タグ別アーカイブ: 2018年

史実に無知なのは無恥

台湾の新聞を見ると、日本のどんなニュースに関心がもたれているのかが知れて、たいへん興味深い思いがします。7月27日の紙面では、やはりカルト集団の死刑執行と文科省役人の汚職逮捕の記事がありました。総じて訪台日本人観光客は親日気分に浸って帰国してしまうのですが、明治時代の台湾出兵後の理蕃政策は、ヨーロッパによる米大陸進出の過程で起こった先住民弾圧と同じく、血なまぐさい凄惨を極めたものでした。現在の台湾の人たちの記憶が、日本統治が終わった後の中国大陸からやってきた国民党の一派による弾圧が歴史的に近しいということにほかなりません。あたかも日本統治がすべて善かのように勘違いしてしまうのは、思慮の足りない者であることを自明することにほかならないといえます。

ファミリーヒストリーでの再会

7月30日(月)放送のNHK「ファミリーヒストリー 北海道スペシャル」を視聴していたら、大学時代の同級生が、解説者の一人として出演していて驚きました。彼とは学科は異なりましたが、いわば第3外国語としてロシア語を履修していたクラスで一緒でした。青森県八戸市出身の彼は、馬術部の活動をしていましたので、毎日馬の世話で大学には通っていました。私とは比べ物にならない努力の人でしたので、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの准教授として映像に出てきた時もまったく不思議ではありませんでした。画面越しとはいえ36年ぶりに会うのにすぐに彼だと分かりました。写真はまったく関係ない台北101です。

墓ないは儚いか

台湾北部にある金寶山は、テレサテンなど富裕層の一大墓地となっています。海を望む場所です。生きている間に住む場所も高層住宅中心の都市部の住民からすれば、この写真にあるような過密ぶりは気にならないのかもしれませんが、遺族からしてもこの山まで墓参に出かけるのも自動車がなければ一大行事となります。墓地開発管理もいずれ立ち行かなくなるのではないかと思います。

台北観光地

台北観光地を東京に当てはめると、龍山宮は浅草寺、タイペイ101は東京スカイツリーという気がします。では、中正紀念堂はどこかというと、皇居なのか明治神宮なのか。ちょっと判然としない存在です。訪れた5日前に赤いペンキが撒かれる事件があってしばらく規制されていたようですが、跡はなかったかのように修復され、立ち入りが再開されていました。今までに見たことのある衛兵交代式は、モスクワのレーニン廟、ロンドンのバッキンガム宮殿、ワシントンDCの国立墓地などがあります。感じとしてはレーニン廟に近しいものがありました。

関家平安

写真は今回の台湾行きで土産物店で入手した置物です。台北は人口密集地ですので、ほとんどの世帯が高層住宅で暮らしています。葬送の問題も深刻で、昔ながらの土葬墓を持てるのは富裕層に限られ、納骨堂利用もコストがかかるということでした。街中は個人商店が多く、独立心が高いたくましさと温暖な気候からくる大らかさを感じました。

基隆港

26日と27日の二度、基隆港を望む機会がありました。この港は、1944年1月にフィリピン・マニラ港からの次の寄港地として母方の祖父が寄れなかった港だけに感慨深いものがあります。印象としては10年前に訪れた韓国・プサン港がやはり大きいと感じました。

数ミリの捕縛

玄関先で数ミリの物体の動きがあったので、目を凝らしてみると、数ミリの黒い虫の周りを糸を引いた、その黒い虫より小さな淡い色のクモが、獲物に糸を巻き付けようと時計回りに周回しているところでした。それは、非常に無駄のない速い動きで、瞬く間に獲物の虫が糸でグルグル巻きにされていました。不気味な現場ですが、この捕縛技術の高さに感服しました。警察犬のようにある匂いに反応して発生源へ向かっていく警察昆虫の研究が行われているそうですが、これもそれに類する場面でした。

降格危機の20位

ロアッソ熊本がなかなか勝てません。そのことと暑さと所用との重なりもあってスタジアム観戦も足が遠のいてしまっています。現在、降格圏間近の20位です。昨シーズンは降格圏内にありながらJ3上位にJ2ライセンスを持たないクラブがあったために、かろうじて残留を果たせました。このままずるずると陥落するようでは多くのものを失いそうです。

初めての台湾行き

近く機会があり、初めて台湾を訪れます。台湾大学農場視察などが楽しみです。一人当たりのGDPでは日本に迫っており、これから先、今まで以上に交流が進む地域ですし、気候変動により農業分野で学ぶ点も多いと思います。

戦争体験と経営者

入手できるのは来週半ば過ぎになりそうですが、次に読みたい本は、立石泰則著『戦争体験と経営者』(岩波新書、780円+税、2018年)です。大半の人はできるだけ楽に働きたいと考えると思うのですが、戦後日本の経済を引っ張て来た経営者の中には少なからず強烈な使命感で事業を進めてきた人物がいます。逆に何の反省もなく武器製造や輸出で儲けようとする者もいます。事業を語る前にどのような社会を創りたいのか、人間としての倫理を考えてみたいと思います。

ネット選挙について

当社宛にある政府統計調査の依頼が届きました。もちろん紙で郵送回答もできるのですが、e-Govからさっそくネット回答で返信しました。せっかくシステムが開発されていますし、紙回答であれば通信料やデータ入力料にさらなる公金出費を伴います。回答側の手間は一定ですが、集計側のデータ化の時間も節約できます。ところで、県内で県議の補欠選挙の運動期間中ですが、隣接選挙区民の目から見てもまったくもって盛り上がりに欠けます。一つは、この猛暑のために、屋外に人出がないことがあります。ですから、いくら屋外で投票を呼び掛けたとしても耳に飛び込んできません。選挙運動にしても投票にしてもネット活用を拡大すべきだと思います。

一強の弱さ

御厨貴・本村凌二著『日本の崩壊』(祥伝社新書、820円+税、2018年)を読み終わりました。二人の日本国憲法をめぐる発言には首肯できない面もありましたが、ここ150年の日本政治史と栄華から崩壊を辿った古代ローマ帝国史をクロスした読み物は、躍動的で面白いものでした。現在の危機として政権与党の自民党の弱さが同書で浮き彫りになっていたのが印象的でした。一強だけに抱える弱さが実はあるというのがよく理解できます。一つは人材育成機能が弱体化していることです。そのため、政策の党内での競い合いがなくなり、政策集団としての能力が弱まりました。党内の異論反論や熟議が封じられることになり、民意を吸い上げる仕組みも機能不全に陥っていると、御厨氏は見ています。首相だけがやりたいことだけを行うか、何も考えずに首相に付いていき、恩恵にあずかるというように、議員の個の役割が非常に見えにくくなってきているようです。

過ちを学ぶことに意味がある

昨日、浜矩子著の『窒息死に向かう日本経済』(角川新書、820円+税、2018年)を読了し、今は御厨貴・本村凌二両氏による対談構成本の『日本の崩壊』(祥伝社新書、820円+税、2018年)を読み進めています。それぞれ日本の経済や政治の過ちについて解説してくれている本です。ちまたで見かける日本礼賛本や外国偏見本よりは、精神衛生上、良い本だと思います。過ちが分かるからこそ、それに乗らずに済む生き方が過ごせるわけで、乗せられてバカを見る愚を小さくできる点でお得です。たとえば、JPX日経400にランクインする呪縛に囚われた企業なんかに勤めるものではないという気になります。

戦場体験の可視化

12日の投稿で『戦場体験者』文庫版表紙写真にブロンズ彫刻作品が使われている美術作家の浜田知明さんについて触れたところでしたが、同氏が本日100歳で永眠されたとのニュースを聞きました。繰り返しになりますが、同氏の作品には戦場体験を可視化させた優れたものが数多くあります。それは悲惨な風景だけでなく、斃れ往く者の内面を見せてくれます。今までも世界各地でそれらの作品は展示されましたが、ますます重要度を増してきていると思います。

猛暑時の屋外での仕事は危険

ここ2回ほど日が明るくなった早朝5時半ごろから農業資材の片付け作業で数時間ずつ携わることがありました。資材運搬のため車を運転する間はエアコンが効いてまだやり過ごせますが、屋外だと大した運動量ではないにもかかわらず、体力を消耗するのを感じます。この暑い季節に屋外で仕事をするということは、たいへん危険に感じます。体調管理に十分気を付けなければなりません。室内にあって学習に携わる児童生徒もエアコンを使用することなしに過ごすのは今や危険といえる思いをいだきます。

五輪開催はふさわしいか

ある国会議員が委員会質問の中で紹介していたので、オリンピック憲章のオリンピズムの根本原則の第6項を読んでみました。それによると、「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分などの理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。」とあります。2020年の五輪開催地としてはたしてふさわしい社会といえるのか、ちまたのタチの悪い言説や立ち振る舞いを見聞すると、現状での開催には二の足を踏んでしまいます。ふさわしい社会へ転換する努力を続けなければならないと強く感じます。

豪雨災害からの復旧作業についての考え

今月起きた西日本各地の豪雨災害の惨状には心傷みます。住宅浸水の被害においては土砂も流れ込んでおり、炎天下での復旧作業の疲労はいかがばかりかと思います。行方不明者の捜索などは当然急がなくてはなりませんが、深刻な住宅被災の場合については当事者の体力気力、協力体制なども勘案して取り組む必要があるかと思います。助かった命を消耗させないことが重要だと思います。