カテゴリー別アーカイブ: 政治

言葉の力

『苦海浄土』などの文学作品で知られる石牟礼道子さんが昨日永眠されました。いろんな評価があります。私も水俣病問題に触れ始めた当初多くの著作を読みました。他の誰にも真似できない言葉を発し続けてこられたと思います。被害者や支援者には響いたのですが、加害者にはその言葉がどこまで届いたのか、ということでは無力だったように思います。司法・立法・行政という三権の世界では使われない言葉の世界が石牟礼作品の世界だったわけで、これは反戦や反核、反原発問題でも同じで、権力や富の世界と日々の暮らしの世界との大きな溝を感じます。

ほほえみ外交はまだマシである

米国の核戦略の転換を高く評価するなどという倒錯した発言をした外相を抱えていながら、朝鮮半島の南北対話を揶揄する立場に日本はないのではないかと思います。国内にいながら首相と沖縄県知事の対話がいかほどあるでしょうか。国民の生命を口では守ると言いながら、整備不良の軍用ヘリを野放図に飛ばさせている米国大統領と首相との間に対等な対話はできているのかと思います。それでいて、わざわざほほえみ外交に騙されるなと、ご注進におよぶのではなく、せっかく北のハイレベルの人物と会えたのなら、自らが拉致問題その他の解決のため、懐へ飛び込む意思を示す勇気はなかったのかと思います。

教育と福祉を厚く

昨日投開票となった沖縄県名護市長選と熊本県水俣市長選は、いずれも企業誘致など経済振興を訴えた新人候補が当選しました。外からモノをもってくるのもいいのですが、もともとその地域に暮らす住民を大切にできるかどうかが、これからの地方の課題だと思います。教育や福祉に厚い自治体には自然と住民が集まり、それがさまざまな企業を呼び込むという考えがもっとあってもいい気がしています。

対米問題に目を向けたい

平昌オリンピックをめぐる南北の話し合いに日本から口出しするのは控えるべきだと思います。対話の機会があるのもオリンピックのおかげ。衝突すれば双方はもちろん近隣国にも死への影響が出るわけですから、まずは対話が大切です。しいていうなら、日本からも北に対する交渉を進めるべきです。対話ということであれば、在日米軍基地の問題に対して米国と話をすべきです。自国では学校の上を飛行しないにもかかわらず、「占領地」ではそれが許されるということについて怒るべきです。死者が出ていないからいいではないかという人が副大臣を務められていた政府は目覚めなければなりません。

周辺の住宅地を訪ねて

このところ周辺の住宅地を訪ねる機会があります。住宅地図と現況が変化している例が結構あります。もちろんそれは震災の影響によるものです。一方で新しい住宅もかなり建っていました。阪神から23年というこの日ですが、防災に強い地域でありたいと思います。一方、地域ではどうにもならないのが核の脅威です。ノーベル平和賞を受賞した団体の事務局長とわが国の首相は会わないそうですが、合わせる顔がないのでしょうか。米国は北朝鮮対応でICBMの開発だけ止めさせ、核の保有は認める方向で手打ちするのではという見方もあります。北朝鮮だけでなく、米国や中国、ロシアといったすべての核保有の禁止を求めることでしか、真の安全はありません。核抑止力というものに信頼がないからこそ生まれているこの危険な状況を根絶させるには、核兵器禁止の道しかありません。

何を何から防衛するのか

何を何から防衛するのか、防衛費の予算対象を見ると、疑問が多すぎる印象を受けました。昨夜のBSフジの番組で防衛相がいろいろ説明していましたが、買い物リストを眺めると、米国の武器商人を喜ばせるのが目的で、その性能からいって北朝鮮以外の周辺国にも無用の脅威を与えかねないと思いました。たとえば射程が長い巡航ミサイルなどは、北朝鮮のみならず中国やロシアの領域も含めることになります。仮にそうした国々と衝突が起きても米国が危険を冒すことは幻想だと思います。たとえば中国は米国にとって最大の貿易相手国であり、自国の国債を買ってくれているお得意様です。対立して何も得はありません。軍事的に抑えられても経済的な面でのダメージが大きすぎます。いま最もなすべきなのは国民の暮らしの防衛です。無駄な防衛予算を高等教育の無償化や生活保護拡充に振り向けるとか、活発な消費者となる外国人の積極的な受け入れのほうが重要です。周辺地域にとって存在がありがたいと思われる国づくりを図るべきです。

成人の日

多くの自治体で昨日成人式が開催されましたが、祝日としては本日が成人の日となります。成人年齢については18歳に引き下げられることから晴れ着の売れ行きを懸念する呉服業界からさまざまな声が上がっていますが、成人を商機としてしか捉えられない声に違和感を覚えます。今年誕生した子どもの半数以上は寿命が100歳以上になると予測されていますので、2歳の差であまり騒ぐことではない気がします。むしろ80年近く現役で人生を過ごさなければならないことの重さを感じます。一方、つい70年ほど前までは寿命がその半分だったことを思わずにはいられません。ローマ法王が新年のカードに採用した「焼き場に立つ少年」の写真には、その少年の亡くなった弟が写っています。こうした悲劇を繰り返さないために今を生きる私たちはどうあるべきなのかということも考えます。

生活防衛に注力を

当社の決算関係の書類もすべて完了しましたので、年明け早々に関係先に提出できる用意ができました。個人事業主の確定申告の作業は来月に行います。けさの地元紙の報道では公務員の定年も徐々に引き上げて65歳へ移行するとか。となあれば年金受給開始年齢も上がることでしょう。ますます勤務先や年金任せにならない生活志向が迫られます。無駄な兵器に予算を使う前に国民が疲弊して倒れやしないかと思います。

死刑は支持できない

車を運転中に聞いた本日正午のラジオニュースで犯行当時未成年だった死刑囚の刑が執行されたのを聴きました。しかも、死刑囚の名前が私と似ているので、衝撃を受けました。刑法において人を殺すのはもちろんのこと、傷つけることも罪になることは、だれでも知っています。大量殺人を引き起こす戦争も違法です。しかし、国家による死刑という殺人がなぜかこの国では未だに行われています。傷害の罪が殺人よりも軽いというなら、死刑を止めて身体を傷つけるにとどめる刑を求める声があっても良さそうなものですが、とにかく生命を奪う刑に固執する道理はなんなのでしょうか。

言葉について

たまたま昨夜見たウーマンラッシュアワーの漫才は、うまく時事ネタの真実を織り込んでいて面白く思いました。電力会社やオリンピック、在日米軍基地(その背後にいる米国政府)への忖度なしに主権者としての疑問を言葉にすることは重要です。何も言えなくなっているうちに被害に遭ってしまうのです。ともすれば、被害に遭った立場の人を責めるクズがいるのに、驚くことが多いです。たとえば先だっても米軍ヘリの部品が落下した普天間基地近くの保育園へ自作自演だろうとか、基地の近くに園が立地しているのが悪いなどと、聞くに堪えない中傷の電話やメールが届いているというニュースがありました。あなたのご主人様は、米軍なのですかと問いたいと思います。そうした行動こそが連中が好んで叫ぶ反日なのではと思います。誰のために言葉をつかうべきか発する前に考えたいものです。

納税に見合う受益への信頼を

きょうは、勤労感謝の日です。国にとって何がありがたいかというと、雇い主が国に代わって所得税を集めて納めてくれるということではないでしょうか。いわば納税を感謝しますという意味合いもあると思います。それでいけば、別に働いていない人でも、消費という行動を通じて消費税を納めています。これも勤労所得と同じく事業主等が国に代わって納めています。どちらも個人が直接税務署を訪ねて税金を納めないので、国民が貢献しているという自覚が薄まっているだけです。モリカケ問題もつまるところ国民が託した税金の使われ方の問題です。公平公正を欠く扱いを行政が行い、国民が他に受益できた部分に損害を与える結果をもたらしたのではないかという疑惑が残っています。とにかく働く人だけでなく、働けない人も感謝されていい社会が自然だと思います。写真は、熊本城周遊バスしろめぐりん車内から見えた細川刑部邸の倒れた塀とイチョウの木。

フェイクを論破しよう

高校生の修学旅行先のベスト3都道府県は、沖縄、東京、京都なのだそうです。沖縄は、戦争の真実を考えるには格好の場所です。戦跡もそうですが、今も存在する基地の問題から、いろんなことが見えてくるかと思います。ともすれば、トンデモ論でメディアをにぎわす連中もいますから、それらのフェイク部分を論破するファクトを積み重ねて対処する必要があります。佐藤学・屋良朝博著『沖縄の基地の間違ったうわさ 検証34個の疑問』(岩波ブックレット、580円+税、2017年)は、手軽なファクトチェックのツールだと思います。

ロシア革命から100年後に考えたいこと

一昨日は、ロシア革命から100年ということでした。当時のロシアの格差社会や革命気運と現代の日本のそれとは比較になりませんが、格差を是正して底上げをすることは重要です。所得にとどまらず教育や福祉のレベルにもその視点が求められます。そのとっかかりになるのが、税制になるかと思います。やはり高所得者や法人の税負担を上げることが、数に勝る低所得者の消費を増やし、消費税収も増やすことになります。逆に数が少ない高所得者の税負担を下げたからといって消費が飛躍的に増えるとは思われません。次に考えなければならないのは土地問題です。これはもっと安く持てるあるいは利用できるようにすべきです。特に所有者不明土地は公有化し安く払い下げることで公金を増やすことにもつながります。レーニンが求めた社会の姿には現代の課題に連なるものがあるかもしれません。

武器商人のカモでしかないのか

先日の日米首脳の共同記者会見を見ていたら、米国大統領はつくづく武器商人だと思えました。売り込みをかける相手に対する日本側の卑屈な接待ぶりには大いに疑問を感じます。北朝鮮が相手にしているのは米国なのですから、日本国内に米軍基地がなければ、そもそも関係ない脅威です。むしろ日本国民が盾となって米国を守ってやっているのが正しいのではないでしょうか。その点は、武器商人の発言の変遷を振り返ると、歴然です。というのも、最初は基地を撤退するとまで言っていたのですが、置いておくことのメリットを十分認識してから、その考えは引っ込めています。基地経費の大部分を負担してくれて、武器も買ってくれるのですから、いいカモだと思っているのでしょう。

大人の社会科

日本武道館で昨日行われた全日本剣道選手権は、なかなか見ごたえがありました。優勝した熊本の選手は、県警の機動隊員として昨年の熊本地震後の捜索活動で奔走し、2年ぶりの栄冠でした。準優勝をした選手は、過去3度優勝の37歳のベテラン。準々決勝、準決勝と1本先取された後に2本連取の逆転勝ちを収めた凄みはまさに錬士というものでした。
ところで、次に読む本は、井手英策・宇野重規・坂井豊貴・松沢裕作『大人のための社会科』(有斐閣、1500円+税、2017年)です。問題先送りの反知性主義がはびこるなかで、いかに未来を見据えた政策を実現できるか 。40代の気鋭の社会科学者の考えを学び取りたいと思います。

核兵器禁止へ向かわないとは何事か

地元宇土市の『市議会だより』(11月1日付)を読んでいたら、第3回定例会において「日本政府に核兵器禁止条約の調印を求める意見書」提出の発議案が、7-10で否決されていたのを知りました。宇土市は非核都市宣言を行っていますが、本議案に反対した市議は、その自己の見識の愚かさを深く思い知るべきです。反対をするということは、日頃危機を煽りたてている北朝鮮の核兵器保有を認めるということに他なりません。もちろん北朝鮮が核兵器を保有する大きな動機になっている米国の核兵器も禁止を求めるものです。脅威の源は何なのかよくよく考えるべきです。それにしても、宇土市の非核都市宣言の看板は、地震で損壊した市庁舎の解体と共に姿を消したのを思い出しました。看板はどこへ行ってしまったのでしょうか。

一強は堕落する

中国の政治状況を見ると、一党独裁であるばかりか、トップへの権力集中、つまり一強体制が目立つようになり、日本国内の政治情勢と似通ってきた感じがあります。日中両国の指導者の器も国力と反比例して小粒になってきた感があります。保身が最大の関心事となり、堕落していくのではないかと思います。

公正に対する信頼があるか

最高裁判所裁判官の国民審査が今行われています。この審査も主権者である国民にとって重要な権利行使の機会です。裁判官なんて見たこともない、ましてや判決文なんて読んだこともないのが大半の人だと思います。投票所で国民審査なんてできないと職員に言いがかりをつける有権者を見かけたことが何度もありますが、それは自分が何も考えを持たない権力者に言いなりの人間だと公言しているのと同じで、本人はうっぷん晴らしで満足でしょうが、傍から見ればみっともない限りです。一つ簡単な裁判官の見極め方は、一票の格差が大きな選挙の効力を問う裁判で違憲無効の判断をしているかどうかにあります。まっとうではない選挙の結果で生まれた政権も、その内閣が任命した裁判官もこれまた不公正のかたまりです。自分たちの選ばれ方が公正でないという良心があるなら違憲無効の判断を行うのが正しい裁判官です。残念ながら今度の対象者にそうした裁判官はいないようです。