タグ別アーカイブ: 2016年

去る年と取る年と

昨日は午前中に書類案作成をこなして、午後は久しぶりに温泉で身体を休め、整髪にも行ってきました。理髪店の整理券の受付時間が16時16分とあり、いろいろあった年だったと思いました。受付番号がスリーセブンとは行かず、077となっており、これは来年もなあなあだなと思わされました。それと余計なコストはカットのみで行こうかと思います。みなさま良い年をお迎えください。

一人で訪ねてみる

最近は旅行の機会がめっきり減ってしまいましたが、私は基本一人旅が気兼ねすることがないので好きです。一人で訪ねてみないと気づかないことがあります。隣国の韓国を最初に訪ねたのは、1992年でした。宿泊したソウルのホテルの近くにパゴダ公園(現在はタプコル公園と呼ばれています)があり、散策していると年配の男性が日本語で声をかけてくれました。3.1独立運動の惨劇など公園内にあるレリーフの背景について説明してくれました。とにかく日本の青年に話を聴いてもらいたかったようでした。その頃から期間は開きますが、2009年にプサンに行ったことがあります。ちょうど8月15日の光復節にあたる日でしたが、プサンタワーのある公園でいろんな屋台が出ていて、その中に日本の憲兵を描いたボードを的にした射的ゲームもありました。人々の反応を見ると反日感情むき出しのようなことはなく、単純に敵を意味する記号でしかないように見受けました。表層だけで好き嫌いを判断するのではなく、底にあるものについての理解がないと、対応を誤る気がします。

見世物の慰霊は変

28年前の12月にアリゾナ記念館を一人で訪ねた経験があります。私以外、館内は白人ばかりでした。訪問者には、真珠湾を奇襲した卑怯なファシストどもをいかに打ち破ったかという歴史ビデオを視聴させられました。まだ昭和の時代でしたが、白馬に乗って閲兵するエンペラーの映像もありました。上映時間がやたら長く感じられました。湾にかかる虹がきれいなのが救いでしたけど、当時の普段通りの米国の歴史観が理解できた貴重な体験でした。今は流されているのかわかりませんが、政府の人間が大挙してカメラの見世物として訪れても、そこで感じるものは違うものになってしまうのではないかと思います。あたかも支援者のためのアリバイ作りのために、九段下の神社を訪ねるがごとき印象を受けました。慰霊のために訪れたいのなら人知れず行く分には構わないと思います。

インカレ終了を受けて

23-25日の間、さいたま市記念体育館で第62回全日本大学対抗ウエイトリフティング選手権大会(1部校)が開かれ、熊本県出身の4選手が出場しました。4名とも4年生ということで、今回が最後の出場となりました。うち3名が8位以内の入賞を果たし、+105㎏級クリーン&ジャーク競技では4年ぶりの更新となる県最高記録が生まれました。と、ここまでは華々しい話題ですが、4名に続く県出身の大学生選手が2年生の女子1名を除きいません。大学卒業すると、競技から離れる環境に変わることが多いため、成年男子の国体選手の層は一気に薄くなります。確かにトップアスリートの活躍は目立ちますが、どの競技についても裾野が広がっているとは到底思えません。競技に加われる子どもは比較的というか、今どきたいへん恵まれた家庭環境にあるといっていいと感じます。給付型奨学金の充実が図られなければ、これから成り立たなくなる競技団体が増えてくるのではと思います。

PC周辺機器の退役

ここ2日ほど、長年使っていたプリンターの調子が悪く、いろいろメンテナンスしてみましたが、これ以上手間をかけるのは、さすがにコストが見合わないと諦め、買ってきました。事務所経費で出ていくものの上位は通信費、ガソリン代に次いでプリンターインク代ではないかと思うぐらい使っています。今年は地震前にパソコンが天に召されましたし、退役周期に入る機器が多かった気がします。写真は人吉市にある「ゆうれい画」で著名な永国寺の建て替え中の本堂。前の本堂が耐震性に問題があるということで、工事されていました。伝統建築の作りが間近で見ることができました。

日本政治外交史を学ぶ楽しみ

これから読む本は、井上寿一著『教養としての「昭和史」集中講義』(SB新書、800円+税、2016年)です。著者は、現在、私が卒業した学習院大学の学長を務めておられます。ごく短い時間でしたが、昨年大分市で開かれた「学習院公開講演」の後の懇談会でお目にかかったことがありました。慎み深い物腰の中にも、自らが責任を負う大学の将来に対する改革の強い意志を感じました。本書のタイトルには、「教養としての・・・」というあまり上品ではない売り文句が踊っていますが、どのような組織や社会であれ、将来を構想するには歴史に対する謙虚な学びの姿勢、それが教養だと思うのですが、それが必要だと思います。井上学長の専門は日本政治外交史です。私が在学した当時の日本政治外交史はもうお亡くなりになった安井達弥教授でした。高校で履修した日本史は得意科目でもなく縁遠いものでしたが、大学で学んだ歴史は非常に楽しいものでした。安井先生はそれこそ学徒出陣で雨の神宮を行進した経験をお持ちでしたし、その意味でも戦前・戦中の昭和の外交の過ちに翻弄された若者の一人でした。 教養に話を戻すと、事実の裏付けに即した思考ができるかどうかがポイントで、実生活において非常にこれは役に立ちます。SNSの便利な使い方としては、ある人物の見極めに際して、その人物がどのような投稿に食いついているかの判別が容易にできる点があります。はなはだ根拠のないデマ情報に「いいね」を押しているような人物とは距離を置いたほうがいいと思います。

法律・教育・福祉

世界的にポピリュズムの傾向が強まっている気がします。それが低所得者層や外国人への敵視という情けない人々を生んでいます。昨日訪れた生活保護受給者のための援護施設に対する社会の理解も広がるどころか狭まっている危機感を覚えます。所得の再配分を促進する法律、社会正義と職業能力を身に着ける教育、安心と平和をもたらす福祉の3つの分野についての役割の重要性を感じます。

援護施設

生活保護受給者の最後の砦といわれる援護施設を訪問する機会に恵まれました。身寄りがなく身体上や精神上の障害から自立しての生活が困難な方が入所している施設です。おじゃました施設が設立された当時は、こうした施設に対する偏見が強く住宅地から離れた場所に建てざるを得なかったそうです。創立者は役場の職員だった方だそうで、現在はその部下だった方が理事長・施設長として運営に入っておられます。また、その理事長の子息が金融機関を退職して数年前から副施設長として一線に立っているということでした。施設の役割そのものも重要ですが、実際に職務に携わる役員や職員の使命感の強さは何に由来するのか、私にはまねできないだけにすごく興味がわきました。

『新国富論』読書メモ

馬奈木俊介・池田真也・中村寛樹著『新国富論 新たな経済指標で地方創生』(岩波ブックレット、580円+税、2016年)を読んでいて、興味深いデータを見つけました。2000年から2010年にかけての新国富成長率上位・下位各5県の顔ぶれです。(1)東京都16.5、(2)滋賀県15.5、(3)大分県14.4、(4)熊本県11.9、(5)神奈川県11.9、・・・(43)岩手県2.7、(44)奈良県1.9、(45)山口県1.7、(46)青森県1.0、(47)和歌山県-0.8となっています。変化量の数値は2000年時点の新国富指標を100としたときのものです。意外にも熊本県が上位にいます。当時は、福祉やIT化施策に力点が置かれた潮谷県政の期間とほぼ重なります。県財政が一気に悪化したという評価もありますが、この指標で高く評価される持続可能性つまり人的資本や自然資本が比較的充実していたのかもしれません。特に人的資本の中心をなすのは教育資本と健康資本です。人的資本が充実しておれば将来の納税の担い手の層が厚くなるわけですから、持続可能性は高まります。要するに豊かさの捉え方として単年度の損益だけではなく、将来に関係する資産と負債にバランスに目を配らないと、正しく捉えることはできないことを意味します。回り道かもしれませんが、県民の教育と健康について手厚くすることからしか、幸福に連なる震災復興は生まれないのかもしれません。

さすが値打ちもの

昨夜のFIFAクラブワールド杯決勝戦の模様をTV観戦しました。優勝したレアルマドリードのスーパースター選手はさすが年俸90億円だけの価値ある働きを見せてくれました。準優勝したJ王者も善戦して見ごたえのあるゲームでした。その日、ちょうど地元のJチームの来年のカレンダーが自宅に届きましたが、やはりそれだけお金がかけられるクラブにサポーターが育てていかないといけないと改めて決意を強くしました。

キラキラパレードの力

昨日、熊本市の中心部でディズニーキャラクターによるパレードが行われるということで、混みあっていました。パレードそのものは見ず、フェイスブックその他でアップされている写真で追体験しました。復興イベントの一つということのようです。その目的に沿うものかどうかの判断はできかねますが、集客力としては相当のものがある気がしました。このところ、読書が進んでおらず、これから馬奈木俊介,・池田真也・中村寛樹著『新国富論 新たな経済指標で地方創生』(岩波ブックレット、580円+税、2016年)を読むところです。たまっていたポイント利用でしたので入手コストはゼロでした。

人間社会の理(ことわり)の追及

少なくとも大学へ進学した人なら専攻した学問領域には強い思い入れがあると思います。私の場合は、中学生時代にロッキード事件があり、ソルジェニーツィンの『収容所群島』や五味川純平の『戦争と人間』、雑誌『世界』連載の「韓国からの通信」を読みなじんだことがあって、権力の腐敗や横暴、翻弄される市民の精神に関心が高く、政治学に向かったように思います。当時も今までも知識がないこともあり、経済学はお金を追いかける学問に思えて進路先に考えたことはありませんでした。しかし、やはり第一線で活躍する経済学者の考えは違うのだということを、12月15日の朝日新聞のコラム「読み解き経済」の筆者・松井彰彦氏の文章で知りました。同氏は、「人間の科学としての経済学を発展させることで、人間の営みを貫く社会の理(ことわり)を求めたい」と記しています。「人間は物質から成り立っているから、物質の科学たる自然科学は人間の科学である社会科学より根源的なものであるとか、経済学は物理学の後追いをしているだけだという言説も認識不足から出たものである」とも言っています。宇宙や生命を構成する物質に着目すれば、化学が理の基本だと思いますが、人間の短い一生を思えば誰もが幸福に感じる社会の成り立ちをどうするかが最重要課題であり、その解明や処方箋提示に経済学や政治学が大きな役割はあると思います。私が進路を決める前に松井氏の文章に出会っていたらまた違った道を辿っていたかもしれません。

名ばかり評議員は不要

いわゆる当て職という流れで、ある社会福祉法人の評議員を務めることになりました。社会福祉法の改正により社会福祉法人には評議員会が必置となり、定款の変更が進んでいます。すでに評議員を置いていたところは、理事の定数の2倍を超える人数が評議員の定数だったのですが、改正後の評議員の定数は理事の定数(最低6)を1人上回ればよいことになったので、減らすことが可能になりました。もともと今回の社会福祉法人の制度改革は同族経営の弊害をなくし透明化するために、物言う評議員を増やしましょうという趣旨です。ですが、物を言わない名ばかり役立たず評議員を減らして経費を節減できるチャンスなのにそれを行わないとすれば、なんのための評議員会なのかなという疑問を持ちました。

回顧と展望と

本日から年賀状差出の受付が始まります。24日までに投函すると、元旦配達に間に合うそうですから、これから準備が忙しくなります。シンプルな年賀状ももちろんありですが、一般的な例と比較すると、例年字数が多い年賀状を送ることにしています。自分なりの回顧と展望を人様に年1回くらいお伝えするのをご容赦願いたいと思います。その点は、社員1名の会社ですから社名・事務所名を冠した年賀状でも好き勝手に記せる自由さがあります。

主権者を意識する年中行事

この時期、当社においては代表者自身が自社の年末調整を行った上、源泉徴収票・給与支払報告書等の一切の作成を行います。そして、年明けには源泉所得税その他の納税が控えます。毎回そうですが、こうした納税事務を行うと、主権者であることを否応なく実感します。つまり役所の肩代わりで税金を集めて納めているわけですから、役所からすれば税額の計算を含めてそれだけでも相当の事務コストの軽減になります。もちろん税務の専門家がいて外注するのもありですが、できるだけ会社自身で財務経理はやるべきで、経営者自身が実務を行わないでも、その数字を読み取り自社にどのような課題があるのかを知ることにおいても重要だと思います。

正代見たさに

来場所の関脇昇進が有力視される正代関が、大相撲冬巡業宇土慰問の握手&サイン会で宇土市民体育館へやってくると聞いて、一目見たくて昨日足を運びました。事前に案内された開会時間前に会場に到着したのですが、すでに長蛇の列でサイン会も始まっていました。所用も控えていましたので、離れたところから拝見しただけでしたが、地元市民の期待の大きさを体感しました。J1鹿島で活躍する植田選手ともども宇土市出身者のヒーローとして大成してほしいと思います。

第6期株主総会開催

本日、株式会社アテンプトの第6期株主総会を実施しました。株主総会とはいっても、取締役も株主も1名の会社なので、まったくの書面決議です。先月末が決算期末でしたので、それから10日余りでのスピード開催です。
当社のような営利法人はこのように自由が利くのですが、私がいくつか関係している社会福祉法人では、社会福祉法改正施行に備えて定款変更や評議員選任準備を進められています。特に評議員会は会社でいえば株主総会に相当する最高議決機関になります。評議員の出席要件は厳しく、過半数以上が実際に出席しないと評議員会は成立せず、流会となりますし、評議員の3分の2以上の出席賛成がなければ定款変更なのどの特別決議が上がりません。株主総会なら株式の3分の2以上の持株主からの委任状を取り付けておけば、いかような決議でも押し通せますが、評議員会ではそうした無理が利かない仕組みになっています。これから評議員候補を見つける必要のある社会福祉法人は、確実に出席できる人物を定めて選任することが迫られます。