月別アーカイブ: 2019年3月

ひとり広報活動

当職も委員を務める宇土市農業委員会の今月の会議が昨日開かれたおりに、委員25名の方に行政書士制度の広報をさせていただきました。不適正な代理申請を防止するために、委員の皆さんへご自宅の目につくところに広報チラシを貼付いただいたり、メガネレンズやスマホ画面拭きに熊本県行政書士会特製のマイクロファイバークロス(写真)を普段使用していただくよう配布しました。宇土市には行政書士が委員にいますよということも言ってくださいとお願いしておきました。

非行政書士排除の広報チラシ画像は明日以降4回に分けて投稿します。

寄り添うということ

本日は県議選の告示日となっています。正午現在、我が家の前にある立候補者の選挙ポスター掲示板を見ると、定員1人に対して現職1人のポスターしか貼ってなく、事前の報道通り無投票の可能性が高くなっています。無駄な経費がかからなくて良いという意見もありますが、公職として働く人の資質向上のためには、政策論争を通じた選択の機会があった方が長期的にはいいと思います。さて、そうした公職にある人が寄り添うという言葉をつかうときがありますが、そんなに簡単につかえない言葉だと思います。最近、いじめの問題や在留希望の外国人の問題と身近で接する機会があり、不利益を被る人の気持ちをくみ上げるのは難しく、それらの人を保護すべき人の思考を改めてもらうのもさらに難しいと感じています。特に保護すべき立場の方にわかってもらいたいのが、対処を誤れば当事者の生命に係るという点です。せめて代弁者になろうと思います。写真は、一昨日、甲佐町の特別養護老人ホーム前で撮った桜です。

変わる成年後見

成年後見制度をめぐって、今年、最高裁が全国の家裁へ次のような通知を出しています。まず1月に後見人の選任について専門職よりも親族が望ましいと考え方が改まりました。専門職とはいってもピンキリで大した仕事もせずに報酬だけせびり取る傾向があり、不評であることを最高裁が追認したようなものです。今月には利用者が後見人に支払う報酬を利用者の財産額に応じて決めるのではなく、業務の難易度により算定するよう最高裁から全国の家裁へ通知が出されたと報じられました。実際に親族後見人を務めている立場で言えば、歓迎したい内容です。さらに、望むとするならば、利用者の多額の財産を保全する仕組みとして導入された後見制度支援信託についても専門職後見人に扱わせる必要ななく、親族後見人で十分可能だと思います。現場での硬直的な運用はどんどん見直してもらいたいと思います。この成年後見で手厚い支援が必要なのは、財産が少なく身近な親族がいない利用者です。こうした利用者の支援業務は難しく、かといって高い報酬が得られないために、しばしば専門職が手を付けたがらない対象者です。そして、こうした利用者の制度利用に現在の家裁がきめ細かく対応できているとは思えません。国も家裁ではなく市町村に任せたいと考えてはいるようですが、そうなれば一層地域の行政職員や住民の資質向上が求められます。

根も葉もある話

当社がミニトマト生産を行っていたころ、養液栽培研究会の研修でミニトマトの尻腐れ病を防ぐには、根からカルシウムを吸わせる必要があると学びました。それ以前には、別の農業技術コンサルタントから葉面散布でカルシウムを吸わせればいいと聞いていましたので、このコンサルタントは無知だということを学びました。確かに葉からもカルシウムは吸うので、葉の状態は良くなります。しかし、葉から果実へカルシウムが供給される管はありません。果皮からもカルシウムは吸いません。果実の状態を良くしたければ、根から果実へ通じる管を使ってカルシウムを与えるしか方法はありません。もっと始末の悪いことに、葉は地上から目視できますが、根は地下部にあるので根が腐っていると、効率的に養分を吸ってくれません。
こんな根も葉もある話が、身近な学校で沸き上がっています。それは、校内での子どもによる子どもへのいじめ、つまり虐待です。学校では、いじめの実態をあまり掌握せずに不登校をなくそうと努めていて空回りしています。いじめが発生しないような対策をとることもなく通学を勧めたら、当然、いじめは続きます。
県内公立学校の教職員の4割が今後10年で定年を迎えるとあって、授業を行う能力の低下が懸念されています。しかし、授業が成立する以前の問題が多いことが深刻に思います。いじめあるいは虐待を起こしてしまう子どもへの対処については、ほとんどの教職員が専門外です。問題を解決しないまま授業を行わざるを得ない状況にあるように思います。本来の務めを果たす場がなく、能力の持ち腐れになっているような気がします。行政にしても児童福祉の専門家があまりにも少なすぎます。
子どもも教職員も疲れて腐れ果てているのですが、地域は葉を見ていて根の腐れに気づいていない、そんな気がします。今、学校の果実は腐りかけています。

式辞は怖い

各種の式辞に耳を傾ける季節です。今日は、ダーウィンの名言「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。」を引いて卒業生に対して「自ら変化できること」を贈る式辞を聴きました。ですが、これは怖い言葉です。一つは、往々にして変わる必要があるのは、口にした本人であることがあり、聴く側からすると、「自ら変わらなければならないのは、あんたでしょう」と突っ込みを入れられかねません。もう一つは、そもそもダーウィンはそんなことは言ってなかったそうで、後世の人による進化論の乱暴な要約に過ぎず、教訓めいた話にすり替えるのは誤りという見方があります。式辞では、このネタを使わないのが賢明だと思いました。あと同じ式のあいさつで、ご健勝を「ごけんかつ」と言う保護者代表もいました。なんともびっくりでした。

外国人のための相談会

所属団体から本年4月から来年3月にかけての外国人のための在留資格・帰化についての無料相談会の相談員割り振り表が届きました。毎月第1水曜日の午後1~4時の間、熊本市国際交流会館2階カウンターで行われます。当職は、5月8日、7月3日、9月4日の3回携わります。一口に在留資格といっても難民認定申請などは、場合によっては当事者の生命に係る問題です。気を引き締めて相談に応じたいと思います。

お手盛り感が半端ない

3月16日の地元紙に載っていた同紙主催の出版文化賞のお手盛り感が例年通り半端なくがっかりものでした。受賞作4作品中の実に3作品がグループ子会社の出版社が版元となっていました。通常、新聞社主催の出版物表彰において自社あるいはグループ会社による出版物は選考対象としないのが暗黙の了解です。それをすれば、ノーベル賞においてスェーデン王室関係者を受賞者とするようなものだからです。今回、知人の著作がノミネートされていましたが、こうした三流出版文化賞などに引っかからなくて良かったと思います。

人類史を学べ

ニュージーランドのモスクで起きた惨劇の犯人の誤った妄想を砕く必要があると思います。犯人の出身地であるオーストラリアにしても、ニュージーランドにしても、今の住民の祖先は肌の色にかかわらずすべてアフリカ大陸からの移民です。犯人の妄想に従えば犯人自身も排除の対象になることがわかっていません。30年近く前に一度だけオーストラリアを旅行した経験がありますが、シドニーにあった州立博物館では、オーストラリア先住民族と英王室の写真を並べて祖先は同一であるとの人類史の展示があったのを覚えています。科学的検証を経た正確な研究成果に基づく教育が、世界のどこでも重要です。

J3開幕

J3が開幕しました。ロアッソの初戦はホームで長野とでした。2度先行され辛くも2度同点に追いつきました。ゲームスコアを見る限りではスリルがあったかもしれませんが、J2への復帰が至上課題なので満足はできません。スタジアムへは行きませんでした。くまモンは自治体のキャラクターということで、今季からユニフォームにプリントできなくなりました。はたして、くまモンのスタジアム応援はどうなったのでしょうか。

川崎病のいま

読売新聞の医療ルネサンスという欄で、川崎病の今についての連載が、3月5~8、11日の5日間組まれています。本日で4回目を迎えますが、本人が発症したことを知らないまま成人し、今になって心臓冠動脈に閉塞があることがわかった事例もあるようです。また病歴があってもその後診療を長らく受けないことによって、ある日心筋梗塞を起こすリスクもあります。皆さんに知ってほしい記事だと思いました。

通夜参列

所属団体の前会長の通夜に参列しました。全国の単位会や取引先からの生花スタンドがおそらく100基以上立ち並び、参列者も多数ありました。開式のアナウンスでも故人名の前に職名が付けられ、同じ士業職の喪主のあいさつでも、とにかく最期まで職務と研鑽に励まれた人生が語られ、専門職業人として全うされた凄みを感じた通夜でした。さて、私はこれからどのような時間を過ごしていくのか、少なくとも家業はありませんので、ずいぶん異なる道を辿りそうだと思いました。

葬送について

たまに海洋散骨や大学医学部への献体希望の話を伺うことがあります。まず海洋散骨についてですが、遺骨を撒くことは望ましくありません。沿岸から遠い外洋で遺灰を撒くのは認められると思います。近海で漁業や養殖が行われている海域ではやめるべきです。そのため、海洋散骨を望むのなら火葬においても粉状になるまでよく焼いてもらう必要があります。次に献体ですが、亡くなると遺体を大学から受け取りに来てくれます。ただし、注意しないといけないのは、遺族の元に火葬された遺骨が戻ってくるのは数年先になります。したがって、葬儀や納骨の時期は未定となります。遺族となる方がいない場合の献体については、本人が葬儀や納骨のあり方についてもその意思を明らかにするなり、それを託す人を指名しておかなければ願いは中途半端になってしまいます。

身じまい

昨日は所属団体と金融機関との合同のエンディングノートセミナーに参加しました。そしてきょうは地域密着型の介護事業所の運営推進会議に出席しました。どちらも看取りが話題になりました。たとえば、救急搬送や献体希望についての取り扱いについては、本人の希望をあらかじめ確認してもしもの際にその意思に沿う必要があります。ただし、その希望をかなえるならどのような問題が起こるかも本人や家族も十分理解しておく必要があります。