水俣の思い出

6月21日、45年前の水俣病センター相思社の設立委員の一人であった、映画プロデュ―サーの高木隆太郎氏が亡くなられました。高木氏が制作にかかわった作品を見る機会は過去ありましたが、ご本人と会ったことはありません(私と同世代の長女さんとは相思社10周年の大収穫祭や下北沢での青林舎の年末餅つきでお目にかかったことがあります)。高校の先輩にもあたり、遠くから仰ぎ見る存在でした。その人となりは昨年映画で、今年書籍で取り上げられています。現実を前にしてどう行動すべきなのか考えさせられます。