アテンプト流農業参入の道のり

代表者は行政書士にしてもともとは人材教育サービス業からスタートした会社、アテンプトを経営しています。そのアテンプトが、いかにして農業に参入したのか。その道のりを明らかにすることは、農業ビジネスに関心があり、参入を果たしたい企業にとっては、何らかのお役に立てるかもしれません。現在、熊本県玉名市に位置する農場においてミニトマト生産を行う当社の参入までの道のりの記録を紹介します。
当社が実際にミニトマト生産を開始したのは2014年4月からのことです。当然、参入に際しての動機は、それ以前から抱いていました。一口でいえば、ローリスクで確実なリターンが得られる事業に魅力を覚えたからです。アテンプト設立以前に代表者が携わった業界は、広告やインターネットでした。モノではなくサービスを売るわけですから、確かに収益率は高いのですが、たとえば情報発信の手法の変化は目覚しく、短期間のうちにモデルチェンジが迫られる業界です。ビジネスモデルの価値が下がれば、サービスの料金も下げなければなりません。それ以前にビジネスモデルそのものを開発しても、まったく商品にならない、つまり売れないというリスクもありました。その点、農業が恵まれているのは、日々の管理がしっかり行われていれば、相応の収穫があり、しかも確実に販路があるということです。広告やインターネットの業界であれば、売るための努力つまり営業に人員も経費も割かれてしまいます。農業もマーケティングや営業力が要求されますが、それほど人員や経費はかかりません。
ローリスクで確実なリターンがあると書くと、あまり夢や希望が感じられないと思われるでしょうが、そんなことはありません。手間を惜しまずにコツコツ仕事を進め、栽培管理をすると優れた収穫物が得られる達成感は格別です。この点は、営業の達成感のような派手さはありませんが、無力感のようなものとは無縁ですから、精神的にも働きやすい環境だと思います。
ところで、動機がビジネスとしての成功の予感にあったとしても、それを確信するには2年間の助走期間がありました。当社が参入する前に現在の農場を運営していた別の事業者があり、その運営ぶりを近くで見聞する機会に恵まれていました。冒頭に代表者は行政書士であることを明記していますが、この行政書士の受任業務の一つとして、農業法人立ち上げや農地確保の支援があります。したがって、代表者は受任業務を通じて農業法人化や農地利用許可申請の経験を積むことができました。事業にあたって生じるさまざまな分野の問題を知る機会に恵まれました。その事業者は、その後不幸にも事業撤退されたため、当社自身の参入に際しては初期投資ほとんどゼロの状態で事業を開始することができましたし、何よりもそうした先行の失敗事例の問題点を学ぶことができました。
さて、当社が玉名市の認定農業者の指定を受けたのは2014年5月、基盤強化法に基づく農地の利用権設定の始期は同年7月です。これに至るまでいろんなハードルがありました。まず、認定農業者の指定を受けるため、農業経営改善計画を提出したのが2014年1月のことでした。通常であれば1ヵ月以内で指定が得られるものなのですが、この頃すでに経営が傾いていた先の事業者が、破産申立準備に入る同年4月まで従前の利用権設定の解除に応じなかったため、認定が遅れ、変則的な生産移行で対応せざるを得ませんでした。当社のみならず地主や従業員、販売先、肥料・燃油業者等も早く健全な経営体に移行することを望んでいただけに、その点は関係者にとって時間の浪費となり、残念なことでした。
農業にとっては農地が経営資源として重要な位置を占めますが、農地利用に係る権利移動については農業委員会や知事の許可を得る必要があり、申請して許可されるまで期間がかかります。加えて下限面積という制限があり、当社のような新規参入となれば、最低50a以上が要件でした。このため、当社も50a以上の経営規模となる認定農業者の申請を行い指定を受けた後、農地の利用権設定の手続きを進めました。ところが、契約寸前になって一部地主が法外な条件を追加してきました。通常のビジネスの経験がない農業者の場合には往々にしてあることですが、ビジネスルールが通用しません。このような相手の要求に応じると、将来禍根を残す可能性が大です。結局、その地主とは合意せず、50a未満の経営規模で利用権設定の許可申請を行うこととなりました。これが2014年6月のことです。そしてなぜ下限面積を下回る状態で許可申請ができたかということですが、これは認定農業者の期間が5年間あるからです。計画というのはあくまでの5年後の姿を示せばよいので、計画上は50a以上であっても参入当初から50a以上であることは求められていません。結果として50a未満の経営規模で無理なく新規参入を果たすこととなり、当社としては幸いでした。これが農地法による許可申請であれば、どうしても50a以上の要件を満たす必要があり、ハードルが高いものになったことでしょう。このように実際に生産を始めた後を追うようにして行政手続き上の体裁を整えていったのです。
当社の生産品目はミニトマトです。熊本県における農業生産額の品目別1位はトマトですから、当社も県の基幹産業の一端を担っています。当社の栽培は、養液栽培によって行っています。養液栽培は病害原因の一つとなる土壌から隔離し、液肥成分や給液量をコントロールしながら生育させる栽培方法です。栽培ベッドや給液パイプ、点滴チューブ、肥料混入器などの設備機器が必要ですが、自動給液による省力化効果もあり、栽培管理の負担が軽いのが特長です。土壌を利用しないのでトラクターなどの大型機械を導入せずに済みます。土壌は同じ農場敷地内でも成分が異なるため、元肥や追肥の効きが異なることがありますが、養液栽培は液肥による管理の結果がストレートに表れるので、栽培しやすいメリットがあります。
養液栽培を行うにはそれを可能にする農地・施設条件があります。ハウスが既設であれば耐久性もそうですが、生産品目に適した天井高があるかが重要です。その上で天井カーテンも張れた方が冬期の保温、夏期の遮光に適します。次に水です。これは地下水がもっとも適しています。雨水も使えなくはありませんが、貯水量が安定的ではありません。水稲で利用される農業用水は溶存酸素濃度が低く栄養素以外の不純物が多いので液肥コントロールを不安定にします。水道水は塩素の点もありますが、コストがかかり過ぎます。さらには電気です。これらの条件が整っていて休耕しているハウスが活用できたらそれがベストです。
日常的な栽培管理においては農業技術について一定の知識を持つ人材の確保が必要です。植物体の生育状況を見て何が過剰で何が不足か判断し、対策をとれる能力が要求されます。葉を掻き取ったり果実を収穫したりする業務はあまり体力を要しないので、高齢者の活躍の地として適していると思います。
栽培を行う過程ではさまざまな業者との関係も重要です。分野は多岐にわたります。種苗、肥料、農薬、資材・設備機器、燃油、包材、選果などです。これら取引先の選択にあたっては見積金額はもちろんですが、支払条件や担当者の能力も確かめることが重要です。なかには商品内容をよく説明せず、ただ売り込みだけをかける業者もいます。経営規模や生育状況に照らしてほんとうに必要な商品かどうかをよく検討するべきです。つまり、業者のいいなりになるのではなく、自らが学び、生育の現況からどのような手立てが必要かを判断しなければなりません。生産者側が学んでおれば、業者のレベルが判断でき、無駄な購入を減らすことができ、収益率が向上します。
取引業者のなかにはさまざまな販売会社のほかに、コンサルタントも含まれます。特に経営者自身の経験が浅いときは外部のコンサルタントに頼りがちですが、コンサルタントのなかには経験が浅い人もいれば、過去の名声にすがって最新の勉強をしていない人もいます。ですから最初から特定のコンサルタントに絞るのではなくて、広く情報を求めてそれぞれの違いを理解した方がよいと思います。コンサルタントの指導を鵜呑みにして高額の出費を招くハメにならないようにしたいものです。
以上のことからいえるのは、農地については今後、条件のよい物件が出てくることが考えられます。まだ農地バンクへの貸し手からの登録が進んでいませんが、個人の生産者の高齢化が進行していますから、ここ5年のうちに手放される物件は多いと考えられます。あるいはブームに乗って新規参入した法人が撤退することにより手放されるケースも出てくるかもしれません。いずれにしてもこれから参入する方が有利です。
それともう一ついえることは、地主にしても生産従事者にしても外部の取引先やコンサルタントにしても、出会う人のレベルを見極めよということです。疑問や不安を覚えたら退く勇気も大切です。前にも触れましたが、昔からのやり方で農業をやってきて、あげく後継者も育てられなかったような人とは距離を置いた方が得です。
農業の経営資源である農地と人材について触れてきましたが、資金も重要な経営資源です。農業については手厚い補助金制度があり、政府に守られているイメージがありますが、こと新規参入についてはそう甘くはありません。JAあたりに融資を申し込んでも実績がないからと門前払いを受けてしまいます。新規参入ですから実績がないのは当たり前ですが、逆にいえば既存の生産者がいかに悪い実績しか上げていないかという証明だと考えます。また、施設園芸の分野では、融資を行う金融機関の方が、施設にカネがかかる養液栽培を土耕栽培よりリスクのあるものとみなしています。ですから、養液栽培の新規参入ならなおさら外部からの資金調達は困難です。本来は自動化・省力化で長期的には経費が安くなり、大規模な経営が望める養液栽培についての理解が金融機関にないのはフシギです。
そうしたなか、第1次産業である農業生産だけでなく、農産物の加工や直販所、レストランといった第2次産業・第3次産業の業態を組み込んだ6次産業化が脚光を浴び、6次化を支援する補助金・助成金施策がずいぶん用意されてきています。ただし、6次化へ踏み切った他の先行事例を見てみると、失敗作がほとんどです。製造や流通の専門外から参入しても人材ノウハウが伴わず、ハード面だけの投資負担が残ったというのが多くの実情のようです。アテンプトも規格外収穫物の活用策としてドライミニトマトの販売をしていますが、製造についてはすでに専用オーブン機器を保有している事業体に委託をしました。もし今後も6次化の展開を図るなら、このように既存の事業体との連携によって進めようと考えています。雇用関係の補助金・助成金制度もそうですが、活用にあたっての縛りが多く、資金調達のつもりで導入すると、将来かえって経営を圧迫しかねないと思います。結果、儲かったのは制度活用を推し進めたコンサルタントだけということになりかねません。資金調達は自己資金、それは親族からということも含めて内部から調達可能な範囲からの経営規模で始めるのが正解ではなかろうかと考えます。これまでも触れましたが、農業はこれから先が一層競争相手が減り、農地確保その他で有利な環境になります。焦って無理な規模拡大をする必要はありません。