日別アーカイブ: 2017年1月2日

不信と分断に対抗する言葉

新年は家族が帰省しているため、一人静かに迎えました。もともと神仏は人によって作られたものですから、そうした施設に行って祈ってみたところで、世界が変わるということはありません。家族がいれば付き添って同行していた初詣を今回はせずに済みました。
昨年はトランプ旋風に代表されるように、社会の不信と分断を感じる年でした。一方で、熊本地震を経験した周囲では自然と助け合う行動も感じました。不信や分断に対抗するものは何かそれは人間の言葉でしかありません。
ここで人類の進化の歴史を振り返ってみると、次にようになります。まずアフリカでチンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたのは700万年前。その頃は熱帯雨林の樹上空間が住処でした。そして450万年前にサバンナへ進出します。それが世界中へヒトが散らばるきっかけとなります。現代人と同じ脳の大きさになったのが60万年前。狩猟具を持ったのが50万年前。大きな獲物を協力して狩るようになったのが20万年前。ついに言葉を得たのが7万年前になります。と、ここまでは京大総長の霊長類学者が述べていた受け売りです。ところで日本列島に住むヒトが文字を持つようになったのは人類史のモノサシではずいぶんと最近のことです。
先の霊長類学者は、ヒトは集団でいないと安心感を持てない、安心を得るにはともに時間を過ごすことが必要と言われています。言葉を駆使して人間関係が左右されるのは間違いだとも述べています。
しかし、この比較的新しく得た言葉の力は強いのではないかと思います。神仏も言葉で成り立っています。それを信じるヒトにとっては大きな力です。しかも、言葉は物理的にともに時間を過ごせない相手にも伝えることができます。言葉の力を大いに使ってみます。