カテゴリー別アーカイブ: エッセー

研修参加

3時間ほど、所属団体の研修に参加してきました。さまざまなテーマがあり、その専門知識がすぐに業務の役に立つというわけではありませんが、参加会員の顔ぶれを見ると、やはり学習意欲のある会員の方が、仕事もできる割合が高いと思います。あまり研修に顔を見せない会員は、よほど業務の幅が狭いか、依頼者の期待に応えられないか、という気がします。専門士業に問題解決を依頼される場合は、よく研修に参加して勉強している人かどうかを一つの判断材料にしてかまわないかと思います。

野菜の値段もそれぞれ

この厳寒で冬場の野菜高騰が話題になりましたが、それはどちらかというと、なべ物や煮物に使われる種類であって、当社で生産しているミニトマトはそれほどでもありません。寒いとハウスの暖房代がかかる一方で、サラダ需要が冷え込みます。インフルエンザの流行で学級閉鎖による給食需要の落ち込みもあります。生野菜需要が増える環境を期待しています。

絶滅の人類史

今読んでいるのは、更科功著『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書、820円+税、2018年)。人類の成り立ちを知るのは、面白い限りです。一方で、その人類が、いがみ合い、絶滅へ向かいかねない行動をとっています。知性が進んでいるのか、退縮しているのか、なんとも複雑です。

雑感

高齢者と会う中で、たまに被害妄想的な発言をされる方に出会います。その中で他人への不満を聞かされることもあります。後でその不満の対象に私が含まれることを人づてに聞くこともあります。正直醜いなと思うこともありますが、病気やその他の理由でそうした言動をせざるを得ない高齢者を気の毒に思います。それと、やはり一方的に人の話を聴いても事実を把握できたことにはなりません。周囲の関係者から情報を得ることが重要に思います。それにしてもこうした状況はかなりの世帯で抱えていると思います。そうした問題に向き合える機関が少ないのが現実です。

祝賀会参加雑感

受章祝賀会には何度か参加したことがありますが、一昨日のそれは、受章者が婦人会組織などで活躍されたこともあって、女性の参加者が多い会合でした。年齢層も高かったですが、開宴中は歌あり踊りありと、華やいで和気あいあいと楽しい会でした。

雪の中の清掃

恒例の立岡公園清掃に参加しました。過去何度も参加していますが、雪の中で行うのは初めての体験でした。婦人会主催ですが、地元小学生も多数参加していました。参加者には消費期限切れが近い防災保存食の乾パンが配られました。

言葉の力

『苦海浄土』などの文学作品で知られる石牟礼道子さんが昨日永眠されました。いろんな評価があります。私も水俣病問題に触れ始めた当初多くの著作を読みました。他の誰にも真似できない言葉を発し続けてこられたと思います。被害者や支援者には響いたのですが、加害者にはその言葉がどこまで届いたのか、ということでは無力だったように思います。司法・立法・行政という三権の世界では使われない言葉の世界が石牟礼作品の世界だったわけで、これは反戦や反核、反原発問題でも同じで、権力や富の世界と日々の暮らしの世界との大きな溝を感じます。

ほほえみ外交はまだマシである

米国の核戦略の転換を高く評価するなどという倒錯した発言をした外相を抱えていながら、朝鮮半島の南北対話を揶揄する立場に日本はないのではないかと思います。国内にいながら首相と沖縄県知事の対話がいかほどあるでしょうか。国民の生命を口では守ると言いながら、整備不良の軍用ヘリを野放図に飛ばさせている米国大統領と首相との間に対等な対話はできているのかと思います。それでいて、わざわざほほえみ外交に騙されるなと、ご注進におよぶのではなく、せっかく北のハイレベルの人物と会えたのなら、自らが拉致問題その他の解決のため、懐へ飛び込む意思を示す勇気はなかったのかと思います。

我が担任に学ぶ

今にして思うのは、高校1年と2年のときの担任の先生に学ぶことが多いということです。1年のときは美術の先生でしたが、その教科を履修することはありませんでしたので、授業を受けることはありませんでした。2年のときは国語の先生でしたが、授業はその1年限りでした。その2人の先生に共通しているのは、シニアの年齢になってから旅を続けておられることと、その体験を著作にまとめられたということです。美術の先生は、俳諧の松尾芭蕉の「奥の細道」の足跡をたどり、版画集を著されました。国語の先生は、日本百名山を踏破されましたし、短歌も嗜まれていましたので、その作品も収められていました。旅を続けられることで何かを掴まれたのだと思います。私自身は今のところ旅をしようという気持ちはありませんが、人生の歩みを文章でまとめてみたいものだと思います。ところで、国語の先生の著書の中で、しばしば忘れ物体験が書かれています。私もこのところ忘れることが多いので、それだけは真似たくないものだなと思います。

行政書士試験

1月31日に昨年11月に行われた行政書士試験の合格発表が行われています。それによると、熊本県からは38名の合格者が出ていました。私のように合格してもすぐ開業しない方もいると思います。しかし、いずれは行政書士会の会員となってくれることを期待しています。実務の世界はたいへん広いです。依頼者が抱える問題は通り一遍ではなく、困難な問題ほど専門家による適切な導きがなく、放置され、結果的に社会の負担となっています。解決すれば、社会にとっても有益な問題が多々あります。行政の怠慢や無知をなくすためにも行政書士の知の力が求められています。

教育と福祉を厚く

昨日投開票となった沖縄県名護市長選と熊本県水俣市長選は、いずれも企業誘致など経済振興を訴えた新人候補が当選しました。外からモノをもってくるのもいいのですが、もともとその地域に暮らす住民を大切にできるかどうかが、これからの地方の課題だと思います。教育や福祉に厚い自治体には自然と住民が集まり、それがさまざまな企業を呼び込むという考えがもっとあってもいい気がしています。

0.5秒後の世界を見ている

他の本と交互に手に取っているので、まだ『脳の意識 機械の意識』を読了できていません。きょう読んだ部分で面白かった箇所は、現実と意識の時間差です。衛星テレビ放送のライブ中継を思い浮かれべばいいのですが、テレビ画面の映像は現実の進行から少し遅れたものです。それと同じで眼に入った現実が脳で意識化つまり映像化されるまでには、0.5秒の遅れがあります。逆にいえば、意識した出来事は実は0.5秒前の出来事なので、常に脳は過去しか見ていないということになります。一方で、未来を見て行動していることもあります。野球の投手が時速160㎞のボールを投げたとしたら、ボールが投手の指から離れた出来事は、実は0.5秒前ということになります。しかし、時速160㎞のボールは0.4秒後には打者のバット近くまで届きます。つまり、ヒットさせるには、未来を見てバットを振らなくてはなりません。過去を見ながら未来も見ている脳の不思議を感じます。

授業参観

午前中、家族が通学する公立高校の授業参観に行ってきました。世界史の授業でしたが、パワポ資料をスクリーンに投影しながら、流れが分かりやすい授業でした。生徒には当時の人々が何を感じたかを考えさせ発表させるスタイルとなっていました。史実の受け止めだけでなく、当時の人々の立場になって解決方向を提示する発表もあって、たいへん面白く感じました。40年前からすると授業法も随分と進化しています。

反故にするまえに

高校時代の恩師が15年前に記された私家版の著書『反故にするまえに』をいただきました。昨日電話をいただき、新著と共に同書についても話題にしたところ、自宅まで進呈に見えられました。ありがたいことでした。何か御祝の席を設けたいと思いました。

親の会懇談会

慌ただしかった1月が過ぎ、きょうから2月です。掲載画像にあるイベントの周知を後援いただいた熊本県下の保健所や地元新聞社広告でも行います。2月15日と3月15日の熊本日日新聞タウンパケット広告欄もご覧ください。県内でも毎年200人以上の発症が報告されています。保護者が病気について正しく理解することが子どもの将来のためにも重要です。

大陸打通

亡くなった伯父から直接は軍隊時代の話を聴くことはありませんでした。葬儀場で所属していた部隊名を知り、遍歴を調べてみました。主に熊本出身者で構成された部隊であり、中国・北京からベトナムを経てタイ・バンコクまで徒歩で優に4500㎞を転戦したようです。当時最長に歩いた部隊だったようです。復員してきたのは終戦後1年近く経ってからでした。20歳そこそこの伯父が戦争の時代をどういう思いで過ごしたのか、改めて興味がわきました。