月別アーカイブ: 2019年10月

焼失した展示物の価値が惜しい

13カ月前に訪問した首里城が焼失したニュースは驚きでした。復元した建物の焼失はもちろんですが、建物内部に展示されていた数々の文化財の焼失が残念でなりません。失火原因はこれから究明されることになるでしょうが、こうした貴重な資料を収蔵する施設は、どこであれ防火対策の見直しが急務のことと思います。
もう一つ、身近なニュースとして法務大臣の辞任がありました。10月1日付けで私が受け取った人権擁護委員の委嘱状は今回辞任した大臣名で出されています。ついこの前まで隣国の法相人事をメディアはやんやと取り上げていましたが、足元の資質もこんなものです。委嘱状が1カ月間で色あせてしまいました。新任委員にとっても失礼な出来事です。レアものの委嘱状として嗤い飛ばすしかありません。

組織の内と外

昨夜は地元行政関係者の方々と話す機会がありました。組織の内からは見えないこと、組織の外からは見えることを感じました。特に地方自治体行政の要は教育と福祉の充実にあると考えます。それなしには経済振興も何もあったものではありません。たとえば、義務教育の公立小中学校の人事権は政令指定市を除けば地元行政にはなく、能力資質に欠ける職員が押し付けられることもあると思います。国も地方自治体の県も市も対等であるのは行政法のイロハですが、さほど行政経験もない学校長やら指導主事やらの中には、自分たちは県職員であって市職員をバカにしているフシもあります。まさに身の丈を知らないとはこのことです。

ひきこもりと支援

昨日の朝日新聞で「ひきこもり状態の人は40代が最多だが、支援を受けているのは20~30代が多い」と報じていました。この元になったのは、ひきこもりに関する調査をした32の自治体(47都道府県・20政令指定市のうちの)の回答結果からです。調査にあたったのは、主に民生委員とのことです。熊本県の場合は、まさに現在民生委員が12月までの回答期限で調査中です。ただし、ひきこもりの状態にあるとされる対象の年齢や健康、生活環境の定義があり、一般のイメージとはかけ離れた印象を覚えます。いわば自立したひきこもり状態にある住民が対象として含まれてくるので、そのまま支援対象と考えるとミスマッチが起こりそうにも思えました。あくまでも今回は大雑把な基礎調査なのかなと思います。

湯の児温泉

昨日は、今年1月以来となる湯の児温泉へ行ってきました。役員をしている財団の理事会と懇親会でしたが、おかしなもので温泉に入ってから会食しながらの方が、いろんな意見が活発に出ます。それぞれの経験や人柄が出るからなのかもしれません。これを踏まえてしっかり財団を支えていきたいと思いました。写真は天草の十三仏公園からの眺め。

子ども食堂

地元行政区内の平均年齢80歳代の女性グループが昨日子ども食堂を初めて開催しました。最初の企画段階ではは30食分用意する予定が、途中50食分になり、最終的に当日は80食分準備する盛況ぶりになりました。しかも食事代金は無料ということでした。次回は来年1月に開催するということもすでに決定済みです。運営代表者は90歳を超える方ですが、その熱意には驚きです。人を巻き込むことが生きがいなのかもしれません。

在宅医療介護は自助なのか

在宅医療介護連携推進事業の講演会に参加しました。医療の現場が通院にしろ入院にしろ受入余力がない状況から在宅での医療介護を住民に理解させる内容でした。一つは国の方針が、医療にしても介護にしてもその保険財政負担が増加しているのでそれを減らしたい意向があります。もう一つは昔は自宅で亡くなるのが自然であって、多くの人も最期は自宅で迎えることを望んでいるという願望に由来します。ですが、高齢者のみの世帯が多い今の生活では最期を自宅で迎えるというのは至難のわざです。高齢者と普段は別々の暮らしをしている親族が介護に携わるのは非常に負担が重いと思います。当人の意思が明確ならいいですが、それが困難な場合は親族ではない専門職が判断して対処しなければならないケースも多いと考えます。行政説明のスライドでは、これまで公助より小さい図形の自助の重みを示す図形が、これからの自助は公助より大きい図形で示されていました。これでは相対的に公助の役割はマイナスということになります。市町村の行政は、国の言いなりでしか働かない態度で済むと思っているのではと、疑問に思いました。

良識と教養の陶冶

行政書士倫理綱領の中に「人格を磨き、良識と教養の陶冶を心がける」とあります。昨日も研修会を開催しました。研修の業務分野は産業廃棄物運搬処理業許可申請とグループ補助金申請でした。私自身は取扱い実績がない分野ですので、それぞれの責務の重さを感じました。ともすれば許可を得たいとか補助金を受けたいとか依頼者は、その先にあるプラスの部分にだけ思いが行きがちです。しかし、無理を押していい加減な事業を続けたら、社会に迷惑をかけたり事業が行き詰って補助金の返還を求められたりすることがあります。そうしたマイナス部分も依頼者に理解してもらうことも専門家の務めだと思います。

公助を減らさせない

今度の土曜日に地区の有志の方が、いわゆる子ども食堂の活動を行います。地域内の共助の取り組みの一つであり、活動する方に敬意を覚えます。行政の方でもこうした共助の活動を推進する動きが盛んです。一方、公助を切り詰めようとしているのではという危惧もあります。そうなってくると、社会全体ではマイナスです。公助ももとはといえば国民が納めた税からなる共助です。福祉や教育に惜しんではならないと思います。

天草コレジヨ館

きょう初めて天草市(旧河浦町)が運営する天草コレジヨ館に立ち寄る機会がありました。世界文化遺産の指定を受けた崎津集落が脚光を浴びていますが、30年前からあるこの施設のことは知りませんでした。コレジヨとはその名の通り宣教師を養成する大学であり、伴天連追放令を受けてキリシタン大名の領地に逃れた宣教師たちが1591年から1597年に開校させました。開校前にヨーロッパへ派遣され帰国した天正少年使節団の少年も学んでいます。宣教の目的は、果たされなくなりますが、ヨーロッパ文化との出会いから伝わった印刷技術や言葉もあります。今もけっして交通至便な場所ではありませんが、海外との交流からしか文化は発展しないことを現在にも教えてくれます。

社会は変えられる

次に読む本は、今野晴貴・藤田孝典編『闘わなければ社会は壊れる』(岩波書店、2400円+税、2019年)です。『隠された奴隷制』に引き続いて、闘わなくても壊れていく社会の労働や福祉の問題について考えてみたいと思います。

奴隷制から逃れるには

『隠された奴隷制』を読み終わりました。著者は思想家としてのマルクスの研究者ですので、その分思い入れが強いのを差し引いても、マルクスが示した題名の視点は今日にも色あせていない思いをしました。逆に言えば資本主義を維持する側は徹底して奴隷制の実態を隠そう隠そうとするのも必然です。本書で少し違和感があったのは、企業が企業内教育を減らしていることと企業外での自己啓発ばやりを自己責任強化と結びつけて批判している部分です。まず企業内教育について言えば、確かに人材育成・福利的な側面はありますが、やはりどうしてもその企業だけに通用する内容に偏りがちです。もともとの目的が優秀な奴隷を育てることにあるからです。企業外のいわゆる自己啓発セミナーには確かに洗脳やマルチビジネスなどの悪徳商法の普及が目的のものもあります。しかし、本来的な自己啓発というのは、企業外の社会との交流ということではないかと思います。中高年になってからの大学等での学び直しでもいいですし、自分だけでの読書でもかまわないかと思います。一口で言えば、奴隷ではない人と出会うのが奴隷制から逃れる早道だと思います。

許可率の差

昨日受けた在留許可申請に係る研修で興味深いデータが、永住者許可申請の許可率の低下と地方別の差でした。要件が厳しくなっている上に、ある地方では特に許可される率が低くなっています。要因を詳しく知りたいものです。写真は投稿とは関係ありません。きょう仕事でおじゃました施設の入り口にある銅像です。

久々の福岡市内

外国人の在留許可申請を取り次ぐ行政書士の実務研修会のため、久々に福岡市を訪ねました。20年ほど前はよく出張していたので、あまり感じませんでしたが、熊本市との差は開いているなと感じました。ましてや大都市と田園都市とでは、地域の課題も違います。しかし、外国人の移住はどこも増えてくるでしょうから、行政書士の出番はますます増えてくるかもしれません。在留管理の側面一色でしたが、在留支援の側面は住民に近い存在だからこそできるともいえます。

入会希望者向け相談会のお知らせ

本日は、行政書士会の無料相談会の相談員として参加しました。相談者のお役に立てたのかどうか、いつも気になります。相談に応じる場合、まずは相談者からさまざまな事実情報を聴かせていただきます。なかなか自分にとって不都合な事実、不利な情報を話したくないものですが、相談に応じる側からすると、非常に重要です。そうした情報がなければアドバイス内容ががらりと変わり、結果として相談者にとっては有害無益な行動をとるリスクが高まります。
さて、このたび、熊本県行政書士会研修部では、 「令和元年度新入会員研修会」(日時:令和元年12月9日(月)10:50~16:30、会場:熊本市流通情報会館501研修室)の公開実施に合わせて入会希望者の方にも参加いただける相談会を開催します。
行政書士会が実施する研修会の雰囲気が味わえ、開業相談にも応じます。行政書士を目指す皆様のご参加をお待ちしています。
申込締切は、令和元年11月22日(金)ですが、会場定員(100名)に達し次第〆切といたします。
専用の参加申込ページよりお申し込みください。

高齢化地区の地域参加

一昨日、九博の特別展三国志へ向かう前に校区の体育祭開会式に参加しました。各地区住民で構成されるチーム対抗の競技が行われるのですが、高齢化率が50%近い団地の5地区からの出場はありませんでした。開会式の来賓あいさつでこのことに触れる者はおらず、同じ校区内でも地域行事に参加するパワーをそがれた地区をどう振興させていくのか考えているのか、知らないのか、わかりませんが、このままでは格差が開くばかりだと思いました。

川上災害

台風災害については数日前から進路情報があるため予防対策が講じやすいものですが、このたびの河川の堤防決壊による浸水災害は、被害地域が必ずしも暴風・大雨とは限らないため、突然発生した場合もあるようです。考えもしなかったでは守れないこともあることを学ばされました。

三国志展鑑賞

最も目を引くのはやはり美麗な関羽像でしょうか。神格化極まりないとはこのことと思わせられます。後世の人たちの期待値の高さがうかがえます。特別展以外で同時代の日本の文明を知るのも有益だと思います。会場でもインターネットでも楽しめる武将メーカーを試してみるのもいいかと思います。

奴隷制と日韓関係

植村邦彦著の『隠された奴隷制』では、当然のことながら奴隷制の歴史が紹介されています。たとえば、古代ギリシア・ローマがありますし、米大陸ではイギリスが奴隷制を廃止したのが1833年、そのイギリスから独立したアメリカ合衆国の南部では1865年まで奴隷制が存続していました。およそ150年前のことです。
そして日本が奴隷制と無縁であったかというと、けっしてそうではありません。植民地化した朝鮮半島出身者を徴用工としてまさしく奴隷的な強制労働に従事させました。慰安婦という性奴隷の史実も否定することはできないと考えます。確かに国家と国家は平等の立場ですからその国同士が結んだ条約は有効ではあるでしょう。しかし、現実問題として、締結当時の力関係・国際状況はどうだったのか、もともとの不正義はどちらにあったのか、そこを踏まえる思考は必要です。奴隷的扱いを強いていた側が国の約束は約束だとして、個人の慰謝料請求権(しかもそれは国に対してではなく企業に対しての)に対して過剰反応するのは名誉ある行為とは思われません。かえって相手の尊厳を傷つけることになったのは、あまりにも賢くありませんでした。