月別アーカイブ: 2018年3月

地域の活動団体について知る

本来なら4月以降にすべきなのですが、4月上旬に市長選が予定されていることもあり、昨夜、地域の各種団体の合同監査が行われました。私が会長を務める地区社協は、市内に7つあるうちの1つです。この任に就くまで、この団体の成り立ちや使命について意識することはありませんでした。他の団体の長もいわゆる充て職ということで、活動しながらの理解だったろうと思います。しかし、予算の地区への配分などは、旧来の地区割に基づいており、人口増加地域と減少地域との格差が開いています。上部団体の評議員の構成比も旧来の地区割通りなので、人口増加地域の意見が多数を占めないこともあります。今度の年次総会では、そうした課題についても説明し議論してもらおうと思います。

実質的な年度末の日に

官公庁など4月から翌年3月までが事業年度の事業体にとっては、金曜日である本日が実質的な年度末だろうと思います。昨日出席した地元の農業委員会においても事務局長が定年を迎え、本日午後に退任辞令の交付を受けると話されていました。退任後は、ミカン生産に携われるそうで、農業を選択した理由として定年がないからと語っておられました。もちろん再任用という選択肢があったかもしれませんが、中山間地域の農地の有効活用や担い手づくりという農業政策にかかわる仕事をされていた観点からは、自らその世界へ挑むという進路選択にすがすがしさを覚えました。そのすがすがしさと対極をなしているのが、4月の市広報紙に掲載された、2月19日に東京都狛江市と「災害時における相互応援に関する協定」を締結したときの両市長同士の握手の写真。先方の市長はセクハラ疑惑で渦中の方のようです。こちらの市のホームページには出ていませんが、協定そのものはありがたいですが、あまりいい気持ちはしないものです。

道徳を教科とするのは不適切

道徳を教科とするのは不適切だと、それとは一見関係のない昨日の証人喚問を見ていて思いました。道徳というのはまさに内面の問題であってそれが正しいか正しくないかを他者が決めることはできません。これが法律なら問題の言動が正しいか正しくないかを決めることができます。証人喚問でいえば、証言を拒否することはできても、それを道徳的にどう見るかは関係者の立場によってどうにでも変わります。公務員の仕事を法的に適正に行ったかどうかについては、いくらでも追及してかまわないことです。教科として必要なら法教育ではないかという気がします。

高校選抜で県勢が準優勝

金沢市で開かれている全国高校ウエイトリフティング競技選抜大会男子85㎏級において熊本県立八代農業高校2年の水口選手が準優勝しました。おめでとうございます。昨年は77㎏級で優勝したのですが、今年は僅差で優勝を逃して連覇はなりませんでしたが、インターハイ、国体と、飛躍が期待されます。写真は昨夜のパトロール風景。夜桜見物客が見られました。

保育園卒園式に出席

毎年お招きをいただいている近くの保育園卒園式に出席しました。今年で45回目を数え、卒園児も1000人を超えました。ということは、第1回卒園の方も50歳に達しているわけで、いずれ3世代が卒園という世帯も出てくるかもしれません。式の終わり方で卒園児が「ドキドキドン!1年生」の歌を披露してくれるのですが、いつも来賓の大人たちに初心に還れと言われているみたいで、ドキドキします。

ベーシックインカムという政策

ガイ・スタンディング著『ベーシックインカムへの道 正義・自由・安全の社会インフラを実現させるには』(プレジデント社、2000円+税、2018年)を今度読んでみます。所得の再分配はどうあるべきか。生活保護受給者をバッシングすることがいかに間違っているのか。共生社会のあり方について考えてみたいと思います。

生活列車か観光列車か

JR九州のダイヤ改正改正初日の昨日は、所用で人吉までの往復でJR列車利用しました。生活列車として利用される普通本数が減り、復路は否応なく観光列車の特急利用となりました。特急とはいえ、乗車区間が短ければ、大幅な時間短縮は望めず、特急料金は客室サービスの経費に費消されているのだなあと思われました。記念撮影も記念グッズ購入も希望しない日常利用の立場の乗客としては居心地が悪い空間となりました。

忠犬は損失である

昨日触れた西郷どんの愛犬「つん」の名前の由来は案外単純なもので、耳やしっぽがツンと立っていることから名づけられたようでした。今の薩摩川内市産の薩摩犬で、ウサギ狩りが得意だったようです。今年は戌年ということもありますが、最近では秋田犬も人気が出ています。秋田犬と言えば、渋谷駅や東大農学部に銅像がある、忠犬の誉れ高い「ハチ公」が有名です。ですが、行政に携わる人物が政治家に忠犬ぶりを発揮してもらうのは困りものです。首相の弁明に合わせるために、公文書改ざんに手を染める忠犬ぶりは、一体どちらを向いて仕事をしているのかと、疑われます。森友事件の発端は、不当な安値での国有地払下げでした。国有地というのは国民の財産です。それを売ってお金に換える際も適正な価格でなければ、国民に損失を与えたことになります。行政官の給料の出どころも国民の財産から支出されています。特定の民間人に政治家の身内が恣意的に便宜を供与し、支持を得ることを期待したのであれば、これはやはり犯罪です。もっと国民は怒って爆発していい事件です。

西郷どんの愛犬の名は「つん」

この2日間、鹿児島へ行っていました。観光客の目に触れる駅商業施設は、「西郷どん」一色です。その西郷どんの愛犬の名前が「つん」であることも、土産物の商品名から初めて知りました。しかし、なぜ「つん」なのか。その由来を調べてみたいと思います。

頼れる委員となりたい

農業委員会の委員の一人として頼れる存在となりたいものです。本木賢太郎、松澤龍人、飯田淳二共著『農地・農業の法律相談ハンドブック』(新日本法規出版、3000円+税、2018年)を頼れる一冊にふさわしいか吟味しながら今読んでいます。

望みをもてないということ

地元の社会福祉協議会の評議員会において理事長である市長が、あいさつの中で市内の仮設住宅入居者の状況について触れていました。それによると、みなし仮設を含む仮設住宅入居者の数はなおも約1000人、約370世帯ということで、高齢の単身世帯が多いということでした。仮設住宅に住める期限は原則として2年、自宅を再建中であるとか、入居先を探しているとかの条件付きで1年延長が認められています。しかし、高齢者が自宅を再建するというのは、かなりハードルが高い難事業といえます。市長によると、望みをもてない高齢者が多いということでした。そういう気持ちになるのは理解できますし、そうした方に気安く頑張ろうと声をかけるのは憚れます。せめて不安だけは取り除いてもらうためにどうすべきなのか、考えさせられます。

簡単な思考劣化の峻別方法

花粉症への悩みを超越して昨日も「えがお健康スタジアム」に足を運び、ロアッソ熊本と山形とのJ2のゲームを観戦しました。結果は、先制されて一旦は追いついたものの終盤に相手に勝ち越され、ホーム連勝はなりませんでした。ピッチ上にはさまざまな国籍の選手たちがプレーしており、その違いを観戦中に意識することはありません。ところが、日頃、TVに登場するコメンテーターの発言やCMのセリフの中で、安易に「日本人で良かった」とか、○○人はどうだこうだという固定観念的な発言を耳にすることがあります。○○人なら必ずこれこれであるという決めつけは、何も根拠がなく考えていないのと一緒で、そう口走ってしまうことで、当人の思慮の足りなさをさらしてしまう結果になっていると思います。これからの日本人はますますルーツが多様な人々で構成されるわけですから、日本人というくくりで考え方の違いを語ること自体が意味をもたないのではないかと思います。