政治」カテゴリーアーカイブ

地元市の水問題

昨日参加した地元地区婦人会総会において、宇土市長による「宇土市の水問題について」の講演を聴講しました。江戸時代に入る前、現在の熊本市と宇土市に城が置かれたのですが、その後の発展の違いは豊富な地下水に恵まれた熊本に対して水に乏しい宇土との差からと、まずは歴史の話から始まりました。そして今も人口急増地区である当地区では水の確保は重要課題です。現在は球磨川の水を浄水した上水を引っ張ってきたのを使っています。しかし、途中の圧水するポンプ場が老朽化しています。トイレや洗濯での節水を呼びかけておられました。来年度にも水道料金値上げの議論が始まるようです。増える負担にどう対処すべきか、こういう情報ほど事前の周知が大切です。

日本国憲法遵守は国益要件

昨日、原子力規制委員会が、テロ対策が遅れている原発を保有する電力会社からの期限延長の求めを蹴ったニュースが流れました。規制委員会の方針は、真っ当なものだと考えます。電力会社の考えは国益に反する甘い考えだと思います。仕事がら外国人の永住や帰化申請について要件や条件を確認することがあるのですが、外国人に対しては憲法その他の法令順守、納税義務などが国益要件とされます。生まれながらの日本人が憲法遵守の宣誓を求められることは、公務員等を除いてあまり機会がありませんが、日本にずっと居住したい外国人や日本国籍を取得したい外国人には、高い倫理が求められるわけです。とにかく電力会社には猛省をうながしたいものです。

日本の人口と社会

これから読む本は、白波瀬佐和子編『東大塾 これからの日本の人口と社会』(東京大学出版会、2800円+税、2019年)。すべての国内課題に立ち向かう政策立案は、人口の行方を知らないことには始まらないのは確実です。ここでいう人口には住民のすべての国籍や性別、年齢が含まれますから、それらの割合の変化についても考えなくてはなりません。

「学校」をつくり直す

現在、地元の公立学校でいじめ対策が問題化していて、地域住民としてどうかかわるべきか考えながら動いています。そんなこともあって、これから苫野一徳氏の最新著『「学校」をつくり直す』(河出新書、840円+税、2019年)を手に取ろうとしているところです。公立学校における教職員や保護者、行政に問題に対処する力が不足しているとなれば、それを補完するのは地域住民の知恵と行動しかいないと思います。いじめ防止対策についていえば、当事者である教職員自体に専門的な知識も経験もないために、場当たり的な対応やヘタすると隠蔽する傾向があると思います。
苫野氏の著書を読むのは5年ぶりです。前回読んだのは、『「自由」はいかに可能か』(NHKブックス)でした。その中で同氏は、「自由」のための社会的な根本条件は、「自由の相互承認」の原理に基づいた社会を構想することにあり、その原理をどうすればより実質化していくために、自由のための共通ルール「法」の設定、法の理念を実質化する「教育」、法・教育を補完する「福祉」の重要性を挙げていました。それでいえば、法の理念を実質化すべき教育の場である学校において教育を受ける権利が脅かされている事態は、非常に苦々しいことです。ここは、地域福祉の出番だと思います。

寄り添うということ

本日は県議選の告示日となっています。正午現在、我が家の前にある立候補者の選挙ポスター掲示板を見ると、定員1人に対して現職1人のポスターしか貼ってなく、事前の報道通り無投票の可能性が高くなっています。無駄な経費がかからなくて良いという意見もありますが、公職として働く人の資質向上のためには、政策論争を通じた選択の機会があった方が長期的にはいいと思います。さて、そうした公職にある人が寄り添うという言葉をつかうときがありますが、そんなに簡単につかえない言葉だと思います。最近、いじめの問題や在留希望の外国人の問題と身近で接する機会があり、不利益を被る人の気持ちをくみ上げるのは難しく、それらの人を保護すべき人の思考を改めてもらうのもさらに難しいと感じています。特に保護すべき立場の方にわかってもらいたいのが、対処を誤れば当事者の生命に係るという点です。せめて代弁者になろうと思います。写真は、一昨日、甲佐町の特別養護老人ホーム前で撮った桜です。

民度と民意

昨日投開票となった沖縄県の県民投票の民意は、辺野古埋め立て反対が大多数と出ました。加えて軟弱地盤があることから改良のために当初の計画よりも多くの費用と期間が要する情勢となっています。そのため、辺野古埋め立てを強行しても代替基地の完成が見通せない限り、普天間の早期返還時期が難しいという環境に政府自らが追い込まれた感じがします。辺野古を埋め立てなくとも普天間を県民に返せと政府は米国へ求めていくよう政策転換を図るべきです。もともと離島奪還の有事に際して普天間にあるオスプレイは役立たずの装備品です。つまり抑止力にはなりえないだけでなく、攻撃目標になりえるという意味では、危険を誘引する存在です。沖縄の民意を尊重する本土の民度が今問われています。

行政監視

国会中継を見ていますと、問題点を晒して適正な行政運営を追及する質問者と、何の役にも立たない質問で時間を浪費する質問者の姿が明らかになって面白いです。国民にとって役立つのは圧倒的に前者の役割です。議員は行政を監視し、国民はその議員と行政を監視したいと思います。

エセ専門家に任せられない

『環境と公害』の最新号を読むと、水俣病の認定や裁判で、いかに疫学的因果関係を理解していない医師や法律家が判断にかかわっているかという構図がわかります。資格名は専門職ですが、実は肝心なことを知らない、これほど始末に悪いものはありません。なんか根本の知力が欠けている人が意外と重要な権限を持つ仕事を任せられているのではないかと思うことがあります。行きがかり上そうなったのかもしれませんが、これは悲劇です。そういう人ほど再教育が必要なのではないでしょうか。趣味で放送大学の講座を聞いていますが、哲学や人類学、言語学あたりは面白いです。

文書と統計のウソを見破る

何とはなしに国会中継を視聴しました。役所による公文書改ざんを経験した現在、統計手法の変更というか、発表数値の偽装も不思議ではないのを強く感じました。監視する国民の側にウソを見破る能力が求められるわけで、まったく油断はできないものだと思いました。

統計の重要性を国民が理解する機会

統計法に違反する手法によって厚労省が長年東京都内の勤労統計を行っていた問題は、統計の重要性を国民が理解する機会になればと思います。事業所対象の統計もそうですが、個人対象の統計も最近は非協力な世帯が多く問題になっています。統計の世界は何もプライバシー情報を必要としているのではなく、膨大な数値データが現状を精緻に捉えるために必要とされています。正確な現状把握ができなければ、的確な政策判断を行うことができません。そのことに無知な国民が多ければ結局国民自身が公益を得ることができなくなります。沖縄県の県民投票にも同じようなことがいえ、無知な首長や市町村議員の存在は、政治を誤る阻害要因でしかありません。

インターネット署名

辺野古のヘリポート基地建設に伴う土砂投入について来年2月の県民投票までの中止を米大統領へ求めるインターネット署名が昨日10万人を超えたという報道がありました。著名人の呼びかけはあったかもしれませんが、手段がインターネットということと、求める相手が国外のトップということもあって集めやすかった側面はあると思います。私のように自由業的立場の人であれば、政治的信念も表明しやすいですが、ある業界、ある組織に所属している人たちは、顕名で行動することはやりにくいと思います。おそらく今回の10万人のほかにも同じ思いをもっている人は多いのではと思います。宛先が米大統領だからといって日本政府はこの結果の評価を見誤ってはなりません。

https://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawa

史実を確認することから始まる

11月23日の朝日新聞オピニオン面「耕論」コーナーで、「元徴用工判決を考える」をテーマに3人の識者のインタビュー記事が掲載されていました。中でも当時の動員の実態をよく知る歴史家の意見がもっとも共感できました。確かに相手方が軍事独裁政権であったとしても政府間の約束事は重要でしょうが、人権を蹂躙したことに対する向き合い方は、それを上回る国際正義の問題として考えるのが、名誉ある日本国民としての自負ではないかと思います。それを踏まえると、日本政府の反応は声高過ぎてかえって円満な解決を遠のかせてしまいかねません。

隣国関係に冷静さを

元徴用工に対する日本企業の個人賠償支払いを命じた隣国の最高裁判決を巡る外交関係が気になりました。確かに国家間の取決めはありますので、日本政府の立場は理解できます。しかし、だからといって相手国の司法をバカにした言い方をすれば、相手国民の反感を買うのは目に見えています。元徴用工に対して個人賠償せずに決着に持ち込んだ当時の関係に鑑みて冷静に見守るというのが正しい対応ではないでしょうか。双方の政府と国民が冷静に対応できる環境作りが大事です。

移民と国際正義

途中に他の本を読んでましたので、神島裕子著『正義とは何か』(中公新書、880円+税、2018年)の読了には日数を要しました。リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、フェミニズム、コスモポリタニズム、ナショナリズムの6つの思想潮流から正義とは何かと問うた著作で、西欧起源の歴史と哲学が現代政治に影響を及ぼしていることを改めて実感しました。その中で、今国会では事実上の移民政策とみられる入国管理法の改正について議論されており、移民と国際正義を考える意味で、コスモポリタニズムの考えには共感しました。外国人労働者が日本国内で住民として生活する以上、憲法で保障する基本的人権に制限があるべきではないと思います。たとえば、職業選択の自由であるとか、相応の賃金、家族の帯同などがそうです。逆に言えば、技能実習生は、これらの面で不当な扱いを受けています。日本経済や保険税金財政を助けてくれる人たちの生活者としての権利を守ることは、日本人労働者の処遇アップにも必ずつながると思います。

行政不服審査の信頼は

沖縄県の原処分を防衛省が不服として国交省に審査請求したところ、原処分が覆るケースがあります。請求者と審査庁が国の機関同士であるだけに慎重な審査が求められるのですが、地方自治体の原処分がいい加減だと示している形となります。制度自体に対する信頼を損なうものです。

正義と自己決定権

1年ぶりに大分市を訪ねる機会がありました。夜、食事ついでにジュンク堂書店に立ち寄り、宮本憲一・白藤博行編著『翁長知事の遺志を継ぐ』(自治体研究社、600円+税、2018年)と滝澤三郎編著『世界の難民をたすける30の方法』(合同出版、1480円+税、2018年)を買い求めました。前著は環境法や行政法ひいては憲法上の観点からいかに国や司法が地方自治を蔑ろにしているかという問題提起を含んでいます。後著は難民の受け入れや難民との共生についてあまりにも知らないことが多い日本の国際感覚の貧困が提示されます。その中にあっても、現在、さまざまな支援が取り組まれています。意外にも敷居が高くない支援の携わり方もあるので、読者として勇気づけられる点もありました。2冊とも日本国民としての正義を考えさせられる本でした。

メディアと市民の気骨が試されている

サウジアラビアの記者殺害事件の背景には、独裁国家ならではの権力者のジャーナリズムへの恐れが見てとれます。しかし、どのように封殺しようとしても真実を隠せないのも事実です。武器購入というエサを投げてくれる相手に尻尾を振る節操のない大国のリーダーもいるのも現実です。一つひとつの史実を記録し記憶に留めることを続けなければなりません。

軽減税率はおかしい

新聞週間に合わせたかのように来年10月の消費税の10%への増税が政府より表明され、新聞が政府広報のように税率の違いを報道しています。食料品や宅配新聞だけ8%のままというのも混乱を招く税制です。たとえば、消費税10%の種苗資材を買って消費税8%の農産物を販売する小規模生産者は確実に差額分が売上から目減りします。

地方議員のレベルアップが必要

地元市議会議員一般選挙の投開票が昨日行われ、定数18人に対して現職18人・新人3人が挑んだ結果、現職16人・新人2人が当選しました。選挙運動や選挙公報で知る限り、当選者の実績や資質が満足いくレベルだったかといえば、まったくそうではありません。それを踏まえると、もっと定数を削減する代わりに報酬をアップするか、日頃の仕事ぶりをよく監視して、さらに4年後の評価で市民の判断を示すしかありません。国会議員もそうですが、議員立法ができるぐらいの政策立案能力のある人物にほんとうは議員を目指してもらいたいと思います。
ところで、ロアッソ熊本は昨日のゲームで最下位の讃岐に敗れてとうとう最下位転落となりました。シーズンの残り試合は5つですが、J3への降格が現実味を帯びてきました。大分のように1年で戻ってこれれば、一度出直しを図るのも悪くないと思います。ただこれまで公金も投入されてきたクラブですので、簡単につぶすわけにもいきません。