談の機会に接しました。
まず説明資料では地区の広がりを持つ農地の宅地開発等を行うことで、税収と人口が増えることが示され、増えた財源で独自の子ども手当や給食費無償化、子ども医療費の拡充にあてると書かれていました。しかし、収入は人口増で試算していながら、支出は対象の子どもの増加を見込まず現在の人口に基づく試算となっていました。そこで、子どもの人口増を加味した支出額で差し引きしてみると、収入増を支出増が上回りかえって赤字になる内容となっていました。いったいどのようなアタマの構造でこうしたプランを出してくるのか疑問に思いました。
さらに懇談の場で、ある市議と在日外国人のことが話題になったのですが、ネトウヨ界隈のデマを真に受けた認識に侵されているようで、閉口させられました。同市議が言うには「埼玉でハングルの人たちが暴動を起こしている」とのことでした。おそらくクルド人のことを言っているのだと思いましたがデマです。他にも健康保険や年金保険料、生活保護、犯罪に関して間違った情報を次から次へ語ってくれたので、呆れるしかありませんでした。いわゆる「在日特権」なるものは、日本人以上に誠実に義務を果たして日本に在留資格を有する外国人にはありません。だいいち、在留資格を取得・更新するためには納税義務・社会保険料納付義務を果たしていなければなりません。年金保険料の未納率について在日外国人よりも日本人が断然高いことは最近の国会答弁でも明らかにされたところです。「在日特権」なるものがあるとすれば、在日米軍にしかないというのが、外国人と接する機会がある日本人の常識だと思います。
朝ドラの「虎に翼」に婦人代議士の立花幸恵役で出ている伊勢志摩さんが、11年前に放送された「あまちゃん」(1年前に再放送あり)で漁協事務員の花巻珠子役で出ていて、「分がる奴だけ分がればいい」とたびたび名ゼリフを吐いていました。その逆で「分がらない奴は分がらない」のだなとつくづく感じました。一方、昨日放送回の「虎に翼」では、立花代議士から「あなたもお偉い先生方にビシッと言っておやりなさいな!」というセリフがあったので、いつか「ビシッと」言ってやろうかとも思わないでもありません。
写真はネットからの拾い物です。あしからず。

「差別」のしくみ第13章再読

憲法学者の木村草太さんの5月31日のX投稿に、朝ドラ「虎に翼」を巡り以下の記載がありました。「新憲法ができて、いよいよ来週は、戦後家族法改正の話になりそうですね。私の考える家族法改正ハイライトは、『差別の仕組み』(朝日選書)第10章から13章「憲法24条と家制度」をご覧いただければ幸いです。」。それを受けてせっかく蔵書にもあるので、『「差別」のしくみ』(←これが正確な書名です)の「第13章 憲法24条と家制度(その4)――新民法と家事審判」の部分を読み直してみました。
印象に残った2点についてメモをしておきます。
まず、1点目は、「入籍」という用語を婚姻の意味で今日においても使うのはやはりふさわしくないということです。よく芸能人の結婚報告でこの用語が使用され、報道機関でもそのまま流されることがありますが、私はかねてから違和感を覚えていましたし、本書初読ならびに今回の再読でもますますその思いを強くしました。実際、同書p.151においても「なお、旧民法では、嫁入り(婿入り)する妻(夫)が相手の家の戸籍に「入る」ので、婚姻のことを「入籍」と言った。しかし、新民法では、婚姻する際には、新しい核家族を形成し、新しい戸籍を創ることになる。こうした現象を正確に表現したければ、「創籍」とでも言うべきだろう。」。新民法になってやがて80年近くも経つのに旧民法下の現象を指す用語が生きているのがなんとも不思議です。不思議と言えば、戸籍や夫婦同姓強制の制度があること自体、世界では珍しいのですが、そんな制度がない国でも家族は成立しているのに、その制度がないと家族が離散するかのような物言いをする人がいるのがそうです。家族が離散する可能性が高いのは、旧民法下においても戦争がもっとも高い原因であったことは間違いありません。
次に、2点目は、再読によって注目することになった、初の女性高裁長官を務めた野田愛子氏の思い出話です。この方は1947年に司法試験に合格するとともに明治大学を卒業しています。本書p.160に野田氏が先輩の立石芳枝先生(日本女性初の法学博士号取得者)に試験合格の報告をした際にかけられた、立石先生の言葉が紹介されています。それは、「憲法が変わって男女平等になったのよ。素晴らしいわね。」というものでした。野田氏は自著『家庭裁判所とともに』にも「家族制度のもとでの女性の劣悪な法律上の地位について、毎日のように講義をしておられた立石先生にとって、憲法改正に続いて改正民法が宣言した家族法上の男女の平等が、どれほどの解放感と感動をもたらしたか、痛いほどよくわかるのである。」と記しています。初読は、「虎に翼」の放送スタート前の時期でしたので、再読によって野田愛子氏や立石芳枝先生をモデルにした登場人物が現れないかと、楽しみが増えました。反面、皮肉なことに、当時の法律家にとってこれだけの感動をもたらした憲法を、今の自民党改憲案では徴兵制導入合憲と読めるように劣悪なものに変えようという動きすらあり、複雑な気持ちもあります。

枯れない65歳の先輩

いろんな先輩がいますが、中高大を通じての先輩である、米原康正さんは、その活躍ぶりを通していつも憧れを持って見守っている存在です。昨日(5月20日)65歳の誕生日を迎えられたのですが、「これからも好奇心を枯らすことなく、新しいことにドンドン挑戦していきたい」と力強く宣言しておられました。
現在以下の4カ所にギャラリーをオープンさせて、さまざまなキャラクターのカルチャーを発信し続けています。会場へ足を運ぶ機会がなければ、それぞれのギャラリーのインスタグラムを見て楽しむこともできます。
https://dayonegallery.com/
https://shop.dayonegallery.com/
https://linktr.ee/plus_dayone_gallery

+DA.YO.NE.ブース(ラフォーレ原宿)
+DA.YO.NE.GALLERY(有楽町阪急)
tHE GALLERY HARAJUKU(原宿とんちゃん通り)
tHE GALLERY OMOTESANDO(今月オープン)

歴史と紛争解決のダイヤグラム

日頃新聞を読んでいると歳を重ねてもいろんな情報に接します。たとえば、本日(5月19日)の熊本日日新聞1面コラム「新生面」では、クレイジーケンバンドの横山剣さんの母は熊本の八代出身であることを紹介していました。同日同紙6面「くまにち論壇」で辻田真佐憲さんが触れた、海上保安庁初代長官の大久保武雄についての記述も興味深いものでした。それによると、大久保は高浜虚子に師事した俳人としても知られ、自身の俳号である「橙青(とうせい)」は、海上保安協会主催の俳句コンテストの大賞の名称の一つになっているとのことでした。昨日(5月18日)の朝日新聞別刷「be」4面掲載の原武史さんの「歴史のダイヤグラム」欄では、1945年1月26日、京都の仁和寺に隣接する陽明文庫での高松宮と近衞文麿の密談について記してありました。その密談内容とは、戦争終結をめぐり連合国が天皇の責任追及を回避するための近衞の腹案だったと言います。万一の時は天皇に退位出家を願い仁和寺に迎え入れて「裕仁法皇(ゆうじんほうおう)」とする了解を、高松宮に求めるものでした。これが実現されていれば、天皇制のあり方もかなり現代とは異なったものになっていただろうと容易に思えます。以上のような一つひとつの情報は、まさしく小ネタにそのものですが、歴史を振り返ると当事者の行動や当事者が属する組織風土に影響することが見てとれて、さまざまな事象を考察する際には疎かにできません。ネット情報では接することが困難な情報が紙媒体にはあるように思います。
それと情報源がネット頼みになると、お勧められやすい断片的な情報ばかりになり、自分の文化習俗風土と異なる情報から遠くなり、単純に好き嫌いや美醜で判断しがちになり、偏ってしまう危惧があります。たとえば、国内でふだんイスラム教徒の人と接する機会をもつ人は少ないと思いますが、イスラム教徒の女性に男性が握手を求めることは無礼になりますし、他人が頭に触れてはなりません(相手が子どもでも)。犬に身体を舐められることも忌避されます。もしも舐められたらその箇所を7回洗わなければならないとされます。断食の時期の日中はお茶を飲むよう勧めてもいけません。こうしたことは当事者から学ぶのが早道だと思います。
ただし、ある分野の体系的な知識を得たいのなら、やはり専門の書籍に接するか、その分野の教育なり研修なりを受けるべきだと思います。ここ1カ月ほどは、千葉惠美子・川上良・高原知明著『紛争類型から学ぶ応用民法Ⅱ債権総論・契約』(日本評論社、3000円+税、2023年)に取り組んでいました。正直なところ同書で取り上げられているような契約違反の紛争に巻き込まれたくはありませんが、仮にそうした事態になったときに、どのような手段(請求権)を講じたら少しでも救済(被害回復)されるのかを知識として身につけておくことは重要です。特に2017年の債権関係の民法改正部分については判例がなく解釈論が固まっていないので、実務経験豊かな専門家の執筆による本書は大きな助けとなります。履行請求権、債務不履行を原因とする損害賠償請求権、契約の解除、契約不適合責任、債権譲渡、相殺・弁済、定型約款、不法行為を原因とする損害賠償請求権、不当利得返還請求権など、争点の字面を見ただけではなんともとっつきにくいですが、紛争を引き起こした連中を思い浮かべて、これで攻め立てようなどと考えると、けっこうおもしろくもあり、理解が進むように思います。だからといって私も弁護士並みになろうとは、考えません。仮に紛争に巻き込まれたらその紛争類型の救済に強い弁護士を見つけて依頼するのに限ります。そのために弁護士職があるのであり、マジメにやればあれほどストレスがかかる仕事を自分で担いたいとは思いません。
最後に歴史家と法律家との間に共通点があるとすれば、「ダイヤグラム」についての捉え方のような気がします。上記書のP.163-164に以下のような記載があったので紹介します。「民事裁判手続きは、原告がそのように主張するのであれば被告はこのような反論をする、被告がそう反論するのであれば原告はその反論と自らの主張を補強するという当事者の対話の中で審理が進んでいく動的なものである。実際の民事裁判手続では、最初からブロック・ダイヤグラムのような精緻に整理された主張がなされているわけではなく、当事者の主張のぶつかり合いと出し入れというダイナミックな展開中で争点が形成されていく。ブロック・ダイヤグラムは、弁護士からすれば、当事者の主張・立証が出尽くした口頭弁論終結時点での総括である。証拠関係に照らして、複数存在しうる選択肢中から、自己に有利な結果を導くブロック・ダイヤグラムを如何に作成するかという動的な側面があることを忘れてはならない。」。

 

正善寺と長谷川製糸

一昨日(5月9日)の熊本日日新聞文化面(12面)に宇城市小川町出身の俳人・長谷川櫂さんのエッセー「故郷の肖像」が載っていて、同氏の実家近くの菩提寺についても触れられていました。記述内容から高校時代の同級生・ 川田 晃映 さんのところ(正善寺さん)と雰囲気的に合致する感じもあったので、もしやと思ってコメントを入れてみたら、お隣りのお寺ですと翌日返信がありました。ただ「長谷川さんの先代・先々代が仏法聴聞に熱心で仏縁深かったのです。それと長谷川さん宅には菩提寺(門徒寺)さんからも拙寺からも月参りさせて頂いています。」とのことでしたから正善寺さんとも縁がないわけではないそうです。
それと同時に、やはり一昨日(5月9日)の朝日新聞地域面に、長谷川櫂さんの実家・長谷川製糸が国の登録有形文化財になったことの紹介記事が載っていることを教えてもらいました。実はその紙面自体は目を通していたはずですが、同記事の隣りの「水俣病マイクオフ問題」関連の方に関心が集中していてすっかり読み飛ばしていました。それだけに同記事を読み直すことができ、長谷川櫂さんの実家についてより深く知ることができて、ありがたかったです。
長谷川櫂さんといえば、知る人は知っていますが、朝日新聞の「俳壇」欄の選者として長らく活躍されている小川町出身の著名人です。私には俳句や短歌の嗜みがなくて俳人・歌人の方の才能には憧憬の念を持っています。
「長谷川邸」の研究資料も見つけて読んでみたら、製糸産業の歴史も学べて視野が広がりました。
熊本県宇城市小川町における町家「長谷川邸」の建築的特徴と保存に向けての方策に関する研究

飼い犬か義勇兵か

朝ドラ「虎に翼」の本日放送回での主人公の「寅子」による「生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない男か女かでふるいにかけられない社会になることを私は心から願います。」との毅然とした決意表明と、女性の服装を揶揄する司法試験の面接官に「トンチキなのはどっちだ。はっ?」と言い放った「よね」の信条の崇高さには、たいへん感動しました。司法の分野はもちろんですが、当時は女性に選挙権がありませんでしたから立法分野の国会議員、行政分野の大臣として女性が活躍できる場はなく、そのことだけでも国民の半数以上が虐げられていた時代がつい80年ほど前まであったことを思い起こさせました。しかしながら、現在の立法や行政の分野に携わる者の資質に接すると、ガッカリさせられることが多いですし、そのような資質の人物をのさばらせる国民の資質も問わなければなりません。
じっさい、水俣病患者団体と環境大臣との懇談会で、環境省職員がマイクの音声を切り団体側の発言を封じた、いわゆる「マイクオフ問題」を巡って、あろうことか患者団体側に非難の電話をかけるトンチキな方々がいることを、本日(5月10日)の熊本日日新聞が報じていました。環境大臣やその場にいて善処に動かなかった熊本県知事の「飼い犬」を自ら買って出るとは、なんとも下劣で哀れな行動としか言えません。おそらくは、水俣病の被害がいかに拡大し、多くの被害者が救済されずに死ぬのを待たされ続けている歴史に無知なのだと思います。
たとえば、3月の熊本県知事選挙を前に、水俣病の患者・被害者計7団体でつくる連絡会が知事選立候補表明者へ公開質問状を出したことがありました。その際の現知事の回答を要約すると、「国の患者認定制度の見直しは求めない」「公害健康被害補償法で対応し、特措法での救済漏れには対応しない」「健康調査の実施は考えない」の「ないないづくし3点セット」でした。そのときこのような環境省の意向に沿ったゼロ回答をした候補は他にいませんでしたが、この回答が何を意味するかも先の飼い犬たちには理解する力がないのだと思います。
一方で、冒頭の「寅子」や「よね」と同様に、世の中の不条理に対して闘う人物が常にいるのも希望です。水俣病裁判闘争の初期のころ、「義によって助太刀いたす」と患者支援に行動した、水俣病を告発する会の代表だった本田啓吉先生(2006年没)を、私は思い起こします。先生とは機関紙『水俣』編集を通じて生前お会いする機会がたびたびありましたが、いつも穏やかで激しい物言いをされる方ではありませんでした。だからなのか、時折この「義勇兵宣言」が気になります。何の義理がなくても不条理な環境に置かれた出来事があれば、黙って見過ごさない人間でありたいと思います。
なお、熊本県知事の職分の名誉のために付言すると、福島譲二知事(1999年没)と本田啓吉先生は、旧制五高時代に学生寮で同室の仲でした。片や大蔵官僚、片や高校国語教師と、進まれた道は異なりましたが、大義とは何かを思索し行動に移す真のエリート知識人の気概は共有していたと思います。

よく言った

本日(5月9日)の熊本日日新聞社説より。
よく言った。「虎に翼」の笹寿司のおやじさんのセリフに、そんなのがありましたね。
「懇談には熊本県の木村敬知事ら県幹部も同席していた。だが、環境省の対応に異は唱えなかったという。国はもちろん、熊本県も水俣病問題の当事者だ。適切な対応だったとはとても言い難い。」

熊本県知事は環境大臣の飼い犬か

このところロアッソ熊本の戦績の不甲斐なさに閉口し、ローカルのスポーツ関係のニュースは見ないよう努めています。ですが、水俣病犠牲者慰霊式後に伊藤信太郎環境相と懇談した患者団体の発言が環境省職員によって打ち切られた一件については、憤りを覚える気持ちが収まらず、報道を追いかけています。今月26日に開かれる相思社(水俣病患者連合事務局を担当)の理事会にも出席しますが、本件についても議事に上ると思います。
本日(5月8日)の熊本日日新聞社会面では、本件をめぐる熊本県知事の対応について以下のように触れていました。「1日の懇談には、熊本県の木村敬知事や県幹部も出席。団体側の発言が打ち切られても、善処を求める言動は一切なかった。水俣病保健課は『環境省が運営している場に参加させてもらっている県として、何か言うことは難しい』と説明。懇談後の記者会見で木村知事は『忙しい大臣が例年通り時間をつくってくれた』と謝意を示した。」。見出しなしで記事本文の半ばに記されていましたので、大半の読者は見落とす可能性があるかもしれません。しかし、県民の権利を守ることをせず、来水した大臣に謝意を示す能しかなかった知事に阿ることなくその不甲斐なさの一端を晒してくれたように思います。
同じくけさの朝日新聞読者投稿欄(「声」)に、今春に31歳で東京都職員を早期退職した現在自営業の男性の投書が載っていて、興味深く読みました。それによると、投稿者は公務員時代の自身を「飼い犬」と評し、現在は「野良犬」としてエサは与えられなくとも本当の自由がある爽快さを語っていました。「野良犬も悪くない。」と文章は結ばれていて、25年間の会社員経験後に自由業に転じた私には共感できる内容でした。
この投稿と併せて先の地元紙の記事を読むと、まるで熊本県知事は環境大臣の「飼い犬」だなと、本当の「飼い主」である県民の一人として感じてしまいます。

議員と政府の資質を問え

「政治資金オンブズマン」代表を務めながら「政治とカネ」にかかわる告発を100件超も行っている、闘う憲法学者の上脇博之氏が、5月4日、自身のXに「長年裏金をつくり続けてきた自民党議員らによって政治資金規正法はザル法の状態のままにされてきた。そのザル法にさえ違反したのが、派閥の政治資金パーティー裏金事件。その裏金議員らがさらに暴走できるようにするために日本国憲法をザル憲法にしようとしている。そうさせないのが真の主権者国民!」とポストしていました。まさにその通りで、そうした連中には憲法は言うまでもなく、一切の法律審議を行う資格はないと考えます。
さらに、議院内閣制であるため、資質を欠く議員らの一部から成り立つ政府についても、その資質についてよく見極める必要があります。上脇氏と同じ憲法学者である長谷部恭男氏が、「世界」(2024年6月号)において集団的自衛権の行使の解釈変更にかかわる2014年の閣議決定の判断能力について正常さを失っていると指摘していました。存立危機事態の存立可能性が実に謎めいた判断となっていて、「たとえ話に即して言えば、外出先と同時に自宅にもいるという事態を想定」していて、「同様に、他国が攻撃されたにもかかわらず、日本が直接攻撃されたのと同様の深刻で重大な被害を受ける事態があり得ると想定」することとなっています。このような存立不可能な事態であれば、集団的自衛権の行使は現実的には不可能(だから先の解釈変更が明白に違憲であると断定することができないというのが2023年12月5日の安保法制違憲訴訟仙台高裁判決の結論)になるのですが、「募っているけど募集はしていない」という謎答弁ができる想定外のあるいは異次元の能力の持ち主レベルの政府だったら、集団的自衛権の行使を思い止まらないでしょう。そうした危うさに国民の生命は晒されているのだと思います。
写真は記事と関係ありません。2024年5月4日撮影。
たとえ話
個別的自衛権の行使のルール(2014年7月の閣議決定前) 牛肉麺を食べるのは日本にいるときだけ。台湾では牛肉麺を食べないことにする。
例外的に集団的自衛権を行使できるルール変更(2014年7月の閣議決定以降) 台湾にいると同時に日本にもいるという例外的な場合には、台湾でも牛肉麺を食べても良いことする。
・原告団の立場 台湾と同時に日本にもいることはできない。こんなおかしなルール変更はできない。
・判決の立場 台湾にいると同時に日本にもいることは現実的に不可能。ルール変更後も台湾では牛肉麺を食べてはならない。実はルールは変わっていない。

再々コメント

知り合いの地方議員からけさも5:22に返信コメントがありましたので、私からも以下の通り再々コメントを投稿してみました。一部伏字にしています。
先方へは最初に私からの質問が不快なら回答に及ばずと申し出ているのですが、律儀に返信をいただきましたので、こちらも礼を尽くしたいと考えています。
【以下が再々コメント】
連日早朝からの返信コメントありがとうございます。
Yさんは、地方議員とはいえ政治家でおられるので、日頃から自身の政治信条を明らかにされることが、少なくとも自身の選挙区民に対しては誠実であると思います。そうでなければ、選挙区民は候補者を正確に評価した上での投票行動をとることができません。
私自身はT市民ではありませんので、投票に参加することはできませんが、政治家・YK氏がどのような信条や資質を持たれているのか興味があり、質問を投げかけてみました。
Yさん自身がここ数日投稿された内容を私なりにまとめてみると、以下のようになると思われました。
1.財務省やグローバル勢力(中身がやや判然としませんが)の意に沿った政治を行っている自民党政権が日本を没落させた。ご承知の通りここ40年で最も長らく首相の地位にあったのは安倍晋三氏。消費税を上げる一方で、その還付を受ける輸出企業は潤い、国民の所得は減った。
2.「大東亜戦争」に敗けて「東京裁判」で悪人とされた日本は、米国に今も支配され虐げられており、独立国ではない。沖縄の米軍基地は日本を威嚇するためにある。
これまでの国政選挙におけるYさんの投稿では政権与党の候補者を支援する内容が多かったと思いますが、それだと、日本を貧しくし続け、新たに米軍のために辺野古基地上納を進めているように見える勢力に加担することになりませんか。そのあたりの整合性がどうしたらとれるのか、フシギに感じました。

回答を得ての再コメント

昨夜、知り合いの地方議員に質問をしたところ、翌朝5:45に返信を得ました。同議員の情報源や思考力が垣間見れました。
【以下は、回答を得ての私からの再コメントです。同議員の回答内容がある程度推察できると思います。】
ご多忙のところ回答いただき、ありがとうございました。
まず、日本のGDPの件ですが、40年前と比べてドル建て名目の総額は下がってはいませんが、世界での順位は総額あるいは国民一人当たりの額ともに確かに下がってきています。インドやインドネシアなど人口大国にいずれ総額で抜かれるのは必至です。戦争によってGDPが上がることもありますから、尺度や内容を見ないと単純に評価できないのでお尋ねしてみました。
次に日本を貶めるために頑張っている勢力についてのお答えの中に、財務省やグローバル勢力からの影響を大きく受けている自民党の総理大臣とありました。となると、長らく首相を務めた故安倍晋三氏は当然入りますか。外務大臣や防衛大臣経験者である河野太郎氏は中国からの援助を受けているというお答えがありましたが、外国人からの政治献金は禁止されていますので、具体的にどのような援助を指しておられますか。経団連に属する大企業は、フリーメーソンの方々や自分たちの利益を国とは関係なくもとめている勢力に入りますか。だとすれば、経団連に属する企業団体から多額の政治献金を得ている自民党は、日本を貶めるために頑張っていることにならないでしょうか。
A級戦犯合祀が明らかになった後に、昭和天皇は靖国神社参拝を行わなくなり、以後、皇室からの参拝はありません。このことについて何か意見を持たれていますか。

反応が楽しみ

知り合いの地方議員が、意味不明瞭なことをSNSの友だち限定で投稿していたので、以下のようなコメントを投稿してみました。どんな反応があるのか楽しみです。特に3の答えは、米国? 経団連? 統一教会?
【以下、当該議員宛のコメント】
「知っている」とのことなので、質問いたします。
(質問がご不快であるとか回答に及ばずということでしたら、FB友だちから削除いただいてかまいません)
1.「40年前に日本のGDPは下がると書いていた情報源」を教えてください。GDPの世界順位のことなのか、ドル建て名目のことなのかも知りたいと思います。
2.「(1の未来予測を実現するよう)日本を貶めるために頑張っている勢力」が、政治やマスコミの中枢に入り込んでいるとのことですが、具体的に誰なのか、その所属機関名(よほどの権力がある?)と合わせて教えてください。
3.安倍元首相が抗いきれなかった「巨大な力」とは、何を指すのか教えてください。
4.「グローバル化を進めたい勢力」とは、何を指すのか教えてください。
5.10年前に当時の安倍首相が靖国神社を参拝したとき、米国政府(オバマ政権)は「日本は大切な同盟国であり、友人です。しかしながら、日本の指導者が隣国との緊張を悪化させる行動をとったことに、米国は失望している」「米国は、首相が過去への反省と平和に対する責任の再確認を表明するか注視している」と、安倍首相の参拝を非難する声明を出しました。この声明については、当時のバイデン副大統領が主導したとされていますし、以後、日本の首相が参拝することは止めています。米国が日本へぐずぐず(?)言ってきたのは、どうしてですか。これも追加で教えてください。

戦雲(いくさふむ)

三上智恵監督作品の映画「戦雲」をDenkikanで観てきました。2016年から2023年にかけて与那国島、石垣島、宮古島、沖縄本島には実に多くの自衛隊基地・弾薬庫が設置されました。さらに防衛目的の空港拡張や港湾整備が進められようとしています。与那国町の場合、住民の1割近くが自衛官となっており、基地のある離島は文字通り不沈空母状態となっています。有事の際には国民保護の名の下、島民全員を九州など島外に避難させるということですが、原発が立地している周辺住民の避難計画と同様、気象条件その他が必ずしも良好とは限りません。たとえ避難できても作物や家畜は置き去りですし、避難民は生業を捨てなければならないことになります。そもそも基地があるから攻撃を受ける可能性を高めているばかりか、全国民的にも巨額の国家予算を投入しなければならなくなったわけで、何を何から守るのかわからなくなったように見えました。
石垣市においては2015年自衛隊基地配備計画の賛否を問う住民投票条例制定請求の署名が市自治基本条例の規定を超える有権者の4割に達しました。しかし、市議会が住民投票条例案を否決し、さらには市自治基本条例から住民投票実施規定の条文を削除する蛮行に出て、現在それが裁判になっていることも映画で紹介されました。住民投票の手段を取り上げるなど、地方自治を自らの手で抹殺することにほかならず、それに加担する有害な首長・議員を生まないように、住民の不断の監視が必要なことを感じました。
※裁判についての補足:市民らは2019年9月、住民投票の義務付けを求める訴訟を起こしましたが、2021年8月に最高裁で敗訴が確定しています。2021年4月に地位確認の当事者訴訟を提起し、2023年5月(同年3月に基地開設)の一審判決は、住民投票の実施を規定する条例文が削除されたことから訴えを却下しました。2024年3月の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部は、「確認の利益はあると認められる」とも判示しつつも、控訴を棄却しています。
映画を観る前に、本日の朝日新聞オピニオン面に掲載された元防衛官僚の柳沢協二さんのインタビュー記事を読みましたが、以下の発言が印象に残りました。「台湾の領土や政権を守るために自衛隊員や国民に犠牲が生じることを、日本の有権者として受け入れるのか否か。そのことを国民は考える必要があるのだと思います」「こういうとき気をつけなければいけないのは、英霊思想の台頭です。(中略)国家のために犠牲となることは有意義だとする、英霊の思想です。そこには、他者の人生を自分の道具と考える政治指導者のおごりがあります」。
https://www.asahi.com/articles/ASS4L2TMNS4LUPQJ00NM.html