月別アーカイブ: 2018年2月

21位からのスタート

2月25日からJ2の2018シーズンが開幕しました。ロアッソ熊本の第1節はアウェイで山口と対戦して、1-4の敗戦となりました。前シーズンが21位で終わったのですが、今季のスタートも21位からとなりました。これからの奮起を期待するのみです。

熊本県連絡会懇談会

連絡会組織がない宮﨑県と鹿児島県(離島部を除く)に当地・熊本県を加えた3県自治体の児童福祉関連部署宛へ、川崎病の子供をもつ親の会懇談会の案内を出しました。どの程度、自治体担当者が協力してくれるかわかりませんか、ぜひ目に留まるように配慮いただきたいものです。

冬季五輪の閉幕に際して

平昌五輪も本日で閉幕。ふだんの乏しいテレビ番組を見せられるよりは、予測のつかない競技の推移をみるツールとして、テレビ視聴を楽しめたかなという気がします。平和の大切さを実感できた期間でもあったかと思います。テレビもまともなコメントができる報道コンテンツの充実を望みます。

農業委員会活動強化推進大会

昨日、県内の農業委員や農地利用最適化推進委員が参加しての大会が開かれ、私も参加しました。ずいぶんな人数ですので、農業委員会を維持するコストはずいぶんな経費になるなと思いました。それに見合う貢献ができるか、身が引き締まりました。

ネアンデルタール人の洞窟絵画

スペイン・ラパシエガ洞窟の壁画が6.5万年前に描かれた世界最古のものであると分かったというニュースが新聞に載っていました。当時、現生人類であるホモサピエンスはアフリカを出る前であり、壁画を描いたのは、絶滅した人類であるネアンデルタール人だとみられています。ネアンデルタール人は、現生人類より脳が大きく、絶滅しなければ、どのような世界になったか、たいへん興味があるところです。

持論を語る資格

2月22日の朝日新聞オピニオン面で憲法学者の木村草太氏が書いている論点は、日本国憲法のとりわけ9条の取り扱いを語る人にはぜひ知ってほしいことだと思いました。こうした切れ味の鋭い議論をぜひ国会論戦でも取り上げてほしいものだと思います。

避難行動要支援者名簿

災害時に支援を要する高齢者や障がい者の世帯を自治体や地域の避難行動支援者が把握するために、地元自治体でも避難行動要支援者名簿の整備を進めています。登録を希望される場合は、居住地域を担当する民生委員か自治体の担当部署へ連絡されてください。

研修参加

3時間ほど、所属団体の研修に参加してきました。さまざまなテーマがあり、その専門知識がすぐに業務の役に立つというわけではありませんが、参加会員の顔ぶれを見ると、やはり学習意欲のある会員の方が、仕事もできる割合が高いと思います。あまり研修に顔を見せない会員は、よほど業務の幅が狭いか、依頼者の期待に応えられないか、という気がします。専門士業に問題解決を依頼される場合は、よく研修に参加して勉強している人かどうかを一つの判断材料にしてかまわないかと思います。

野菜の値段もそれぞれ

この厳寒で冬場の野菜高騰が話題になりましたが、それはどちらかというと、なべ物や煮物に使われる種類であって、当社で生産しているミニトマトはそれほどでもありません。寒いとハウスの暖房代がかかる一方で、サラダ需要が冷え込みます。インフルエンザの流行で学級閉鎖による給食需要の落ち込みもあります。生野菜需要が増える環境を期待しています。

絶滅の人類史

今読んでいるのは、更科功著『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書、820円+税、2018年)。人類の成り立ちを知るのは、面白い限りです。一方で、その人類が、いがみ合い、絶滅へ向かいかねない行動をとっています。知性が進んでいるのか、退縮しているのか、なんとも複雑です。

雑感

高齢者と会う中で、たまに被害妄想的な発言をされる方に出会います。その中で他人への不満を聞かされることもあります。後でその不満の対象に私が含まれることを人づてに聞くこともあります。正直醜いなと思うこともありますが、病気やその他の理由でそうした言動をせざるを得ない高齢者を気の毒に思います。それと、やはり一方的に人の話を聴いても事実を把握できたことにはなりません。周囲の関係者から情報を得ることが重要に思います。それにしてもこうした状況はかなりの世帯で抱えていると思います。そうした問題に向き合える機関が少ないのが現実です。

祝賀会参加雑感

受章祝賀会には何度か参加したことがありますが、一昨日のそれは、受章者が婦人会組織などで活躍されたこともあって、女性の参加者が多い会合でした。年齢層も高かったですが、開宴中は歌あり踊りありと、華やいで和気あいあいと楽しい会でした。

雪の中の清掃

恒例の立岡公園清掃に参加しました。過去何度も参加していますが、雪の中で行うのは初めての体験でした。婦人会主催ですが、地元小学生も多数参加していました。参加者には消費期限切れが近い防災保存食の乾パンが配られました。

言葉の力

『苦海浄土』などの文学作品で知られる石牟礼道子さんが昨日永眠されました。いろんな評価があります。私も水俣病問題に触れ始めた当初多くの著作を読みました。他の誰にも真似できない言葉を発し続けてこられたと思います。被害者や支援者には響いたのですが、加害者にはその言葉がどこまで届いたのか、ということでは無力だったように思います。司法・立法・行政という三権の世界では使われない言葉の世界が石牟礼作品の世界だったわけで、これは反戦や反核、反原発問題でも同じで、権力や富の世界と日々の暮らしの世界との大きな溝を感じます。

ほほえみ外交はまだマシである

米国の核戦略の転換を高く評価するなどという倒錯した発言をした外相を抱えていながら、朝鮮半島の南北対話を揶揄する立場に日本はないのではないかと思います。国内にいながら首相と沖縄県知事の対話がいかほどあるでしょうか。国民の生命を口では守ると言いながら、整備不良の軍用ヘリを野放図に飛ばさせている米国大統領と首相との間に対等な対話はできているのかと思います。それでいて、わざわざほほえみ外交に騙されるなと、ご注進におよぶのではなく、せっかく北のハイレベルの人物と会えたのなら、自らが拉致問題その他の解決のため、懐へ飛び込む意思を示す勇気はなかったのかと思います。

我が担任に学ぶ

今にして思うのは、高校1年と2年のときの担任の先生に学ぶことが多いということです。1年のときは美術の先生でしたが、その教科を履修することはありませんでしたので、授業を受けることはありませんでした。2年のときは国語の先生でしたが、授業はその1年限りでした。その2人の先生に共通しているのは、シニアの年齢になってから旅を続けておられることと、その体験を著作にまとめられたということです。美術の先生は、俳諧の松尾芭蕉の「奥の細道」の足跡をたどり、版画集を著されました。国語の先生は、日本百名山を踏破されましたし、短歌も嗜まれていましたので、その作品も収められていました。旅を続けられることで何かを掴まれたのだと思います。私自身は今のところ旅をしようという気持ちはありませんが、人生の歩みを文章でまとめてみたいものだと思います。ところで、国語の先生の著書の中で、しばしば忘れ物体験が書かれています。私もこのところ忘れることが多いので、それだけは真似たくないものだなと思います。