今の年齢で読めば違ったかも

昨日のトップニュースは、長崎生まれのイギリス人作家、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞でした。同氏の作品は2冊書棚にあり、1990年頃に読んだ記憶があります。正直なところ、20代終わりの時期の私にとっては盛り上がりを欠く退屈な本でした。以来、同氏の作品を手に取ることはなかったわけですが、今の年齢で読めば違った印象をもったのかもしれません。それと、作家も当時30代だったのが、作風の老成感からして今にして思えば驚きです。
文学の力という点で、いくらか矛先は異なりますが、1964年にノーベル文学賞に選ばれながら受賞を辞退した、フランスの作家・哲学者、ジャン₌ポール・サルトルは、かつて自分の代表作『嘔吐』を回顧しながら、「文学は現実に餓死する子どもを救うことができないのだから役に立たない」と語っています。読者の立場からすると、文学作品を役に立つから読むという人は、まれですから、サルトルの言葉はその通りだとも言えますし、見方を変えればサルトルがそういう発言をするから読者は注目し、文学に何かを動かす望みを見つけようという気持ちにもなるかもしれないと思います。
石牟礼道子作品と水俣病被害者支援運動もそうですが、読み手と書き手の双方の資質が、言葉の力をどうにでも変えるという気がします。もっともっと凄い作家が生まれてくることを期待します。