カテゴリー別アーカイブ: 教育

アフガニスタンへランドセルを贈る

アフガニスタンの子どもたちへランドセルを贈る活動をしているNGOのことを先週たまたま見たテレビ報道番組で知りました。我が家にも2個のランドセルがありましたので、家族の承諾を得て贈ることにしました。詳しくは、ジョイセフという団体のホームページに載っていますが、傷みがひどくなく、素材に豚革が使用されていないことを条件に、贈ることができます。それと、海外輸送料の負担が必要です。未使用の鉛筆や消しゴムなどの学用品も同送することができます。これも結構あったので、役立ててもらえるのはありがたいと思って入れました。このランドセルを使ってくれた子どもの将来も夢があって楽しみです。

入学式にはしご参加

午前に小学校、午後に中学校と、いずれも自身の卒業校でもある地元小中学校の入学式に参列しました。学校の統廃合が進む中、どちらも地域内トップの大規模校ということで、幸いにも消滅することなくこうした行事を垣間見ることができます。さすがに中学校になると、式の運営の手伝いを在校生がやってくれます。たとえば、受付、胸章取付、控室への誘導、給茶サービスなど、一連の動きをテキパキやってくれます。並みの企業の社員よりもはるかに気が利いています。式典会場のステージにはずらりと14本もの優勝旗が並び壮観です。新入生入場の伴奏その他も吹奏楽部による生演奏とあって、数日前まで小学生だった新入生からすると、在校生が眩しい存在に見えることだと思います。しかし、その新入生代表の誓いの言葉の挨拶も立派なもので、素晴らしいなと思いました。地域の将来を担う生徒の素質を学校が摘むことなく成長してほしいと願います。

道徳を教科とするのは不適切

道徳を教科とするのは不適切だと、それとは一見関係のない昨日の証人喚問を見ていて思いました。道徳というのはまさに内面の問題であってそれが正しいか正しくないかを他者が決めることはできません。これが法律なら問題の言動が正しいか正しくないかを決めることができます。証人喚問でいえば、証言を拒否することはできても、それを道徳的にどう見るかは関係者の立場によってどうにでも変わります。公務員の仕事を法的に適正に行ったかどうかについては、いくらでも追及してかまわないことです。教科として必要なら法教育ではないかという気がします。

保育園卒園式に出席

毎年お招きをいただいている近くの保育園卒園式に出席しました。今年で45回目を数え、卒園児も1000人を超えました。ということは、第1回卒園の方も50歳に達しているわけで、いずれ3世代が卒園という世帯も出てくるかもしれません。式の終わり方で卒園児が「ドキドキドン!1年生」の歌を披露してくれるのですが、いつも来賓の大人たちに初心に還れと言われているみたいで、ドキドキします。

映画でも見たい作品

今、読んでいるイレーナ・パウエル著『ホローコーストを生き抜く』は、もしも映画化されれば絶対見たい作品です。ナチス時代のユダヤ人絶滅の史実を分かっているようでまだまだ知らないことが多かった思いをします。たとえば、ポーランドは、国境線がウクライナ寄りに動いたり、ドイツ寄りに動いたりした国です。その地域に暮らす民族構成もしばしば変動しました。互いへの感情も知らないことが多かったことを認識しました。無知であるために起こりうる過ちの悲惨さを世界中の人間が知るべきだと思いました。

我が担任に学ぶ

今にして思うのは、高校1年と2年のときの担任の先生に学ぶことが多いということです。1年のときは美術の先生でしたが、その教科を履修することはありませんでしたので、授業を受けることはありませんでした。2年のときは国語の先生でしたが、授業はその1年限りでした。その2人の先生に共通しているのは、シニアの年齢になってから旅を続けておられることと、その体験を著作にまとめられたということです。美術の先生は、俳諧の松尾芭蕉の「奥の細道」の足跡をたどり、版画集を著されました。国語の先生は、日本百名山を踏破されましたし、短歌も嗜まれていましたので、その作品も収められていました。旅を続けられることで何かを掴まれたのだと思います。私自身は今のところ旅をしようという気持ちはありませんが、人生の歩みを文章でまとめてみたいものだと思います。ところで、国語の先生の著書の中で、しばしば忘れ物体験が書かれています。私もこのところ忘れることが多いので、それだけは真似たくないものだなと思います。

教育と福祉を厚く

昨日投開票となった沖縄県名護市長選と熊本県水俣市長選は、いずれも企業誘致など経済振興を訴えた新人候補が当選しました。外からモノをもってくるのもいいのですが、もともとその地域に暮らす住民を大切にできるかどうかが、これからの地方の課題だと思います。教育や福祉に厚い自治体には自然と住民が集まり、それがさまざまな企業を呼び込むという考えがもっとあってもいい気がしています。

授業参観

午前中、家族が通学する公立高校の授業参観に行ってきました。世界史の授業でしたが、パワポ資料をスクリーンに投影しながら、流れが分かりやすい授業でした。生徒には当時の人々が何を感じたかを考えさせ発表させるスタイルとなっていました。史実の受け止めだけでなく、当時の人々の立場になって解決方向を提示する発表もあって、たいへん面白く感じました。40年前からすると授業法も随分と進化しています。

反故にするまえに

高校時代の恩師が15年前に記された私家版の著書『反故にするまえに』をいただきました。昨日電話をいただき、新著と共に同書についても話題にしたところ、自宅まで進呈に見えられました。ありがたいことでした。何か御祝の席を設けたいと思いました。

それぞれの百名山

大正生まれの父方の伯父が昨日亡くなりました。先の大戦では無謀な作戦で後年知られた南方戦線からの生き残りでした。戦後は農家の長男として家庭や地域の礎を築いてこられました。そんなことを思っていたところへ高校時代の恩師から著書をいただきました。定年退職後、15年かけて百名山登山の偉業を達成されました。教え子の一人として、自分にとっての登るべき山を探してみたい気にさせられました。

就職ガイダンス

今日は今年最初の就職ガイダンス講師の業務に携わりました。相手にとっては今年どころか人生で初めてという場合もあります。なかなか緊張するものです。ある漢字を間違って教えたのに帰宅してから気づき学校へ連絡して相手に伝えてもらうようにしました。次回は来月になります。気を引き締めて臨みます。

久しぶりの審判

全国高校選抜大会県予選が開かれるということでウエイトリフティング競技の審判に久しぶりに携わりました。このところ地元の行事が重なることが多く足が遠のいていました。有望選手が育つ一方で審判の人材が薄いのが心配です。今週と来月はこの大会に出場した2校へ別の事業で訪問します。

考えると確認と

センター試験の地歴と公民の試験開始時刻の間違いがよく発生するのだという記事がけさの朝日新聞に載っていました。1科目受験と2科目受験による勘違いから結構起こっているそうです。始末が悪いのは、学校の先生の無理解から生徒に間違った情報を与えているケースもあるとか。まずは、受験生自らがよく考えるなり確認するなりして、安易に学校の先生の言うことを信じないことだと思います。受験生が向かおうとしている世界は、まさに正解を覚えるのではなく自ら考えてその正しさを自ら証明するところだと思います。

文系理系の区別は無意味

本日のように雪が降る季節はセンター試験など大学入試の季節です。そこで思うのは数学の得意不得意が文系理系の区別を増長する悪しき風潮です。ある大学では数学の入試では記述式に重きを置いているそうです。記述式解答では、受験者の思考法が現れます。マークシート式解答と異なり部分点も獲得できます。そもそも論として学問とは正解を覚えることではなく、真理を考え極めること。そのための訓練というか素養として数学は優れています。人文科学の道に進む学生であっても数学的思考力が必要だと思います。

成人式

宇土市の成人式式典会場へ初めて入りました。自身が20歳のときは東京都北区在住でしたので王子公会堂(今はその施設はないようです)で開かれた式に出ました。ステージ上に区長や区議がずらりと並び、区議会の紹介みたいな式でした。ケンちゃん・チャコちゃんで一世を風靡した俳優が同世代として壇上で紹介されたのも記憶に残っています。それに比べると、宇土市の成人式は当事者たちが進行企画して式典そのものはコンパクトにまとまっていてよかったと思います。目的は最後の記念撮影会なんだろうなと思いました。式典はさっぱりしたものがいいと思います。

行政不服審査制度への信頼失墜

けさは近くの学童クラブを訪ね、児童とふれあい活動を行ってきました。段ボール紙で大きな将棋の駒を作り、将棋を楽しんだりしました。さすがに小学1~3年生と遊ぶのは体力を使います。世の中のおじいさんおばあさんの苦労を感じました。明日も別の学童クラブを訪ねて民生委員児童委員のPRを行ってきます。
ところで、25日の朝日が、水俣病と認定されなかった人の不服申し立てを審査する国の公害健康被害補償不服審査会側が、裁決の見通しを事前に環境省に漏らしていたと、報じていました。これは行政の適正な運営を確保する行政不服審査制度への国民の信頼を大きく損なう不当な介入です。加計学園問題で「行政のあり方が歪められた」ということがありましたが、環境省自身が「行政のあり方を歪めた」、自浄能力を放棄した憂慮すべき行為です。なんとも腹立たしい思いを持ちました。

陽子崩壊

けさの朝日新聞の「科学の扉」欄で驚いたのが、陽子崩壊を証明できればノーベル賞級の発見だということでした。陽子にも寿命があれば、陽子が崩壊するということになり、すべての物質の崩壊につながるというわけです。つまりは宇宙そのものがなくなるという哲学的な問題になります。なんとも壮大な話です。

フェイクを論破しよう

高校生の修学旅行先のベスト3都道府県は、沖縄、東京、京都なのだそうです。沖縄は、戦争の真実を考えるには格好の場所です。戦跡もそうですが、今も存在する基地の問題から、いろんなことが見えてくるかと思います。ともすれば、トンデモ論でメディアをにぎわす連中もいますから、それらのフェイク部分を論破するファクトを積み重ねて対処する必要があります。佐藤学・屋良朝博著『沖縄の基地の間違ったうわさ 検証34個の疑問』(岩波ブックレット、580円+税、2017年)は、手軽なファクトチェックのツールだと思います。