だらしない最高裁判事こそが罪深い

水俣病訴訟に勝訴して原因企業から賠償金を得た患者には、公害健康被害補償法に基づく補償をしなくても適法という判断を昨日最高裁が示し、原告が敗訴しました。行政を擁護するようで申し訳ないですが、法律に縛られて動かざるを得ない行政が、補償不支給の判断をするというのは、彼らのやり口として自然です。ですが、事件の歴史や憲法の理念に基づいてどのような扱いが正しいか、法律の中身や運用について判断するのが、司法の役割です。つまり、自浄作用がない行政に与するのではなく、人権を踏みにじられてきた国民の権利を回復するには、どうしたらいいのかという視点が裁判官には求められています。今回の司法判断は自らの職責を放棄したものであり、被告の行政以上に罪深い歴史を作ったと思えてなりません。原告患者が勝訴した関西訴訟最高裁判決の考えを自ら否定することになったことに気付いていないのか、今回の4人の裁判官の低能ぶりが心配です。