月別アーカイブ: 2018年10月

移民と国際正義

途中に他の本を読んでましたので、神島裕子著『正義とは何か』(中公新書、880円+税、2018年)の読了には日数を要しました。リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、フェミニズム、コスモポリタニズム、ナショナリズムの6つの思想潮流から正義とは何かと問うた著作で、西欧起源の歴史と哲学が現代政治に影響を及ぼしていることを改めて実感しました。その中で、今国会では事実上の移民政策とみられる入国管理法の改正について議論されており、移民と国際正義を考える意味で、コスモポリタニズムの考えには共感しました。外国人労働者が日本国内で住民として生活する以上、憲法で保障する基本的人権に制限があるべきではないと思います。たとえば、職業選択の自由であるとか、相応の賃金、家族の帯同などがそうです。逆に言えば、技能実習生は、これらの面で不当な扱いを受けています。日本経済や保険税金財政を助けてくれる人たちの生活者としての権利を守ることは、日本人労働者の処遇アップにも必ずつながると思います。

行政不服審査の信頼は

沖縄県の原処分を防衛省が不服として国交省に審査請求したところ、原処分が覆るケースがあります。請求者と審査庁が国の機関同士であるだけに慎重な審査が求められるのですが、地方自治体の原処分がいい加減だと示している形となります。制度自体に対する信頼を損なうものです。

社会通念という非科学性

先日、大分市を訪ねた際に、地元紙夕刊が伊方原発の運転差し止めを求めた仮処分申請についての却下決定を報じていました。大分と四国は海を挟んですぐ近くにあるわけですから、取り上げ方が大きいのも頷けました。裁判官は、大規模自然災害が起きないとでも考えているのでしょうか。昨日、水俣の丘の上から見た不知火海沿岸の近さを改めて認識しました。魚に境界がないように、火砕流にも放射能にも境界はありません。社会通念というあいまいな実に非科学的な思い込みでしか審理ができない司法の知的劣化は目を覆うばかりです。

映画「ミナマタ」への期待

水俣病を世界に伝えた米国人写真家、故ユージン・スミス氏の生涯を描く映画「ミナマタ」(原題)が、米人気俳優のジョニー・デップさんの主演により今度制作されるそうです。生誕100年、没後40年となった先月、映画関係者が水俣病センター相思社の水俣病歴史考証館を訪れたそうです。同館には、ユージン氏が取材中にチッソ社員から暴行を受けた五井事件の資料展示もあります。ちょうど本日、水俣を訪ねました。写真は同館裏のクルミの木です。対岸の天草の島々が近くに見えるほどの快晴でした。

正義と自己決定権

1年ぶりに大分市を訪ねる機会がありました。夜、食事ついでにジュンク堂書店に立ち寄り、宮本憲一・白藤博行編著『翁長知事の遺志を継ぐ』(自治体研究社、600円+税、2018年)と滝澤三郎編著『世界の難民をたすける30の方法』(合同出版、1480円+税、2018年)を買い求めました。前著は環境法や行政法ひいては憲法上の観点からいかに国や司法が地方自治を蔑ろにしているかという問題提起を含んでいます。後著は難民の受け入れや難民との共生についてあまりにも知らないことが多い日本の国際感覚の貧困が提示されます。その中にあっても、現在、さまざまな支援が取り組まれています。意外にも敷居が高くない支援の携わり方もあるので、読者として勇気づけられる点もありました。2冊とも日本国民としての正義を考えさせられる本でした。

ルーツ探し

先日、ルーツ探しの問合せがあり、地元藩士の侍帳に少しあたってみる機会がありました。特に先祖が住んだ地から遠い場所に暮らす方にとっては、自分のルーツが気になるのかもしれません。しかし、大局的に見れば、ホモサピエンスの源は現在のアフリカへ行きつきます。そのホモサピエンスで同士で土地の境界を引いたり、戦争で殺し合う歴史を辿ってきたわけで、家柄に自尊心を持ちたい気持ちも分からないわけではありませんが、まずは今を生きる自分と後世のホモサピエンスの幸福を考えた行動をとも思います。

天覧地の今

知人の耕作放棄地の近くに早期作田の昭和天皇の天覧地記念碑が建っています。農地管理できる農業後継者が少なく、移転がままならないのが、現在の課題です。また自宅近くには明治天皇の御野立記念碑があります。こちらは、例年11月に記念神事が行われていますが、普段は目立たない空き地になっています。

塗り替え工事中

現在、自宅の屋根や外壁等の塗り替え工事に入ってもらっています。築50年近いところに30年ちょっと前と16年前に増改築を行ったので相当期間が経っています。県道沿いの角地なので近所からも目立ちます。完工が楽しみです。写真は、9月に訪ねたときの首里城。ここでは朱塗りの塗り替え工事が行われていました。

地域包括システムと地域共生社会

従来は高齢者福祉に限られていた地域包括システムが現在はもっと広がりを求められてきて、今後は障害者や子ども・子育て家庭、ひきこもり、外国人を含めた地域共生社会作りが目指されています。その音頭をとる自治体の動きですが、まだタテ割りの弊害があって、地域住民に対してそれぞれの部署から似たような施策のアプローチがなされることがあります。地域課題は複合的なのに担当部署ごとの限定課題解決のための施策実行に職員の意識が働きがちだと考えます。同じ自治体にありながら隣りの部署が何を取り組んでいるのか見えていないことに驚くことがあります。それを踏まえると、総合的かつ客観的に状況を掴んでいる住民側から意見を述べリードする必要を感じます。

同じ失敗の繰り返し

まだ全日程が終了していないとはいえ、同じ失敗を繰り返している感があるのが、J2最下位に沈んでいるのロアッソ熊本です。昨日のゲームも得点はあるもののそれ以上に失点を重ねているのですから、当然勝ちは拾えません。J3の上位2チームは、琉球と鹿児島です。南の盛り上がりを同一ステージで味わう喜びはもてそうにありません。チームもそうですが、事務方も同じ過ちをずっと繰り返していて、郵便物の郵便番号が何回か指摘しても何年も間違ったままで送られてきますし、協賛特典を規定通り提供しなかったり、甘えが多かったのかなと思います。

メディアと市民の気骨が試されている

サウジアラビアの記者殺害事件の背景には、独裁国家ならではの権力者のジャーナリズムへの恐れが見てとれます。しかし、どのように封殺しようとしても真実を隠せないのも事実です。武器購入というエサを投げてくれる相手に尻尾を振る節操のない大国のリーダーもいるのも現実です。一つひとつの史実を記録し記憶に留めることを続けなければなりません。

地籍調査

所在不明の土地所有者(管理者)の権利をあまりにも重視するあまり地籍調査が成立せず、土地の筆界が未定となり、所在が明確である土地所有者(管理者)の権利行使の障害になっている例が多いと日頃感じています。国の研究会でもそうした弊害解消のため、所在不明者の同意がなくても成立させる手立ての検討を始めているという報道を最近目にしました。土地は利活用することが公益にも私益にもなります。所在不明者の権利は国や自治体が預かる考え方に変えるべきです。

肩書にだまされない

たまにセミナーに出て講師の話に耳を傾けると、相手の守備範囲が狭すぎたり、持っているデータが古かったり、あれれと思うことがあります。特に役所関係は部署の経験が浅く、上級庁からの指示で動いている業務では、講師の肩書にだまされない意識が必要です。

滞在受容力

わずかな時間ですが、一昨日、同じ県内の人吉市の夜の街の様子を見て、地元宇土市とはずいぶん異なる印象を受けました。なんといっても100名以上の宿泊者を受け入れる施設がありませんし、観光や飲食も大人数で一度に楽しめるところがありません。つまり一時滞在受容力は弱いのです。それならそれで定住受容力の強化を図るべきだと思いました。

あゆの里

同じ県内の観光地で宿泊する経験は少ないものです。今回初めて人吉温泉あゆの里に泊まりました。なかなかいいお湯でした。部屋から眼下を流れる球磨川が見え、せせらぎの音も優雅な時間を過ごすのにもってこいでした。

軽減税率はおかしい

新聞週間に合わせたかのように来年10月の消費税の10%への増税が政府より表明され、新聞が政府広報のように税率の違いを報道しています。食料品や宅配新聞だけ8%のままというのも混乱を招く税制です。たとえば、消費税10%の種苗資材を買って消費税8%の農産物を販売する小規模生産者は確実に差額分が売上から目減りします。

地方議員のレベルアップが必要

地元市議会議員一般選挙の投開票が昨日行われ、定数18人に対して現職18人・新人3人が挑んだ結果、現職16人・新人2人が当選しました。選挙運動や選挙公報で知る限り、当選者の実績や資質が満足いくレベルだったかといえば、まったくそうではありません。それを踏まえると、もっと定数を削減する代わりに報酬をアップするか、日頃の仕事ぶりをよく監視して、さらに4年後の評価で市民の判断を示すしかありません。国会議員もそうですが、議員立法ができるぐらいの政策立案能力のある人物にほんとうは議員を目指してもらいたいと思います。
ところで、ロアッソ熊本は昨日のゲームで最下位の讃岐に敗れてとうとう最下位転落となりました。シーズンの残り試合は5つですが、J3への降格が現実味を帯びてきました。大分のように1年で戻ってこれれば、一度出直しを図るのも悪くないと思います。ただこれまで公金も投入されてきたクラブですので、簡単につぶすわけにもいきません。

ベースロード電源の見直しを

九州電力による太陽光発電の出力抑制には、納得がいかない消費者が多いと思います。どう考えても原子力発電を稼働させる意義が見いだせないからです。もともと無料のエネルギー源である太陽光と複雑な設備装置や管理システムを必要とする原子力ではコストが比較になりませんし、何よりも原子力の場合は、放射性廃棄物の処理に悩ませられる弱点があります。九州をエネルギー政策の先進モデルとしたベースロード電源の見直しを図るべきです。

議論こそ大事

憲法、性的マイノリティ、外国人移民、基地、原発など、さまざまな政治テーマがあります。いろんな議論がなされることが大事ですが、一方的な主張に終わり、その論者が対話に出てこない傾向が多いように思います。民主主義は確かに面倒です。その対極にファシズムがあります。