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新たな公職

12月10日、宇城広域連合選挙管理委員会が開かれ、11月1日付けで私が宇城広域連合選挙管理委員に選任されたことが報告されました。この行政事務組合は、宇土市、宇城市、美里町で構成され、介護認定審査や消防、ごみ処理、火葬などの行政事務を行っています。監査請求や解職請求のために、2市1町の選挙人名簿登録者数の確認が必要になります。

相続税の申告

相続の手続きはまだこれからですが、合わせて考えておかなければならないのが、相続税の申告です。土地の評価も路線価なのか評価額倍率なのか確認が必要です。土地の種類によっては評価額も高まります。さまざまな特例制度もありますが、減免にばかり目を奪われて故人の思いから逸脱した相続を行うのも考えものだと思います。公益性を考えれば、相続税は重要な財源だと思います。

行政書士法の改正案可決成立

昨日の第200回国会参議院本会議において「行政書士法の一部を改正する法律案(衆議院提出)」が、投票総数234、賛成票234、反対票0で可決成立しました。「行政書士法の一部を改正する法律案(衆第六号)(衆議院提出)」の議案要旨は、以下の通りです。
本法律案は、近時の行政書士制度を取り巻く状況の変化を踏まえ、法律の目的に国民の権利利益の実現に資することを明記し、社員が一人の行政書士法人の設立を可能とする措置を講ずるとともに、行政書士会による会員に対する注意勧告に関する規定を設けようとするものであり、その主な内容は次のとおりである。
一、目的の改正
法律の目的に、国民の権利利益の実現に資することを明記する。
二、社員が一人の行政書士法人の設立等の許容
1 行政書士法人を社員一人で設立することができるものとする。
2 行政書士法人の解散事由として、社員の欠亡を追加する。
3 社員が一人になったことを行政書士法人の解散事由とする規定を削る。
4 行政書士法人の清算人は、社員の死亡により社員が欠亡し、行政書士法人が解散するに至った場合には、当該社員の相続人の同意を得て、新たに社員を加入させて行政書士法人を継続することができるものとする。
三、行政書士会による注意勧告に関する規定の新設
行政書士会は、会員がこの法律又はこの法律に基づく命令、規則その他都道府県知事の処分に違反するおそれがあると認めるときは、会則の定めるところにより、当該会員に対して、注意を促し、又は必要な措置を講ずべきことを勧告することができるものとする。
四、施行期日
この法律は、公布の日から起算して一年六月を経過した日から施行する。

公益性はあるのか

桜を見る会と大嘗祭の内容と公金支出のあり方が話題になっています。どちらも公益性が問題です。公金を使う以上は公益に資しているのか、その正当性が問われます。私的行事であったり、もともと公的行事を私物化したりすれば、公金の使い方に疑念が生じます。諸課題を見渡すと、公助の拡充が必要なものが山積しているのを感じます。写真は、高野槇です。

 

この30年で変わったもの

この30年で変わったものとして国際社会について東側とか西側とかいう色分けや言葉がなくなりました。今ではドイツが東西に分かれていたことを知る世代も中高年以上になりました。ソ連の解体はそれより少し後ですが、それすらも同じだといえます。それ以外の地域でも分裂や紛争があり、国際関係はずいぶんと様変わりしています。歴史を知らないのもいけないし、自分の経験則に頼りすぎて行動するのも誤りの源です。

民生委員の全国一斉改選を前に

民生委員・児童委員の任期は3年間となっていて、今年の12月1日に全国一斉改選となります。今回、私が所属する単位協議会は定員全員の選任ができて1人も欠員が出ることなくスタートが切れそうです。この3年間はずっと1人欠員の状態のままでしたので、安堵しています。こうした委員の担い手不足は全国的な問題になっています。なんといっても全国の定員は23万人以上なのですから、市町村議会議員の定数を上回る規模です。無報酬で住民と行政とのつなぎ役を担える人がいるかいないかで、その地域力には差が出ると思います。行政というものは残念ながら声が出ないと、それでいいやと放っておくものです。住民は正当な権利を使っていいのです。前の文科大臣が英語民間試験導入についてサイレントマジョリティーは賛成とSNSに書き散らしていたことがありましたが、えてしてそんなものです。今度の委員改選に際しておそらく後任者が決まっていない地域が多くあるだろうと思います。ぜひ手を挙げてほしいものです。

ポスト資本主義の社会運動論

2000年のITバブルが弾けたころに「失われた10年」といわれていましたが、やがて2020年を迎える今を振り返ると、すでに「失われた30年」となります。ちょっとはバブルの雰囲気も体感した世代ですが、社会人生活の大半が失われた時代だったのかと思うと、改めて何のために働いてきたのか、会社で利益を上げることに何の意味があったのかと虚しさを覚えます。ほとんどの人が大切にしたいものはと問われて、自分とか家族とかを挙げて、身の回りの幸せだけを追い求めるのもわかります。
さて、『闘わなければ社会は壊れる』を読み終えましたが、ポスト資本主義の社会運動論は人間性の回復に目を開かせる勇気がもらえる論考でした。先日、公害病患者の支援団体の理事長が言っていましたが、さまざまな運動組織のほとんどは、裁判が終わると、その運動が終わってしまうとのことでした。裁判の勝ち負けは賠償を得るか得られないかで決まります。争っても3回で終わる有限の運動です。でもそれで当事者は一応の成果が上がっても、構造が変わらなければ、何度も同種の過ちは起こり得ます。異議申し立てを続ける人がいなければ、力を持つ側はそれでいいんだと値踏みしてきます。特に運動体に属していなくてもおかしいと考えることがあれば、避けるのではなく相手のためにもなると考えて向き合いたいと思いました。

話す書く能力といいながら

2020年度から始まる大学入学共通テストで活用予定だった英語民間試験について一転導入見送りとなったことは、まずは歓迎したいと思います。外国語の話す書く能力を測るといいながらなぜ英語だけなのか、という気がします。確かに公用語として英語が席巻しているのは分かりますが、どうしても英語の技能だけが重視されるのが気に入りません。これから技術が発展すれば、自動翻訳はますます優れてきて日常的なコミュニケーションでは、差しさわりがない感じを受けます。どの学問分野であれ、専門を究めれば究めるほど専門用語がごく狭い範囲の研究者でしか通用しないので、外国語よりも専門領域の理解が先ではないかと思います。海外留学の予定もない受験生にまで国主導で民間英語試験業者の懐を満たさせるのも公正さを欠く話です。

焼失した展示物の価値が惜しい

13カ月前に訪問した首里城が焼失したニュースは驚きでした。復元した建物の焼失はもちろんですが、建物内部に展示されていた数々の文化財の焼失が残念でなりません。失火原因はこれから究明されることになるでしょうが、こうした貴重な資料を収蔵する施設は、どこであれ防火対策の見直しが急務のことと思います。
もう一つ、身近なニュースとして法務大臣の辞任がありました。10月1日付けで私が受け取った人権擁護委員の委嘱状は今回辞任した大臣名で出されています。ついこの前まで隣国の法相人事をメディアはやんやと取り上げていましたが、足元の資質もこんなものです。委嘱状が1カ月間で色あせてしまいました。新任委員にとっても失礼な出来事です。レアものの委嘱状として嗤い飛ばすしかありません。

組織の内と外

昨夜は地元行政関係者の方々と話す機会がありました。組織の内からは見えないこと、組織の外からは見えることを感じました。特に地方自治体行政の要は教育と福祉の充実にあると考えます。それなしには経済振興も何もあったものではありません。たとえば、義務教育の公立小中学校の人事権は政令指定市を除けば地元行政にはなく、能力資質に欠ける職員が押し付けられることもあると思います。国も地方自治体の県も市も対等であるのは行政法のイロハですが、さほど行政経験もない学校長やら指導主事やらの中には、自分たちは県職員であって市職員をバカにしているフシもあります。まさに身の丈を知らないとはこのことです。

場外展の成功

一度さまざまな妨害に遭って中止となった、表現の不自由展が10月8日、再開しました。この間、表現の自由を力づくで破壊しようとする社会の在り様があぶりだされて、場外展と合わせたテーマ発信としては成功したのではという見方もできます。会場展再開にあたって望みたかったのは、数々の破壊活動の記録の展示も行うべきではなかったかと思います。たとえば、水俣病歴史考証館では、被害者への匿名の差別ハガキが展示されていますが、そうした人間が犯す誤ちを直視できる教育的機会の場の提供は重要です。今回のように県が公的に支援しているのならなおさら追加展示すべきと考えます。再開展で入場制限されているのは残念ですが、金属探知機を利用して安全確保しているのは別に気になりません。海外の観光施設では、以前からよくある対策です。

公正な選挙監視から投票参加啓発へ

このたび就任した新しい仕事として宇土市選挙管理委員があります。9月24日の宇土市議会本会議で行われた選挙管理委員の選挙において当選しました。任期は9月27日からの4年間となります。選挙管理委員会は、行政委員会のひとつで、地方自治法に基づき普通地方公共団体に設置されるものです。公正な選挙を行うため、長から独立した機関として置かれます。もともとは公正な選挙監視の役割が強かったのですが、昨今は有権者に対して投票への参加を呼び掛ける啓発活動にも力を入れています。市の投票率をアップさせるため、貢献したいと思います。

人権擁護について学ぶ

人権擁護委員に委嘱されたのを機会に改めて人権擁護について学び直してみたいと思います。順序が逆ではないかといわれるのはよく承知していますが、何事もその立場や環境に置かれないと、我が事として理解すること、身に付くことはないと思います。たとえば、行政書士という資格も試験に合格した人は有することができますが、それでは実務ができるかというとまったくそんなことはありません。依頼者にとってその案件が初めての経験であるのと同様に、専門家にしても初めての事例ということはありえると思います。人権擁護委員は、法務大臣が委嘱した民間の人達で、人権擁護機関を構成する一翼を担っています。人権擁護委員制度は、様々な分野の人たちが、地域の中で人権尊重思想を広め、住民の人権が侵害されないように配慮し、人権を擁護していくことが望ましいという考えから1948年(昨年が70周年)に創設されたものであり、諸外国にも例を見ないものです。現在、約14000名の委員が全国の各市町村に配置され、地域に密着した積極的な活動を行っています。ちなみに人権という言葉が日本でも知られるようになったのには、世界人権宣言第1条の存在が大きいと思います。それには、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。」とあります。つまり、国籍を問わない共通テーマです。

迷惑な人たちをどう更生させるか

地元紙の読者投稿欄には、ときおりトンデモ論がよく載ります。先日も中国により沖縄が侵略されると書かれた駄文が紙面を汚していました。たぶん沖縄のローカル紙でこうした投稿が載れば(投稿者の人権擁護の観点から載ることはないでしょうけど)、投稿者の知性がまず疑われると思います。現在の沖縄がかつて攻められて占領を受けたことがあるのは、中国からではなく、日本(琉球処分)と米国からだけです。太平洋戦争当時の沖縄では県民の4人に1人が犠牲となりましたが、住民が日本軍(スパイ容疑や壕からの追い出し)や米国軍に殺された史実はありますが、中国軍に殺された史実はありません。外国人を排斥する輩には、安田浩一著『愛国という名の亡国』(河出新書、880円+税、2019年)をぜひ読んでもらいたいと思います(たぶん読む勇気はもってもらえないかもしれませんが)。ヘイトスピーチに乗る人の知性の欠落がよく描かれていると思います。誰しもが発言できる自由な社会は保障されなければなりませんが、たとえば不都合な史実を知らずに、フェイク情報を拡散するようなことは、社会の発展のためにはならない非常に迷惑な行為です。多くの場合、匿名でそれらの行為がなされており、更生してもらうのが困難であることも事実です。本書では、著者による反論に答えられるだけの知性をもたない人たちの一端が明らかにされています。

活かすも消滅も人次第

昨日はかねてからお話を伺いたかった元自治体首長をお招きしての講演会を開きました。たとえ農村地域であってもよく見渡せばタダの資源に満ちていることがあります。それをどう活用して潤うか、そこに住む人の知恵にかかっています。講師の地域では地元が潤い若い住民人口も増えています。知財産業であれば、農村でも仕事ができるといいます。なかなか力が湧く話が満載でした。

9月スタート

8月後半は割と外の用件が多く、あっという間でしたが、雨天続きで日韓関係同様、晴れ晴れしい気分にはなりませんでした。各地で韓日便が運休へ向かっています。香港も穏やかではありませんし、1か月後には消費税率アップとなります。観光が潤わないのはもったいない気がします。

知恵者はいないのか

日韓問題をめぐるTVコメンテーターの発言の多くを聴いていると、場当たり的な発言が多く、報道の後追いで事態を大げさに煽ることで存在感を高める手合いがほとんどです。中には一度謝罪したら後はどうでもいいみたいな短絡的発言もあり、国家間の付き合いだけでなく生活者の付き合いでもそれは破たんするだろうという思慮のなさを露呈しています。放っておくしかない的な発言にいたっては、自ら無能である旨を示しているのにほかなりません。その場の一時の感情ではなく、歴史や哲学、精神分析、心理学、その他の知恵を借りて対話することが必要です。無用な対立でさまざまな利益を失わさせていること自体が、最大の裏切りです。

売買と賃貸借に関する民法改正

昨日は他の士業団体主催の研修に参加しました。テーマは民法改正とあって関心が高く、当初の定員400名を上回る600名近くの出席者がありました。こちらの団体は、会員外にも門戸を開いており、前にも参加したことがありました。今年は自身の所属団体の研修責任者を務めていることもあり、運営の視点からも参考になりました。
肝心の民法改正の背景として法律そのものが国民に分かりにくくなっており、これに120年間積み上げられてきた通説・判例を条文に書き込み、条文を読めば国民に分かってもらえるようにするというのがありました。そういえばそうだなと思います。法律が法律を理解するプロだけのためにあり、本来守られるべき国民にとって分かりにくいものであるということを当然のこととして受け入れてしまっているのは良くないことだと思いました。
写真は、記事とは関係ありません。

親近感を持てる同世代の著者の一人

小熊英二氏の著書『日本のしくみ』(講談社現代新書、1300+税、2019年)を初めて読みます。同氏の論考は、これまでよく新聞で目にしていました。さまざまな構造分析に秀でていて地頭がいい方だなあという印象をもっています。以前、水俣病センター相思社を訪ねてこられたとき、そのまま維持会員登録をしていただいたと聞いています。研究者である前に普通の生活感覚を持っておられる人だと思います。その印象が強いのは、同氏がかつて勤務されていた岩波書店が出している月刊誌の『世界』で、自身の父親の半生を描いた連載を読んだことがあったからです。この連載は『生きて帰ってきた男』として書籍化されていますが、読んで戦後の人々の暮らしの雰囲気が伝わり、懐かしさを覚えます。もっとも、同氏の父親は抑留体験を持ち、大学職員やスポーツ店経営の経験があります。東京郊外に住み、家庭を持ちます。二人の息子のうち、同氏の兄にあたる長男は中学時代に亡くす不遇もあります。何がいいたいかといえば、ごく普通の生活者の体験が社会のあり方を考える際に不可欠なのではないかと思います。最初からいわゆる勝ち組、それも本人の能力ではなくて何の苦労もない生活に浸りきっていて、社会をどう変えていくべきか考えつくだろうかと思います。