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医療ツーリズム

放送大学の行政法のテキストにはさまざまな実例が載っていて、明日、今回の新型コロナウイルス肺炎が、指定感染症として閣議決定される見込みの感染症予防法も扱われています。今まで存在を知らなかったさまざまな行政法に触れることができ、この分野の奥深さを改めて感じています。さて、先進医療のサービスを受けるために訪日する旅行のことを医療ツーリズムといい、その目的の旅行者のことを医療インバウンドというようです。発生した中国国内での医療が立ち遅れている中、富裕層の医療インバウンドを受け入れる考えがあってもいいと思います。無理して統合型リゾートを作ってもすでに実績のあるマカオや韓国から奪うだけの魅力があるとは思えません。人の移動を閉ざさず、日本の医療サービスや医薬品・器具用品を購入してもらうことは、利益があることだと考えます。

行政法の視点

趣味で聴講している放送大学講座で今面白いのは、行政法です。行政法というそのままずばりの名称の法律があるわけではありません。民法が含まれる私法と異なり、公権力と主権者の関係について定めた公法の中の一つのジャンルといった方が分かりやすいかもしれません。しかし、数多くある法律の中の9割が、この行政法に含まれます。たとえば、感染症対策を定める法律は、行政法に含まれます。行政法については、公務員や首長、議員はもちろんのこと、国民もその建て付けについて知っておくと、行政監視の視点がずいぶん違って見えると思います。特に行政が有する情報は、国民共有の財産ですから、それを公務員がどのように取り扱っているか、よく見ておくことが必要です。それによって、さまざまな言い訳の正当性も判断できるようになります。
言葉のつかいかたで難しいのが、天皇のおくり名です。たまたま昨日届いた所属団体の会報で秋の叙勲受章者の文章が載っていたのですが、そのなかで現在の天皇をおくり名で表記していたのに驚きました。また昨日の大相撲中継で、実況アナウンサーが上皇のことをおくり名で述べていて、さすがにこの点については、その後の放送時間中に2回お詫びのコメントを出していました。
要は、その立場にある人が、どういう言葉を発したら、立場にふさわしい能力を兼ね備えているかどうかの見極めに役立つということになります。
ちなみに公法の最たるものは憲法です。公法は公権力を縛るものです。

主権者教育

県内市町村の選挙管理委員や明るい選挙推進推進協議会メンバーが参加する、今年度の「明るい選挙推進大会」へ昨日行ってきました。まず開会あいさつに立った県明推協会長の地元公立大学教授が、「本年度は選挙制度130周年の節目にあたる」と述べた際の「節目」の読みを「ふしめ」ではなく「せつもく」と言ってたので、がっくりしました。その後、各種表彰状伝達にあたった県選管委員長の賞詞読み上げがぼそぼそ声でちっとも明るくなく、祝賀感がありませんでした。元高校教師による高校生向けの主権者教育の模擬授業は、生徒の関心の引き付け方という授業運営手法として一定程度の参考にはなりました。気になったのは、棄権防止の理由に政策権益の世代間対立が強調されていたことです。意外なことに各政党のマニュフェストを読むと、社会保障については大差はありません。露骨な世代間格差はありません。むしろ税制・財政問題における所得間格差の是正についての学びが重要ではないかと思いました。授業における政治的中立を保つために憲法や安全保障の争点は、教える側の力量が問われるため、避けがちなのかなとも思いました。

バッグドアショック

一昨日視聴したNHKの「ファーウェイショック」は、政治権力と巨大IT企業との結びつき、究極的には人権の問題を考える興味深い内容でした。5Gの通信技術を取り入れたスマートシティは、渋滞緩和や治安維持に寄与する反面、個人の行動がどこまでも把握される気味の悪い社会ともいえます。スマートシティ=賢い都市というのは、ひどく悪い冗談に聞こえてしまいます。このIT技術には国家間の思惑も絡んでいて、他国製の通信システムを通じて情報が抜き取られる可能性のあるバッグドアの存在についても番組では取り上げられていました。しかし、警戒対象の他国がそうであるように、たとえ自国内のシステムであってもその可能性はないとはいいきれないと思います。覇権にはITだけでなく、通貨もあります。人権擁護以外のグローバルスタンダードは作らせないことがほんとうに賢い行動だと思えます。

国会見学

先日初めて国会議事堂を見学する機会を得ました。本日から通常国会も開会しました。最も有効な有権者教育は国会での論戦を見聞することではないかと思います。それに耐えうる代表を送り込んでいるかもしっかり考えてみる必要があります。

不信と報復

人が不信感を抱くとき、それは不安感につながり、さまざまな防衛行動を伴います。国家レベルの指導者が持つ不信感の爆発は軍事的な衝突にもつながりかねません。イラクにおける米国によるイランの司令官殺害の出来事がイランに及ぼす影響は容易に考えつきますが、これが北朝鮮の指導者に与えた影響についてはよく考えないと、いけないと思います。その意味で、中東での一事が東アジアでの一事につながりかねないと危惧しています。どのような立場にあっても不信のタネを取り除くことは重要です。不信感を持たれた上に見え透いた嘘を述べるのは逆効果です。日常のビジネス活動においては、信用がないのが前提で動いていますから、たとえば抵当権設定をしたりあらかじめ報復手段も事前合意しておきます。どんな報復があるか予測できない不安が残るよりも断然明朗です。

高齢化社会の不安と欲望

昨夜、NHKのBS1番組「欲望の資本主義2020~日本・不確実性への挑戦~」を視聴しました。日本の金融政策の決定過程を垣間見ることができましたが、なんとも判然としない思いを抱きました。判然としないと思ったのは、消費が増えるかどうか不確実であるにもかかわらず、政策決定に重要な影響を及ぼす経済学者のいわば信念で物事が進んでいるのを感じたからです。将来物価が上がるならと今すぐそんなに食いだめできるものなのでしょうか。少々所得が増えたからといって消費が増えるものなのでしょうか。高齢化社会にあっては消費へ向かう欲望よりも不安の高まりの方が確実だと思います。不安を減らす社会づくりこそが効果的な経済政策だと感じます。

新たな公職

12月10日、宇城広域連合選挙管理委員会が開かれ、11月1日付けで私が宇城広域連合選挙管理委員に選任されたことが報告されました。この行政事務組合は、宇土市、宇城市、美里町で構成され、介護認定審査や消防、ごみ処理、火葬などの行政事務を行っています。監査請求や解職請求のために、2市1町の選挙人名簿登録者数の確認が必要になります。

相続税の申告

相続の手続きはまだこれからですが、合わせて考えておかなければならないのが、相続税の申告です。土地の評価も路線価なのか評価額倍率なのか確認が必要です。土地の種類によっては評価額も高まります。さまざまな特例制度もありますが、減免にばかり目を奪われて故人の思いから逸脱した相続を行うのも考えものだと思います。公益性を考えれば、相続税は重要な財源だと思います。

行政書士法の改正案可決成立

昨日の第200回国会参議院本会議において「行政書士法の一部を改正する法律案(衆議院提出)」が、投票総数234、賛成票234、反対票0で可決成立しました。「行政書士法の一部を改正する法律案(衆第六号)(衆議院提出)」の議案要旨は、以下の通りです。
本法律案は、近時の行政書士制度を取り巻く状況の変化を踏まえ、法律の目的に国民の権利利益の実現に資することを明記し、社員が一人の行政書士法人の設立を可能とする措置を講ずるとともに、行政書士会による会員に対する注意勧告に関する規定を設けようとするものであり、その主な内容は次のとおりである。
一、目的の改正
法律の目的に、国民の権利利益の実現に資することを明記する。
二、社員が一人の行政書士法人の設立等の許容
1 行政書士法人を社員一人で設立することができるものとする。
2 行政書士法人の解散事由として、社員の欠亡を追加する。
3 社員が一人になったことを行政書士法人の解散事由とする規定を削る。
4 行政書士法人の清算人は、社員の死亡により社員が欠亡し、行政書士法人が解散するに至った場合には、当該社員の相続人の同意を得て、新たに社員を加入させて行政書士法人を継続することができるものとする。
三、行政書士会による注意勧告に関する規定の新設
行政書士会は、会員がこの法律又はこの法律に基づく命令、規則その他都道府県知事の処分に違反するおそれがあると認めるときは、会則の定めるところにより、当該会員に対して、注意を促し、又は必要な措置を講ずべきことを勧告することができるものとする。
四、施行期日
この法律は、公布の日から起算して一年六月を経過した日から施行する。

公益性はあるのか

桜を見る会と大嘗祭の内容と公金支出のあり方が話題になっています。どちらも公益性が問題です。公金を使う以上は公益に資しているのか、その正当性が問われます。私的行事であったり、もともと公的行事を私物化したりすれば、公金の使い方に疑念が生じます。諸課題を見渡すと、公助の拡充が必要なものが山積しているのを感じます。写真は、高野槇です。

 

この30年で変わったもの

この30年で変わったものとして国際社会について東側とか西側とかいう色分けや言葉がなくなりました。今ではドイツが東西に分かれていたことを知る世代も中高年以上になりました。ソ連の解体はそれより少し後ですが、それすらも同じだといえます。それ以外の地域でも分裂や紛争があり、国際関係はずいぶんと様変わりしています。歴史を知らないのもいけないし、自分の経験則に頼りすぎて行動するのも誤りの源です。

民生委員の全国一斉改選を前に

民生委員・児童委員の任期は3年間となっていて、今年の12月1日に全国一斉改選となります。今回、私が所属する単位協議会は定員全員の選任ができて1人も欠員が出ることなくスタートが切れそうです。この3年間はずっと1人欠員の状態のままでしたので、安堵しています。こうした委員の担い手不足は全国的な問題になっています。なんといっても全国の定員は23万人以上なのですから、市町村議会議員の定数を上回る規模です。無報酬で住民と行政とのつなぎ役を担える人がいるかいないかで、その地域力には差が出ると思います。行政というものは残念ながら声が出ないと、それでいいやと放っておくものです。住民は正当な権利を使っていいのです。前の文科大臣が英語民間試験導入についてサイレントマジョリティーは賛成とSNSに書き散らしていたことがありましたが、えてしてそんなものです。今度の委員改選に際しておそらく後任者が決まっていない地域が多くあるだろうと思います。ぜひ手を挙げてほしいものです。

ポスト資本主義の社会運動論

2000年のITバブルが弾けたころに「失われた10年」といわれていましたが、やがて2020年を迎える今を振り返ると、すでに「失われた30年」となります。ちょっとはバブルの雰囲気も体感した世代ですが、社会人生活の大半が失われた時代だったのかと思うと、改めて何のために働いてきたのか、会社で利益を上げることに何の意味があったのかと虚しさを覚えます。ほとんどの人が大切にしたいものはと問われて、自分とか家族とかを挙げて、身の回りの幸せだけを追い求めるのもわかります。
さて、『闘わなければ社会は壊れる』を読み終えましたが、ポスト資本主義の社会運動論は人間性の回復に目を開かせる勇気がもらえる論考でした。先日、公害病患者の支援団体の理事長が言っていましたが、さまざまな運動組織のほとんどは、裁判が終わると、その運動が終わってしまうとのことでした。裁判の勝ち負けは賠償を得るか得られないかで決まります。争っても3回で終わる有限の運動です。でもそれで当事者は一応の成果が上がっても、構造が変わらなければ、何度も同種の過ちは起こり得ます。異議申し立てを続ける人がいなければ、力を持つ側はそれでいいんだと値踏みしてきます。特に運動体に属していなくてもおかしいと考えることがあれば、避けるのではなく相手のためにもなると考えて向き合いたいと思いました。

話す書く能力といいながら

2020年度から始まる大学入学共通テストで活用予定だった英語民間試験について一転導入見送りとなったことは、まずは歓迎したいと思います。外国語の話す書く能力を測るといいながらなぜ英語だけなのか、という気がします。確かに公用語として英語が席巻しているのは分かりますが、どうしても英語の技能だけが重視されるのが気に入りません。これから技術が発展すれば、自動翻訳はますます優れてきて日常的なコミュニケーションでは、差しさわりがない感じを受けます。どの学問分野であれ、専門を究めれば究めるほど専門用語がごく狭い範囲の研究者でしか通用しないので、外国語よりも専門領域の理解が先ではないかと思います。海外留学の予定もない受験生にまで国主導で民間英語試験業者の懐を満たさせるのも公正さを欠く話です。

焼失した展示物の価値が惜しい

13カ月前に訪問した首里城が焼失したニュースは驚きでした。復元した建物の焼失はもちろんですが、建物内部に展示されていた数々の文化財の焼失が残念でなりません。失火原因はこれから究明されることになるでしょうが、こうした貴重な資料を収蔵する施設は、どこであれ防火対策の見直しが急務のことと思います。
もう一つ、身近なニュースとして法務大臣の辞任がありました。10月1日付けで私が受け取った人権擁護委員の委嘱状は今回辞任した大臣名で出されています。ついこの前まで隣国の法相人事をメディアはやんやと取り上げていましたが、足元の資質もこんなものです。委嘱状が1カ月間で色あせてしまいました。新任委員にとっても失礼な出来事です。レアものの委嘱状として嗤い飛ばすしかありません。

組織の内と外

昨夜は地元行政関係者の方々と話す機会がありました。組織の内からは見えないこと、組織の外からは見えることを感じました。特に地方自治体行政の要は教育と福祉の充実にあると考えます。それなしには経済振興も何もあったものではありません。たとえば、義務教育の公立小中学校の人事権は政令指定市を除けば地元行政にはなく、能力資質に欠ける職員が押し付けられることもあると思います。国も地方自治体の県も市も対等であるのは行政法のイロハですが、さほど行政経験もない学校長やら指導主事やらの中には、自分たちは県職員であって市職員をバカにしているフシもあります。まさに身の丈を知らないとはこのことです。

場外展の成功

一度さまざまな妨害に遭って中止となった、表現の不自由展が10月8日、再開しました。この間、表現の自由を力づくで破壊しようとする社会の在り様があぶりだされて、場外展と合わせたテーマ発信としては成功したのではという見方もできます。会場展再開にあたって望みたかったのは、数々の破壊活動の記録の展示も行うべきではなかったかと思います。たとえば、水俣病歴史考証館では、被害者への匿名の差別ハガキが展示されていますが、そうした人間が犯す誤ちを直視できる教育的機会の場の提供は重要です。今回のように県が公的に支援しているのならなおさら追加展示すべきと考えます。再開展で入場制限されているのは残念ですが、金属探知機を利用して安全確保しているのは別に気になりません。海外の観光施設では、以前からよくある対策です。