カテゴリー別アーカイブ: 歴史

次に読む本は『拉致と日本人』

これから読む本は、蓮池透・辛淑玉著『拉致と日本人』(岩波書店、1700円+税、2017年) です。両著者の本は初めてですが、これまでの新聞取材等で知る発言を辿ると、ぶれずに真っ当なことを話す人だという印象を持っています。日ごろ襟に青リボンの徽章を着けて威勢がいい割には、日本と周辺地域との歴史に疎そうな人たちにも読んでもらいたいものだと思います。

アジアは近い

肥薩おれんじ鉄道に乗って水俣にある財団の評議員会に出席してきました。同財団には国際NGOとしての活躍を期待しています。海外からの研修を受け入れたり、海外向け情報発信を行っています。将来的には海外出身の職員が誕生してもいいと思います。車中で山室信一著『アジアびとの風姿』を読みましたが、かつて熊本人が近隣アジアに渡っていろんな足跡を残した歴史があります。それがけっして当地の人々の幸福につながったわけではありませんが、その距離は現代よりもはるかに近さを感じます。
帰宅したら先日お手伝いした在留資格申請者(新規)から資格取得のお礼の電話がありました。嬉しいものです。
今週も社会福祉系の2法人の評議員会に出席します。

悪だくみを止めさせよう

なんとも出来の悪い「共謀罪」法案が成立しました。法案を作った法務省とその責任者の大臣の資質もでたらめですし、国会審議も姑息な時間稼ぎだけで、まったく立法の責任が果たされているとはいえません。こんないい加減な連中に政治を任せられない思いを強くします。さて、昨日の熊本日日新聞「読者ひろば」欄において私の投稿「今日に通じる井上毅の精神」が採用掲載されていました。誤解のないために書き添えますが、井上が起草した明治憲法や旧皇室典範、教育勅語の精神は今日的意義はありません。

史実を辿る

つい100年ほど前の史実でさえ研究者の導きがなければ知らないものだと、山室信一著『アジアびとの風姿』を読むと思わされます。近代日本における法制度の発展についても同書は第一級の情報の宝庫だと思いますが、台湾や朝鮮など、周辺地域の支配をどのように行ってきたか、それを知るのと知らないのでは、現在はもちろん将来にわたってそれらの地域の人たちとどう向き合っていくべきかがわからないことになってしまうと思います。

法制史における肥後藩の学知

山室信一著『アジアびとの風姿』を読んでいます。日本の国民国家形成のグランドデザイナーとして法制官僚・井上毅という熊本出身の人がいましたが、欧米法を学ぶ前に肥後藩で刑法典を学んでいます。その肥後藩は江戸時代に260藩あるなかでも律令研究や制度運用が進んでいた藩であったそうです。その律令は中国、つまり当時の清に学んだものですが、おもしろいのは、井上の存在によって中国(清)、日本(肥後)、フランス・ドイツ、日本(新政府)、中国(清)の順で法制の影響がつながっていることです。薩長土肥の縁故世界とは離れた法制発達の世界にはたいへん興味深いものがあります。写真は投稿とはまったく関係なく、えがお健康スタジアムです。

『アジアびとの風姿』

昨日から山室信一氏のもう一冊の最新著『アジアびとの風姿』を読み始めています。おりにふれて感想を投稿したいと思います。それと県高校総体明けのため月曜のホームゲーム開催となったロアッソ熊本の京都戦を観にこれからでかけます。おそらく観客が少ないでしょうから、貴重な勝ち組になりたいものです。

「比較で見る」と「後ろの眼」

人生が有限である以上、無知のままでいるか、学知に触れるかで、個人の一生やその集合体である社会のありようは大きく異なる気がします。その学知に触れるにも手法を間違ってしまうとそれは学知にならないのではと思います。ようやく山室信一著『アジアの思想史脈』を本日読了しました。きょう読み進めた箇所でも著者のエッセンスを感じました。
p.318「何よりも、自己の学知の固有性を問い返すことは、決して夜郎自大の自己中心主義ではなく、新たな自己認識に繋がるはずです。つまり自分が対抗しつつ、自分が一体何なのかという、自分の立場、スタンスをきちんとそこで見きわめるということです。他との違いでこそしか、それはわかりませんから、他との違いで見る。もちろん自分のことは自分が一番知っていると思うかもしれませんが、自分のことが一番わからないのも自分です。ですから他との比較の中で、自分の位置というものをきちんと見ていく必要があるわけです。」
また、歴史に学ぶとはどういうことなのかについては、次の言葉が突き刺さりました。
p.330「人には誰も「後ろから押しているもの」があり、それは先人であったということです。私が何ものかを学ぶことができたとすれば、それは私より先に生まれた人々に、さまざまな考え方や生き方を示してもらったことに依っています。何よりも、ものごとを考えるための言葉や概念を受け継がなければ、何もできなかったはずです。」「さらに、「後ろの眼」は、また違った意味でも、私たちの今、を凝視しているように思えています。それは、後代の人たちから差し向けられる眼差しです。」

言論の力

またしても山室信一氏著『アジアの思想史脈』からの引用になりますが、p.252において足尾鉱毒事件で被害民のために闘った田中正造の日記の一節が紹介されています。「道は二途あり。殺伐をもってせるを野獣の戦いとし、天理をもってせるを人類とす」。山室氏は、その意味するところは、武力をもって戦えば、人間は獣と同じになってしまうが、人間は言論の力によって「権利のための闘争」を戦うことが肝要であるということ、と語ります。
話は飛躍するのですが、ちょうど地元紙の熊本日日新聞において「水俣病60年 第7部 なぎさの向こうに 闘争は問う」という連載があって、「水俣病を告発する会」の創成期の関係者の証言を紙面で目にしています。実際に私もかかわった人たちの名前もその連載に登場するのですが、やはりそこで感じたのが言論・言葉の力でした。現在のネット上で飛び交う極めて皮相的・断片的コピーではなく、対決する相手を恥じ入らせてしまう研ぎ澄まされた思想や論理構成があったように思います。
それは個人の深い修行だけでなく、学際的な付き合いによる触発も大きいように思います。いまそうした場がたいへん少なくなっている気がします。

理想は実行すべきものなり

山室信一著『アジアの思想史脈』のp.108で、宮崎滔天の『三十三年の夢』の一節を引いています。余おもえらく「理想は実行すべきものなり、実行すべかざるものは夢想なり」と。
さらに、山室氏の同書p.107にはこのような記述があります。講演録が下敷きになっているので口述体となっています。少し長いですが、引用します。「ここまでで申し上げてきたようなことを考えるとき私は、「理想」とは何か、あるいは「恐るべき現実主義の死角」とは何か、という問いへのヒントを秘めたものが『三十三年の夢』ではないかと思われてきます。戦後――あるいは中江兆民も指摘していたことですから戦後だけではないのでしょうが――、日本人は「小才」によって時勢に対応し、現実主義的に世の中を渡ってきました。それは戦前にあっては日本の近代化を支えた、ひとつの大きな力だったと思います。しかし、兆民の言葉を借りれば、それゆえに「日本に哲学なし」となってしまうのではないでしょうか。「現実主義」にうまく乗れば乗るほど、それは「哲学」を生まない社会になっていく、「思想」を生まない社会になっていくのです。」
戦後施行の憲法を「みっともない」といい、出来の悪い共謀罪法案を通そうとする連中の思惑の先に、何の理想があるのか、哲学や思想と呼べる代物があるならぜひ語ってもらいたいものです。

アジアびと

北の国からの飛び道具の脅威が喧伝されていたかと思うと、皇室関係の慶事ニュースに隠れて、出来損ないの法案採決をやろうなどと、どんな共謀があったのかと、勘繰りたくもなります。それはそうと、かえって昔の人々の方がアジアの人との付き合いは深かったのでは思うこともあります。相手の人権を考えた判断ができているのか、行動の際には振り返りたいと思います。

近現代アジアをめぐる思想連鎖

次に読みたい本が決まっているというのは、実に楽しいものです。一方で、先に読みかけの本の知的消化にソゴをきたさないかが悩みとなります。そこで、次に手にする予定の本はというと、山室信一著『アジアの思想史脈』(人文書院、3,400円+税、2017年)です。今月刊行したばかりです。「近現代アジアをめぐる思想連鎖」の同著者姉妹本として、『アジアびとの風姿』も同時刊行です。こちらは、功罪半ばする熊本人が数多く取り上げられています。

歴史の愉しみ

関良基著『赤松小三郎ともう一つの明治維新』(作品社、1800円+税、2016年)を今読み進めています。赤松小三郎は本書で初めて知った人物ですが、今日の立憲主義を先取りする構想力を持った人物がいたことに驚きました。著者の思い入れも強くその追跡ぶりが徹底しています。同郷であることとテロで倒れた赤松終焉の地・京都で学んだ結びつきも、この著者の存在なくして陽が当たることはなかったと思います。赤松を排除した影には大久保や西郷といった薩摩が絡んでいると著者はにらんでいます。そして今日の立憲主義を踏みにじる政権も大久保の子孫や長州出身の流れがあるのが皮肉ですし、そのことが余計執筆の動機を強めたようです。久々に気合が入った著作に出会いました。

移民と人権

昨日午後は、コムスタカ主催のシンポジウム「移民と人権」に聴講参加しました。国際関係を扱う行政書士の会員も数名参加しました。米国の在福岡領事館から外交官を招いての講演でした。米国の歴史は移民を抜きにしてありません。独立前から4度の波があったことが最初に解説されました。政権が変わりいろいろと混乱が続いていますが、歴史に学べばどうすべきかいずれ賢い選択をとるのではという期待もあります。それに引き換え頑なな日本の移民政策、加えて難民対応は転換を図らなければ、同じ地球住民の責任を果たしたことにはならないばかりか、自滅への道を辿りかねない思いをいだきます。写真は、会場に向かう際に乗車した宇土駅に入線していたフリーゲージトレインです。

清掃活動

恒例の立岡自然公園の清掃活動に参加しました。かれこれここ5年ぐらい出ているかと思います。婦人会主催の事業ですが、嘱託会や民生委員、小学校の児童も参加します。この公園は、桜の名所として有名でしたが、このところは菖蒲やコスモスなど季節に応じた花を楽しめるよう生まれ変わってきています。今度、コメリ系の財団から市へ寄付があったそうです。付近には5世紀後半の舟形石棺が出土した楢崎古墳もあります。

所変われば

先日、鹿児島県霧島市へ出張しました。今さらですが、JRの車窓から見える墓地に屋根があるのに気が付きました。よく学校の自転車駐輪場に設置されているようなスレート葺きの屋根です。目的としては、桜島の降灰除け、供花などが傷まないための日除けがあるようです。同じ県内でも八代あたりでは電球が墓石の上に張ってあるのを見かけた覚えがあります。先祖への思い入れに違いがあって興味深いです。

人は助け合わなければ生きられない

最近、酒席の場で、「障害者を支援するのは無駄。自分が障害者になったら自殺する」と発言する方に遭う機会がありました。そういう発言をするのは不適格な職務に就いておられることもあり、さすがに「それでは先の相模原の殺人犯と同じ考えであり、間違っている」と即座に反論しましたが、まったく応えていないようでした。障害者を厄介者扱いする考え方は、歴史上確かにあり、ナチス政権時代のドイツでは優生学思想に則った断種法が施行されました。しかし、落ち着いて考えればだれでもわかることですが、障害者と健常者に人間としての尊厳の違いがあるのでしょうか。だれしも意図せずして障害をもつリスクがあります。障害をもつゆえの能力もあります。人は助け合いながら生きています。納税の源は消費や雇用があってのことです。障害者は消費や雇用と無縁の世界にはいません。医療や介護の仕事がない社会で人が生きることはできません。それこそ、自殺した人の遺体すらも誰か人の手を借りなければ埋葬すらできないのです。厄介者は、先のあなた自身となりかねない滑稽さを感じました。

事件否定のトンデモ思考の不思議

アパホテルの客室に配置された南京事件否定書籍のおかげで改めて事件について考えるきっかけが生まれました。この事件には、熊本で編成された旧日本陸軍の第6師団第13連隊もかかわっていた史実があります。よく引用されることが多い資料として、熊本日日新聞社発行による『熊本兵団戦史』があり、それには「しかし実際には前述のように四十三万人の中には正規の戦闘行為による戦死者が大部分を占めていると推定される。もし戦闘行為を含むものであれば、第六師団は中国軍にとって最大の加害者であることに間違いはない。北支の戦場において、また直前の湖東会戦において、熊本兵団が敵に加えた打撃はきわめて大で、余山鎮、三家村付近だけでも死屍るいるいの損害を与えていた。のみならず南京攻略戦では南京城西側・長江河岸間は敵の退路に当たり、敗兵と難民がごっちゃになって第六師団の眼前を壊走した。師団の歩砲兵は任務上当然追撃の銃砲弾を浴びせ、このため一帯の沼沢は死屍で埋められたという。これは明らかに正規の戦闘行為によるものである。にもかかわらず中国側は虐殺として取り扱っている。」とあります。最後の一文にある通り、本書の著者の見解は、戦争だから「虐殺」ではないという、郷土兵団への思い入れが相当ありますが、少なくとも相当の殺人があったことは、事実として押さえています。少なくとも万の単位の中国軍人(捕虜、投降兵など)、民間人に対する「虐殺」が存在した、というのは、すでに史実としてつまりプロの歴史家の常識として確定しています。ですから、当時の南京市民が30万人もいないからという理由だけでなかったとか、城内は平穏だったからなかったとかというのは、何が何でも事件を認めたくないという妄想でしかありません。

天草四郎ゆかりの里

昨日は宇土市旭町にある大星で昼食をとりました。ここには写真の看板があります。天草四郎が岩古曽町に今もある如来寺で教育を受けたという記述があります。お寺の役割として宗教施設にとどまらず学校機能があったのだなと思います。さて、きょうは上天草市大矢野町の高校まで行ってきます。

無知と無恥

あるホテルの全客室に、日中戦争中の南京事件について否定的な書籍が置かれていることが、中国で問題視され批判が相次いでいます。この系列ホテルには昨年11月に私も宿泊したことがあり、問題の書籍の配置には気づいていました。一読すると、ホテル経営者である著者の事実を見ずに自己の妄想だけで主張を展開する内容に、苦笑せざるを得ませんでした。ホテル事業で一定の成功を収めた人物にもかかわらず、その思考能力は幼稚で、わざわざ宿泊客に自分の無知さをさらす無恥な人間であるという愚を犯しているとしか思えませんでした。南京事件否定論者は中国側の主張する死者数が過大であることをもってして、事件自体がなかったということにしたがっています。しかし、これはまったく論理が破たんした話です。死者数にかかわらず虐殺が起きたことからどこの国民であれ目をそらしてはならないのです。よく中国に対して日本政府は法の支配や国際法の順守ということを求めます。であるなら、どういう事実があったかということが、出発点になります。事件の一部分だけをとらえて全体を歪めた言動は、法の支配や国際法の順守を理解できる知性をもった人物とみなされないのが常識です。

払えば済むものとそうでないもの

昨日、源泉所得税や法人県民税、法人住民税などを納めてきました。当社の場合、小規模な会社ですからけっして多い額ではありませんが、納めると気分が晴れやかになります。この税金がどうのように活用されていくのか、まさしく政治参加のためのチケットを得たような気分になります。そうかといって、今、日韓において10億円払ったからとか、逆に10億円返すからとかいう話は、不毛の対立を作るだけでいただけない話です。ビジネスではない問題ですから、性急な結論をもとめるのではなく、しばらく静観放置するべきだと思います。