カテゴリー別アーカイブ: エッセー

民法や入管法改正の動きのフォロー

業務に密接な法律の改正動向はたえずフォローしています。たとえば、民法では成人年齢が18歳に引き下げられようとしています。成立すれば施行は2022年4月1日となるそうです。今懸念されていることといえば、消費者被害での不利益です。たとえば、これまでは親の同意なしにクレジットカードを持つことはできませんでしたが、それができるようになります。婚姻届や(協議)離婚届には成人2名の証人が必要ですが、それも18歳の高校生が書類に署名捺印できるようになります。入管法では、技能実習後に建設や農業分野の在留資格で労働者として働ける道が開かれようとしています。こちらは早くも2019年4月の施行が目指されています。そうなると、そうした外国人労働者を指導できる管理者の存在の重要性も増してきます。一つ変われば、その影響はどうなるか、それを見越した動きが重要です。

梅酒作りで

梅酒作りというのは案外簡単なものです。下準備としては収穫した梅を選り分けて洗い、ヘタを竹串を使って取り除きます。水気が切れるまで風を通します。あとは、瓶に梅と氷砂糖を交互に入れて、果実酒用のホワイトリカーを注ぐだけです。今年はブランデーベースの果実用の酒も試してみました。結局、氷砂糖とホワイトリカーの購入だけが現金出費です。仮に本年分を1年で消費すると、1日あたりの原価は20円足らずです。別に自宅で飲まなければ不要な出費ですが、外での飲み会出費と比較すれば、わずかに1回分です。自然と自作の結晶と思えば、愛着がわきます。実際に口にするのは数年先になります。その時がどうなっているかというのも楽しみです。

梅雨入り

九州北部が本日梅雨入りしたそうです。昨年よりも23日早いということでした。早いといえば、庭の梅の実の収穫も昨年より早く昨日行いました。国会中継を見ていましたが、相変わらず首相の答弁が説明責任を果たした内容にならず残念です。県の公文書の記載内容は伝聞を記録したものといいつつ、その伝聞事実は嘘だったと発表した学園の言い分は、まさに伝聞ながらそれを自己の行動の証明にならない証明に使おうというのですから、まったく説得力がありません。公文書のねつ造・廃棄・隠ぺいに動いた中央官庁の人件費や時間と同様に国民に不利益をもたらしています。昨日見学した鼻ぐりのようにウソやヨナが滞らないような政治が求められます。

行政書士に期待されるもの

所属する熊本県行政書士会の定時総会に出席しました。今年の会場は阿蘇市のリゾートホテルでした。館内は海外からの観光客が目立ちました。外に目を移すと雄大な風景が堪能できます。一方、山肌に地震の爪痕を見ることもできます。さまざまな経験と知識をもった人材の宝庫ですので、県民の期待に応えたいものです。

センセイは疑うに限る

私立の学校法人というのもやり方次第では、けっこう役員がやりたい放題できる闇の部分があるのかもしれません。いま話題になっている大学の法人概要をサイトから拝見しましたが、驚きなのは理事の選任解任権がある評議員を兼ねる理事がいるということです。スポーツの競技団体で公益法人であれば、さすがにそれはありません。ただ、私もいろんな競技団体をまじかで見た経験がありますが、スポーツ界の団体の役員の資質もこれはどうかと思われる人が結構います。企業や学校に勤めていてそうした場所ではけっして管理的な仕事を任されていない人が、ある競技団体の中では妙に威張りくさった権力者であることがあります。繰り返しますが、組織のマネージメントもできない、トレーニングの専門知識もないような人が幅を利かせているのは、傍から見て非常に滑稽なのですが、本人はいたって満足なので、何も懸案がなければ適当に扱っておけばよいと思います。さらに同じような経験として、大した職業経験がないのに職業指導をやっている人にも出会います。身の程知らないのはいいのですが、一番の被害者はこうした人からの指導を得る求職者です。いずれにしてもあまりセンセイを過信せず、接することが肝要だと思います。

8のテーマで読む水俣病

著者ご本人より『8のテーマで読む水俣病』(弦書房、2000円+税、2018年)刊行のご案内を受けましたので、紹介します。水俣病事件の読み解き方はいろんな面があるかと思います。私自身は職業柄も一国民という立場からも、行政や企業の犯罪を糺す後追い政治とそうした過ちを予防する理想実現のための先行政治の問題として追っていきたいと考えます。

みっともないから辞めてほしい

記録や記憶がないといいながら、整合性をとるためだけに都合のいい記憶だけを蘇らせる能力をもった元首相秘書官にも驚きましたが、官邸の入館記録はないはずの3年前の記録で確認したら、面会していないと、廃棄されたはずの記録をタテに弁明した首相にも驚きました。まさか過去の新聞各紙の首相動静欄を根拠に言っているのではないでしょうねと、突っ込みたくなります。みっともないことこの上ありません。

5試合ぶりの勝利

J2第15節のロアッソ熊本と水戸とのホームゲームは水前寺競技場で行われました。バックスタンドやゴール裏など屋根がない会場ですので、昨日の強い日差しの中では、観客も焼けて赤くなってしまいます。ともかく結果が2-1と5試合ぶりの勝利だったので、気が晴れました。

体育祭ではなく体育大会

ロアッソ熊本のゲーム観戦前に鶴城中体育大会を見にきました。42年前にここの生徒会長でした。当時より生徒の体格が立派なのに時代の流れを感じます。プログラムを見ると、とにかく疾走するメニューが多いのも特徴です。しかも各種目の大会記録も載っています。

何も反省していない

水俣病の原因企業チッソの社長が、5月1日の水俣病犠牲者慰霊式後に行った「救済は終わっている」との発言を、18日に撤回しました。ただし、発言したときは記者団を前に自ら滔滔と持論を展開したのに対して、撤回は水俣現地の部下が文書代読での回答でした。しかも、患者団体が辞任を求めたのに、それには応じないということでした。この経緯をみても本人の意思に変わりはないのだなというのが透けて見えます。同社が責任を認めずに被害を拡大させていた時期に入社して以来、被害者に向き合ってきたことはないような人がトップに座っていられる企業があるというのが、不思議です。筋金入りの犯罪企業といえます。異論があるなら慰霊式のときと同じように現地へ赴いて本人の口から発言し、トップから退いてもらいたいものです。

専門職能のバージョンアップ

昨日も専門職の業務研修に参加しました。一つでも何か新しい気づきが得られると出た甲斐がありますが、すでに理解していることの確認だけだと、動機が下がります。しかし、こうした無駄の上にしか責任ある仕事の完了は生まれないことも分かります。本日の朝日新聞では、3月15日から申請受付が始まった民泊事業者の届け出が1000件に満たないことを報道していました。新たな法律や改正に伴ってどのようなメリットがあるのかを国民に解説し、活用してもらうのも法務専門職の役割だと思います。

早めの土地利用対策を

年初に周辺の農地所有者を対象にした農地利用アンケートのため、約30世帯を訪問しました。それから本日までに1割に相当する所有者が亡くなられました。いずれも高齢だったとはいえ相続が必要となる土地が増えてきています。子孫が農業生産に従事するとは限りません。元気なうちに対策が必要です。

原点は何なのか分からない

民生委員制度創設100周年記念熊本県大会の来賓挨拶に立った知事が、人生で初めて民生委員と接したときのエピソードを語っていました。旧満州からの引揚者である貧しい農家の両親を訪ねてきた民生委員が、生活保護受給申請を勧めてくれたそうです。当時、知事は12歳の少年だったそうです。しかし、その頃は生活保護を受けると子どもが高校進学できなくなるので、両親は受給申請を断ったそうです。それでも、蒲島少年は他人の生活を思って動いてくれる人の存在を知って、民生委員の信条が今の知事としての信条として重なるというようなことを話していました。同じく今月1日の水俣病慰霊式で知事の政治の原点は、水俣にあると挨拶していました。チッソの社長が救済は終了したという持論展開にも同調はしていませんでしたが、今の患者認定のやり方を俯瞰すると救済の仕方に問題があります。果たしてどちらがあなたの原点なのかが分からないという気持ちです。

民生委員・児童委員の日

5月12日は、民生委員・児童委員の日となっています。これは、民生委員制度の源となった岡山県の済世顧問制度設置規程が、101年前の1917年5月12日に公布されたことに由来するものです。そここともあってこの1週間は各地で活動PRのイベントが行われているようです。1期3年の半ば近くにもなりました。担い手確保も重要な課題です。

好対照

電子媒体が普及している中で、一般に印刷業界は斜陽産業といわれます。それでも、需要はあるわけで限られた印刷会社は生き残っていくと思います。その印刷会社関連のニュースで対照的な経営者の姿勢の報道に接しました。一つは、東証一部上場の世界的にも最大規模の大日本印刷の39年ぶりの社長交代ですが、これが3代続けての世襲となっており、「“息子ありき”で選んだわけではなく、候補者の中から適任者を選んだ。」ということでした。しかし、グループで4万人近い人材がいながらこのざまとは、政界と似たような人材不足が哀れに思えました。もう一つは、福岡市に本社を置く青陽社の80歳の創業者社長が、九州大学に奨学金名目で5億円余を寄付したことです。この方は、家庭が貧しく高校在学中に恩師から九大進学を勧められたそうですが、あきらめた経験をお持ちです。「死んで財産を残すよりも若い方に渡した方が、お金が生きる、あの世に行ったときは財産ゼロという死に方をしたい」と語っておられます。こちらには清々しさを覚えます。