歴史」カテゴリーアーカイブ

無知を知る

藪野裕三著『有権者って誰?』は、中高生など若い有権者向けに書かれた本でしたが、55年体制後の有権者の投票行動の変遷を知るにはいいテキストでした。一票の集積が55年体制に大きな変化を与えた政治テーマとして著者は、消費税導入を指摘しています。確かに消費税は、全世代の国民に係るテーマで、現在の新型コロナ対策に匹敵するものです。あと同書で興味深かったのが、大学進学率の向上の一方で、勤労生活からもたらされる社会課題への関心の低下という流れでした。有権者の年齢下限が近年18歳に下がりましたが、今高校を卒業して働く国民の方が少数派です。それと労働組合そのものの組織率が低くなり、組織されていても力がなく、働きながら社会課題を考え政治を語ることがなくなってきています。社会にいながら政治に主体的に参加する環境が失われてきています。本来は学校教育の場で政治参加について学ぶのですが、投票を促す教育はあっても、社会課題について意見を交わす素地がないのではと思います。私が在学していたころはまだしも社会のことを考える教員がいましたが、今は組合活動をする教員と出会う機会がほとんどありません。市民運動を支援するような教員と出会うことはまれです。極端に言えば社会について無知な勤労者が増えているのではないかと思います。まずは自分の無知を知ることから始めたいと思います。自分とは立場が異なる人の存在を知ることを努めたいものです。

知の力

まだ読んだことはありませんでしたが、『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』、『21Lessons』など、人類史の視点から世界的ベストセラー書を出しているイスラエルのユヴェル・ノア・ハラリ氏のインタビューが昨日の朝日新聞に載っていて、なかなかいいことを言ってました。
「情報を得て自発的に行動できる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間に比べて危機にうまく対処できます」ということからは、独裁よりも民主主義と市民の視点で政府を監視するメディアの力に信頼を置いていることがうかがえました。ウイルス感染の危機が去るまで数年は覚悟しないといけないと思いますが、それを達成するのは政治リーダーだけでなく国民の知の力がどれだけ備わっているかにかかっていると思います。
「無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる」ことこそ危険なことはなく、憎しみではなく国際的な連帯が必要とも言っています。ここでも耳を傾けるべきなのは科学的な専門家の声です。科学には医学だけではなく、歴史といった人文科学の知も含まれます。ウソを見破る知の知からをこういう環境だからこそ全世代が培うべきだと思います。

どっちみち妖怪

八代市の博物館では、しばしば松井文庫所蔵の「百鬼夜行図」が展示されており、過去の展示会で見に行ったことがあります。この絵巻は、江戸時代の1832年、細川家の御用絵師矢野派の絵師によって描かれたもので、58種の妖怪たちが登場しています。熊本ゆかりの″アマビエ″は描かれていませんが、「ぬらりひょん」や「いそがし」、「どふもこふも」など、名称からしてユニークで現代にもいそうな妖怪が載っていて楽しい絵巻です。地方議会における公務員の虎の巻本には、答弁の際の有用な言葉として、「いずれにいたしましても」という枕詞があるそうですが、これは根拠理由の説明をぼかして結論だけ述べる際に使えるそうです。いわんとすることは、「どっちみち」という意味で、説明責任を果たしたくない議場内に巣くう妖怪たちが好むとされています。八代の妖怪絵巻はもともと松井の殿様が描かせたものでしたが、妖怪図鑑に名を借りた人間観察図鑑だったのではと思えます。

無料コンテンツを楽しむ

外出自粛を受けて無料コンテンツの配信が盛んです。コミックの三国志などは、ほとんど全巻読めます。合従連衡の物語といい、智者愚者入り乱れての様々な登場人物といい、飽きないコンテンツです。リーダーと策士の資質がいつの時代にあっても決め手なのにも気づかされます。

信頼できるか

本日届いた水俣病センター相思社の機関誌『ごんずい』を読んでいたら、故・川本輝夫氏の子息の思い出話として人権擁護委員に水俣病被害の相談に行ったら「すでに終わった話」「カネが欲しいのか」と言われさらなる人権侵害を受けたことが載っていました。確かに人権擁護委員の立場にありながらどうかと思う人はいます。その自覚がないからその立場にいるのではとも思います。今号の『ごんずい』は、韓国浦項における水銀公害や戦前・戦中までの現在の北朝鮮興南におけるチッソの植民地支配のありようをリポートしていて、読みごたえがありました。このところ新型コロナと東京五輪関連のニュースが席巻していますが、日韓関係の信頼回復や北朝鮮拉致被害者帰還問題の進展は聞こえてきません。政治リーダーに信頼できるかしっかり見ていこうと思います。

明治の法制官僚なら

国家公務員法の定年延長規定は、検察庁法には適用されないという過去の政府見解が明らかにされました。そうなると、時の政権におもねる検察官を検事総長へ据えるために定年を延長するのは誤りとなるのですが、法務大臣の答弁はこれを無視する内容でした。法律を破って就かせた検事総長がいるというのでは、世界の笑いものです。近代国家のグランドデザインを描いた法制官僚の研究者の山室信一氏(写真の書籍の著者の一人)なら何と言われるか、聞いてみたい気がします。

「家族の幸せ」の経済学

今度読んでみたいと思ったのが、『「家族の幸せ」の経済学』です。現実に起こっている現象を見極めるためにはさまざまな事実を押さえることが重要です。副総理が過去2000年の民族と王朝について不見識を露呈しました。現在の北海道や沖縄がどうだったか、少し考えれば変な発言は出ないはずですが、あまりにも歴史知識が劣っていて恥ずかしい限りです。

御正忌報恩講

生前寺参りをすることがなかった父が亡くなってから、否応なく寺の行事情報に触れる機会が多くなっています。御正忌報恩講の案内がありましたが、宗祖親鸞聖人の命日である1月16日まで、だいたい1月9日から連日、恩徳を偲ぶ法要のことだそうです。もちろん寺によってその期間は短縮されているようです。京都の本部ではインターネット中継もなされています。ところで私は、親鸞の没後ちょうど700年後に生を受けたのだなというのも改めて知りました。

歴史家養成

タイトルは「なぜ歴史を学ぶのか」となっていますが、読み進めるほどに歴史家の養成が大切だと思いました。事実を正確に記録して後世に伝えることが、後世の幸せな社会づくりにいかに重要かという気持ちを抱きました。どんな事件でもそうですが、それが起きたことさえないかのようにもしも発言する人物がいたとしたら、それを見聞した人物は、ぜひその事実を記録して後世に伝えてほしいと思います。歴史が歪められたときに人は何度も同じ過ちを繰り返してしまいます。

なぜ歴史を学ぶのか

この1ヵ月間、有斐閣の「ポケット六法」以外、読書から遠ざかっていました。本日、リン・ハント著の『なぜ歴史を学ぶのか』(岩波書店、1600円+税、2019年)が手元に届きますので、読んでみます。それと、最近の朝日新聞紙面では、16日の「文化の扉」欄の記事が読み応えあり、お得でした。今年8月に亡くなった米国の歴史学者・ウォーラースティンの業績について分かりやすく触れられていました。大局を描ける記者、書き手が少なくなっている中で、こうした記事は購読の甲斐があります。

焼き場に立つ少年と同世代の父

【通夜の席でのあいさつ文を掲載します / 写真の寺と会場は関係ありません】
本日は父・関成行との別れのためにご参列いただきまして、誠にありがとうございます。
晩年の父がかねがね口にしておりましたのは、良き伴侶や4人の可愛い孫に恵まれて幸せだということでした。最期も特別養護老人ホーム照光苑の穏やかな環境のもとで迎えることができ、人生に悔いはなかっただろうと思います。私どもとしては、もちろん寂しさはありますが、それ以上に家族を見守り人生を全うした父を誇らしく思い、褒めてあげたい気持ちの方が強くあります。
ここで父の人生を紹介させていただきます。父は、昭和9年11月8日、農家の5男として当地で生まれました。小学5年生の夏に終戦を迎えるのですが、当時一番上の兄は出征中で、終戦間際に実家を空襲で焼失する体験をしています。私も子ども時代に父の実家で、焼夷弾の残骸の鉄くずが、漬物石代わりに使われていたのを見た覚えがあります。
昭和29年に当時の熊本鉄道高校、今の開新高校を卒業し、当時の保安隊、現在の陸上自衛隊に入ります。昭和35年に結婚、その後、二人の息子が生まれます。長崎県大村市や北海道滝川市での勤務を経て昭和44年から熊本へ戻りました。昭和62年に定年退官しました。自衛隊勤務時代は、幾度か災害派遣出動はありましたが、平和な時代のうちに勤めあげることができました。さまざまな免許取得にも励み、隊の中では自動車運転教習の教官も務めました。ですが、家庭内での父の操縦については、喪主を務める母が数段上手で夫婦で家計をやり繰りしてきました。
仕事外では、スポーツや趣味にも励みました。新年は地区の駅伝に何年も出ていましたし、四段の腕前を持つ銃剣道では私の結婚式前の大会でアキレス腱を切り、披露宴では車いすで参加したのも我が家の一つ話の大きな思い出です。私たち兄弟の子ども時代、本人はまったく本を読みませんでしたが、子どもに本の買ってくるのは好きな父でした。おかげで、二人の息子は東京の大学へ進むことができました。本人は定年退職後に吉川英治全集を読むといって買い込んだのですが、結局1冊も読み終わらないまま書棚を占有しています。
このようにだいたい自分が行いことは行って満足だったと思います。見送る遺族としては、父にならって悔いの残らない生き方を続けたいと思います。みなさんに見送られて父もたいへん喜んでいると思います。本当にありがとうございました。

人吉訪問

秋の人吉を訪ねる機会がありました。地元からだと途中休憩を入れても車で60分の距離です。3年ぶりにおじゃました永国寺の本堂が立派で木彫り部分に見入りました。

この30年で変わったもの

この30年で変わったものとして国際社会について東側とか西側とかいう色分けや言葉がなくなりました。今ではドイツが東西に分かれていたことを知る世代も中高年以上になりました。ソ連の解体はそれより少し後ですが、それすらも同じだといえます。それ以外の地域でも分裂や紛争があり、国際関係はずいぶんと様変わりしています。歴史を知らないのもいけないし、自分の経験則に頼りすぎて行動するのも誤りの源です。

焼失した展示物の価値が惜しい

13カ月前に訪問した首里城が焼失したニュースは驚きでした。復元した建物の焼失はもちろんですが、建物内部に展示されていた数々の文化財の焼失が残念でなりません。失火原因はこれから究明されることになるでしょうが、こうした貴重な資料を収蔵する施設は、どこであれ防火対策の見直しが急務のことと思います。
もう一つ、身近なニュースとして法務大臣の辞任がありました。10月1日付けで私が受け取った人権擁護委員の委嘱状は今回辞任した大臣名で出されています。ついこの前まで隣国の法相人事をメディアはやんやと取り上げていましたが、足元の資質もこんなものです。委嘱状が1カ月間で色あせてしまいました。新任委員にとっても失礼な出来事です。レアものの委嘱状として嗤い飛ばすしかありません。

天草コレジヨ館

きょう初めて天草市(旧河浦町)が運営する天草コレジヨ館に立ち寄る機会がありました。世界文化遺産の指定を受けた崎津集落が脚光を浴びていますが、30年前からあるこの施設のことは知りませんでした。コレジヨとはその名の通り宣教師を養成する大学であり、伴天連追放令を受けてキリシタン大名の領地に逃れた宣教師たちが1591年から1597年に開校させました。開校前にヨーロッパへ派遣され帰国した天正少年使節団の少年も学んでいます。宣教の目的は、果たされなくなりますが、ヨーロッパ文化との出会いから伝わった印刷技術や言葉もあります。今もけっして交通至便な場所ではありませんが、海外との交流からしか文化は発展しないことを現在にも教えてくれます。

奴隷制から逃れるには

『隠された奴隷制』を読み終わりました。著者は思想家としてのマルクスの研究者ですので、その分思い入れが強いのを差し引いても、マルクスが示した題名の視点は今日にも色あせていない思いをしました。逆に言えば資本主義を維持する側は徹底して奴隷制の実態を隠そう隠そうとするのも必然です。本書で少し違和感があったのは、企業が企業内教育を減らしていることと企業外での自己啓発ばやりを自己責任強化と結びつけて批判している部分です。まず企業内教育について言えば、確かに人材育成・福利的な側面はありますが、やはりどうしてもその企業だけに通用する内容に偏りがちです。もともとの目的が優秀な奴隷を育てることにあるからです。企業外のいわゆる自己啓発セミナーには確かに洗脳やマルチビジネスなどの悪徳商法の普及が目的のものもあります。しかし、本来的な自己啓発というのは、企業外の社会との交流ということではないかと思います。中高年になってからの大学等での学び直しでもいいですし、自分だけでの読書でもかまわないかと思います。一口で言えば、奴隷ではない人と出会うのが奴隷制から逃れる早道だと思います。

三国志展鑑賞

最も目を引くのはやはり美麗な関羽像でしょうか。神格化極まりないとはこのことと思わせられます。後世の人たちの期待値の高さがうかがえます。特別展以外で同時代の日本の文明を知るのも有益だと思います。会場でもインターネットでも楽しめる武将メーカーを試してみるのもいいかと思います。

奴隷制と日韓関係

植村邦彦著の『隠された奴隷制』では、当然のことながら奴隷制の歴史が紹介されています。たとえば、古代ギリシア・ローマがありますし、米大陸ではイギリスが奴隷制を廃止したのが1833年、そのイギリスから独立したアメリカ合衆国の南部では1865年まで奴隷制が存続していました。およそ150年前のことです。
そして日本が奴隷制と無縁であったかというと、けっしてそうではありません。植民地化した朝鮮半島出身者を徴用工としてまさしく奴隷的な強制労働に従事させました。慰安婦という性奴隷の史実も否定することはできないと考えます。確かに国家と国家は平等の立場ですからその国同士が結んだ条約は有効ではあるでしょう。しかし、現実問題として、締結当時の力関係・国際状況はどうだったのか、もともとの不正義はどちらにあったのか、そこを踏まえる思考は必要です。奴隷的扱いを強いていた側が国の約束は約束だとして、個人の慰謝料請求権(しかもそれは国に対してではなく企業に対しての)に対して過剰反応するのは名誉ある行為とは思われません。かえって相手の尊厳を傷つけることになったのは、あまりにも賢くありませんでした。