拉致被害者への冒涜

『拉致と日本人』の共著者・蓮池透氏の発言で感じるのは、拉致被害者の救出をおざなりにして、偏狭なナショナリズム高揚に便乗したり、権力へのすり寄りの手段に使おうとしたりする浅ましい連中のあぶりだしです。事実、透氏の行動の源は怒りだといいます。「自国の政府の不作為や不条理に対する憤りは、弟の帰ってきた今も、まだ収まりません。」(P.140)と語っています。「拉致という行為が許されないのは、一人ひとりの人生や生命をないがしろにする犯罪だからですよね。拉致問題を口実にしてナショナリズムを盛り上げようとするのは、その意味で二重三重におかしいと思います。」(P.143)とも語っています。
特に帰国が果たせた拉致被害者自身が知っていることを表に出せない点があります。それを出せば、残っている被害者の生命を危うくさせるからです。あろうことか透氏を工作員呼ばわりする大バカ者まで現れる始末です。
このように大きな犯罪が起こったときに本質を見誤ったりそれを自己の権益に利用したりする者が必ず現れるという思いがします。たとえば、水俣病事件においては被害の研究において多くの医学研究者が博士号を取得しましたが、患者救済に動いてくれた人はほんの一握りです。東京電力の旧経営陣も福島第一原発事故についてお詫びすると言いながら、事故を防止する手立てをとらなかったことには責任がないと述べています。甲状腺がんになった多くの子どもたちの存在をなんとも思っていないのではと感じます。
被害者を冒涜する犯罪の発生はことあるごとに告発する必要を覚えます。