死刑囚やIS戦闘員の死から見えるもの

昨日、大阪拘置所と広島拘置所において2人の死刑が執行されたという報道がありました。それとは関係ありませんが、遠く離れたイラクやシリアではIS支配地域の奪還の戦闘が行われ、IS戦闘員の死者が多数出ています。今回の死刑囚にしても、IS戦闘員にしても、自身が手を染めた犯罪は重く、殺された側からすれば殺し足りない存在だったかと思います。生かしていても更生が期待できないかもしれません。しかし、なぜそういう罪を犯すような人間になってしまったのか、そこをよく知りたいと思います。IS支配地域では住民の子どもが洗脳させられ、戦闘員に仕立てられた、より大きな犯罪もあります。死に至った者たち一人ひとりの生い立ちを辿ることで、死刑やテロ防止を考えることが必要だと思います。
これも昨日の朝日新聞に載っていた座談会記事で、早稲田大学教授の長谷部恭男氏が以下の発言をしていました。「ネット上のニュースサイトを見ても、伝統的なメディアのニュースを拾っていることが多い。ただ、伝統的メディアへの接触度が落ちていることは確かだ。ネット上のメディアでは、各自の好みに応じた情報環境になる。好みの同じ仲間と一緒に意見交換しながら、生きていくことができる。そういう情報は、真実である必要はない。特定の傾向を持つ人を集め、周りから隔離してしまうと、最初もっていた傾向がどんどん極端な方向に昂進してしまう現象がネット上では発生しやすい。このような現象は正の側面ももちろん持っているが、悪い方向に働くこともある。」。つまり、情報の真偽が判断できない国民の存在によって、極端にいえば、悲惨な犯罪が発生する危険が大きいということになります。それを思えば、ムスリムの入国を心配する前に、自国民やメディアの資質の向上を考えよということになります。