カテゴリー別アーカイブ: 政治

史実を確認することから始まる

11月23日の朝日新聞オピニオン面「耕論」コーナーで、「元徴用工判決を考える」をテーマに3人の識者のインタビュー記事が掲載されていました。中でも当時の動員の実態をよく知る歴史家の意見がもっとも共感できました。確かに相手方が軍事独裁政権であったとしても政府間の約束事は重要でしょうが、人権を蹂躙したことに対する向き合い方は、それを上回る国際正義の問題として考えるのが、名誉ある日本国民としての自負ではないかと思います。それを踏まえると、日本政府の反応は声高過ぎてかえって円満な解決を遠のかせてしまいかねません。

隣国関係に冷静さを

元徴用工に対する日本企業の個人賠償支払いを命じた隣国の最高裁判決を巡る外交関係が気になりました。確かに国家間の取決めはありますので、日本政府の立場は理解できます。しかし、だからといって相手国の司法をバカにした言い方をすれば、相手国民の反感を買うのは目に見えています。元徴用工に対して個人賠償せずに決着に持ち込んだ当時の関係に鑑みて冷静に見守るというのが正しい対応ではないでしょうか。双方の政府と国民が冷静に対応できる環境作りが大事です。

移民と国際正義

途中に他の本を読んでましたので、神島裕子著『正義とは何か』(中公新書、880円+税、2018年)の読了には日数を要しました。リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、フェミニズム、コスモポリタニズム、ナショナリズムの6つの思想潮流から正義とは何かと問うた著作で、西欧起源の歴史と哲学が現代政治に影響を及ぼしていることを改めて実感しました。その中で、今国会では事実上の移民政策とみられる入国管理法の改正について議論されており、移民と国際正義を考える意味で、コスモポリタニズムの考えには共感しました。外国人労働者が日本国内で住民として生活する以上、憲法で保障する基本的人権に制限があるべきではないと思います。たとえば、職業選択の自由であるとか、相応の賃金、家族の帯同などがそうです。逆に言えば、技能実習生は、これらの面で不当な扱いを受けています。日本経済や保険税金財政を助けてくれる人たちの生活者としての権利を守ることは、日本人労働者の処遇アップにも必ずつながると思います。

行政不服審査の信頼は

沖縄県の原処分を防衛省が不服として国交省に審査請求したところ、原処分が覆るケースがあります。請求者と審査庁が国の機関同士であるだけに慎重な審査が求められるのですが、地方自治体の原処分がいい加減だと示している形となります。制度自体に対する信頼を損なうものです。

正義と自己決定権

1年ぶりに大分市を訪ねる機会がありました。夜、食事ついでにジュンク堂書店に立ち寄り、宮本憲一・白藤博行編著『翁長知事の遺志を継ぐ』(自治体研究社、600円+税、2018年)と滝澤三郎編著『世界の難民をたすける30の方法』(合同出版、1480円+税、2018年)を買い求めました。前著は環境法や行政法ひいては憲法上の観点からいかに国や司法が地方自治を蔑ろにしているかという問題提起を含んでいます。後著は難民の受け入れや難民との共生についてあまりにも知らないことが多い日本の国際感覚の貧困が提示されます。その中にあっても、現在、さまざまな支援が取り組まれています。意外にも敷居が高くない支援の携わり方もあるので、読者として勇気づけられる点もありました。2冊とも日本国民としての正義を考えさせられる本でした。

メディアと市民の気骨が試されている

サウジアラビアの記者殺害事件の背景には、独裁国家ならではの権力者のジャーナリズムへの恐れが見てとれます。しかし、どのように封殺しようとしても真実を隠せないのも事実です。武器購入というエサを投げてくれる相手に尻尾を振る節操のない大国のリーダーもいるのも現実です。一つひとつの史実を記録し記憶に留めることを続けなければなりません。

軽減税率はおかしい

新聞週間に合わせたかのように来年10月の消費税の10%への増税が政府より表明され、新聞が政府広報のように税率の違いを報道しています。食料品や宅配新聞だけ8%のままというのも混乱を招く税制です。たとえば、消費税10%の種苗資材を買って消費税8%の農産物を販売する小規模生産者は確実に差額分が売上から目減りします。

地方議員のレベルアップが必要

地元市議会議員一般選挙の投開票が昨日行われ、定数18人に対して現職18人・新人3人が挑んだ結果、現職16人・新人2人が当選しました。選挙運動や選挙公報で知る限り、当選者の実績や資質が満足いくレベルだったかといえば、まったくそうではありません。それを踏まえると、もっと定数を削減する代わりに報酬をアップするか、日頃の仕事ぶりをよく監視して、さらに4年後の評価で市民の判断を示すしかありません。国会議員もそうですが、議員立法ができるぐらいの政策立案能力のある人物にほんとうは議員を目指してもらいたいと思います。
ところで、ロアッソ熊本は昨日のゲームで最下位の讃岐に敗れてとうとう最下位転落となりました。シーズンの残り試合は5つですが、J3への降格が現実味を帯びてきました。大分のように1年で戻ってこれれば、一度出直しを図るのも悪くないと思います。ただこれまで公金も投入されてきたクラブですので、簡単につぶすわけにもいきません。

ベースロード電源の見直しを

九州電力による太陽光発電の出力抑制には、納得がいかない消費者が多いと思います。どう考えても原子力発電を稼働させる意義が見いだせないからです。もともと無料のエネルギー源である太陽光と複雑な設備装置や管理システムを必要とする原子力ではコストが比較になりませんし、何よりも原子力の場合は、放射性廃棄物の処理に悩ませられる弱点があります。九州をエネルギー政策の先進モデルとしたベースロード電源の見直しを図るべきです。

議論こそ大事

憲法、性的マイノリティ、外国人移民、基地、原発など、さまざまな政治テーマがあります。いろんな議論がなされることが大事ですが、一方的な主張に終わり、その論者が対話に出てこない傾向が多いように思います。民主主義は確かに面倒です。その対極にファシズムがあります。

公文書管理の先進地は

10月8日の日本経済新聞の地域総合面で、地方自治体の公文書管理条例の制定状況について触れた記事がありました。それによると、条例制定済みなのは、熊本県を含む21都道県と4政令市、都道府県・政令市を除くその他の市町村では熊本県宇土市などわずか12自治体に留まり、その率は全体の0.7%とありました。意外にもわが地元市は、公文書管理の先進地ということを知りました。公文書管理は情報公開についての取り組みとも表裏一体となります。せっかく備わった体制を活用して自治体の姿を住民が正確に捉えてより良い行政運営が進められるよう監視していきたいものです。

いばらの道

先日の沖縄県知事選で当選した新知事が、就任の抱負で「いばらの道」という表現を使っていました。もちろんこれは新基地建設反対のことを指しているのですが、2週続きの台風や先の大戦での鉄の暴風というようなたいへんな出来事にさらされる県民の忍耐力はすごいものだと思います。自然災害にしろ人為災害にしろ、体験者の心情ほど強いものはないと思います。

永遠のファシズム

台風24号が通過するまでの間、沖縄のリゾートホテルで缶詰め状態でした。割と薄い文庫本でしたが、ウンベルト・エーコの『永遠のファシズム』(岩波現代文庫、940+税、2018年)は、なかなか読みごたえがありました。おおよそ20年前の時代背景に、ファシズムや新聞、移民の問題について発言した記録集となっています。ですが、発言の内容が20年後の現在にも通じるものがあり、まったく色あせていません。エーコは、1932年生まれのイタリア人です。ファシズム台頭期に少年時代を過ごしています。優れた考察は時代を貫くのだという思いを強く持ちました。

地方議員選挙

来月は地元の市会議員選挙が行われます。今のところ現職18人が全員立候補し、これに新人2人が挑戦するという構図のようです。昨今は地方議員のなり手がいないといわれますので、出馬するというだけでたいへん奇特なことだと思います。あとは、何をやりたくて当選を目指しているのか、考えを吟味したいと思います。それと気になるのが、有権者の登録において性別表記はもはや不要ではないかと思います。投票所では男女別に何枚投票用紙を出したか管理されているのですが、住民の外見で性別を判断するのはたいへん難しく投票にはまったく必要がないことだと考えています。

言葉は届いたか

昨日、政権与党の総裁選立候補者の発言をカーラジオで聴いていました。私もかつての自衛官の子弟ですが、当時も今も自衛官自身はどのような動機でその職に就いたのか、憲法をどう考えるかは千差万別だと考えています。軍隊とか、陸海軍とかと異なり、国際法上の定義がない一国の一行政機関の固有名称を憲法の条文に書き込むというのは、やはり法律を扱う立場からはしっくりしないやり方です。素養という点を考えるべきだと思います。

最悪の想定で訓練は行うべき

9月1日は防災の日ということで、朝から政府による防災訓練についての報道がありました。大規模地震にもかかわらず原発施設に異常はないという想定でしたが、地震は発生時間や天候を選びません。避難ができないときに原発事故が発生したらどうするのかという想定が絶対必要です。都合が悪い条件を想定しないまま、事故は起きないとか、避難は可能とか、現実から逃避することは許されません。

ネット選挙について

当社宛にある政府統計調査の依頼が届きました。もちろん紙で郵送回答もできるのですが、e-Govからさっそくネット回答で返信しました。せっかくシステムが開発されていますし、紙回答であれば通信料やデータ入力料にさらなる公金出費を伴います。回答側の手間は一定ですが、集計側のデータ化の時間も節約できます。ところで、県内で県議の補欠選挙の運動期間中ですが、隣接選挙区民の目から見てもまったくもって盛り上がりに欠けます。一つは、この猛暑のために、屋外に人出がないことがあります。ですから、いくら屋外で投票を呼び掛けたとしても耳に飛び込んできません。選挙運動にしても投票にしてもネット活用を拡大すべきだと思います。

一強の弱さ

御厨貴・本村凌二著『日本の崩壊』(祥伝社新書、820円+税、2018年)を読み終わりました。二人の日本国憲法をめぐる発言には首肯できない面もありましたが、ここ150年の日本政治史と栄華から崩壊を辿った古代ローマ帝国史をクロスした読み物は、躍動的で面白いものでした。現在の危機として政権与党の自民党の弱さが同書で浮き彫りになっていたのが印象的でした。一強だけに抱える弱さが実はあるというのがよく理解できます。一つは人材育成機能が弱体化していることです。そのため、政策の党内での競い合いがなくなり、政策集団としての能力が弱まりました。党内の異論反論や熟議が封じられることになり、民意を吸い上げる仕組みも機能不全に陥っていると、御厨氏は見ています。首相だけがやりたいことだけを行うか、何も考えずに首相に付いていき、恩恵にあずかるというように、議員の個の役割が非常に見えにくくなってきているようです。

過ちを学ぶことに意味がある

昨日、浜矩子著の『窒息死に向かう日本経済』(角川新書、820円+税、2018年)を読了し、今は御厨貴・本村凌二両氏による対談構成本の『日本の崩壊』(祥伝社新書、820円+税、2018年)を読み進めています。それぞれ日本の経済や政治の過ちについて解説してくれている本です。ちまたで見かける日本礼賛本や外国偏見本よりは、精神衛生上、良い本だと思います。過ちが分かるからこそ、それに乗らずに済む生き方が過ごせるわけで、乗せられてバカを見る愚を小さくできる点でお得です。たとえば、JPX日経400にランクインする呪縛に囚われた企業なんかに勤めるものではないという気になります。

五輪開催はふさわしいか

ある国会議員が委員会質問の中で紹介していたので、オリンピック憲章のオリンピズムの根本原則の第6項を読んでみました。それによると、「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分などの理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。」とあります。2020年の五輪開催地としてはたしてふさわしい社会といえるのか、ちまたのタチの悪い言説や立ち振る舞いを見聞すると、現状での開催には二の足を踏んでしまいます。ふさわしい社会へ転換する努力を続けなければならないと強く感じます。