教育」カテゴリーアーカイブ

子どもの人権SOSミニレター

人権擁護委員が活動のひとつとして「子どもの人権SOSミニレター」の普及活用があります。これは学校における「いじめ」や体罰、家庭内での虐待などの問題に悩む、全国の小学校・中学校の児童・生徒からの声を法務局が吸い上げる仕組みになっていて、まず委員が人権教室などの機会に児童生徒へ「子どもの人権SOSミニレター(便箋兼封筒)」を配布します。児童生徒は、そのミニレターに相談したいことを書いてポストに投函すると、最寄りの法務局・地方法務局に届きます。切手を貼る必要はありません。法務局・地方法務局では、人権擁護委員や法務局職員が、希望する連絡方法(手紙・電話)で返事をします。緊急に対応する必要のある重大な人権侵害事案である場合は、児童相談所等へ通報することもあります。教師や保護者にも相談できない被害児童生徒は多いと思われますし、被害を受けている児童生徒はなおさら声をあげることもできないでいると思われます。いじめについて言えば、被害を傍観して声を上げないことも被害者の児童生徒にとってみれば加害者と同じです。傍観者である児童生徒が少しだけ勇気を出して情報提供してくれるだけで、救われる命があります。ぜひ活用してもらいたいものです。ミニレターを希望する場合は、「子どもの人権110番(0120-007-110・フリーダイヤル)まで電話することでも請求できます。

話す書く能力といいながら

2020年度から始まる大学入学共通テストで活用予定だった英語民間試験について一転導入見送りとなったことは、まずは歓迎したいと思います。外国語の話す書く能力を測るといいながらなぜ英語だけなのか、という気がします。確かに公用語として英語が席巻しているのは分かりますが、どうしても英語の技能だけが重視されるのが気に入りません。これから技術が発展すれば、自動翻訳はますます優れてきて日常的なコミュニケーションでは、差しさわりがない感じを受けます。どの学問分野であれ、専門を究めれば究めるほど専門用語がごく狭い範囲の研究者でしか通用しないので、外国語よりも専門領域の理解が先ではないかと思います。海外留学の予定もない受験生にまで国主導で民間英語試験業者の懐を満たさせるのも公正さを欠く話です。

組織の内と外

昨夜は地元行政関係者の方々と話す機会がありました。組織の内からは見えないこと、組織の外からは見えることを感じました。特に地方自治体行政の要は教育と福祉の充実にあると考えます。それなしには経済振興も何もあったものではありません。たとえば、義務教育の公立小中学校の人事権は政令指定市を除けば地元行政にはなく、能力資質に欠ける職員が押し付けられることもあると思います。国も地方自治体の県も市も対等であるのは行政法のイロハですが、さほど行政経験もない学校長やら指導主事やらの中には、自分たちは県職員であって市職員をバカにしているフシもあります。まさに身の丈を知らないとはこのことです。

子ども食堂

地元行政区内の平均年齢80歳代の女性グループが昨日子ども食堂を初めて開催しました。最初の企画段階ではは30食分用意する予定が、途中50食分になり、最終的に当日は80食分準備する盛況ぶりになりました。しかも食事代金は無料ということでした。次回は来年1月に開催するということもすでに決定済みです。運営代表者は90歳を超える方ですが、その熱意には驚きです。人を巻き込むことが生きがいなのかもしれません。

奴隷制から逃れるには

『隠された奴隷制』を読み終わりました。著者は思想家としてのマルクスの研究者ですので、その分思い入れが強いのを差し引いても、マルクスが示した題名の視点は今日にも色あせていない思いをしました。逆に言えば資本主義を維持する側は徹底して奴隷制の実態を隠そう隠そうとするのも必然です。本書で少し違和感があったのは、企業が企業内教育を減らしていることと企業外での自己啓発ばやりを自己責任強化と結びつけて批判している部分です。まず企業内教育について言えば、確かに人材育成・福利的な側面はありますが、やはりどうしてもその企業だけに通用する内容に偏りがちです。もともとの目的が優秀な奴隷を育てることにあるからです。企業外のいわゆる自己啓発セミナーには確かに洗脳やマルチビジネスなどの悪徳商法の普及が目的のものもあります。しかし、本来的な自己啓発というのは、企業外の社会との交流ということではないかと思います。中高年になってからの大学等での学び直しでもいいですし、自分だけでの読書でもかまわないかと思います。一口で言えば、奴隷ではない人と出会うのが奴隷制から逃れる早道だと思います。

場外展の成功

一度さまざまな妨害に遭って中止となった、表現の不自由展が10月8日、再開しました。この間、表現の自由を力づくで破壊しようとする社会の在り様があぶりだされて、場外展と合わせたテーマ発信としては成功したのではという見方もできます。会場展再開にあたって望みたかったのは、数々の破壊活動の記録の展示も行うべきではなかったかと思います。たとえば、水俣病歴史考証館では、被害者への匿名の差別ハガキが展示されていますが、そうした人間が犯す誤ちを直視できる教育的機会の場の提供は重要です。今回のように県が公的に支援しているのならなおさら追加展示すべきと考えます。再開展で入場制限されているのは残念ですが、金属探知機を利用して安全確保しているのは別に気になりません。海外の観光施設では、以前からよくある対策です。

聴講覚え書き

手元に読みたい本がないとき、インターネットラジオの放送大学講座を聴きます。タイムフリーで聴ける講座は限られていますが、面白そうな講座名を手掛かりにランダムに聴講します。といっても真剣に聴いているわけではないので、まったく内容が記憶に残らないこともしばしばです。昨夜聴いて記憶に残ったのは、「うつ病」と「古事記」の話でした。うつ病患者が増えた原因としては、3つほどあり、まず診断できるクリニックが増えたこと、うつ病の定義が拡大したこと、家族や地域の受容力の変化が挙げられます。薬や休養で治る率も高いですが、休養自体がとれない生活環境に患者が置かれることもしばしばです。家庭や学校・職場といった人間関係を育む場所自体がストレスの根源ということもあります。ザ・サードプレイス、ヒト薬という考え方も示されていました。古事記については、その編纂時期が西暦で言うところの700年代ということですから、三国志時代よりもずっと後。当時の皇統の一つ二つ前の代については、歴史といえますが、さらにその前となると物語、まさしく神話の世界となります。その意味では、ヤマトの歴史もずいぶん浅いものであんまり伝統など強調しても近隣の世界から見ると滑稽だなという気持ちになります。

「おしん」で人権を考える

NHKのBSプレミアムで放映されている「おしん」を結構見ています。最初の放送当時は大学生時代だったこともあり、ほとんど視聴したことはありませんでした。ただ、おしんに対する佐賀の義母の仕打ちがあまりにもひどいと、佐賀県民からNHKへ大量の苦情が寄せられているという報道が盛んだったのはよく記憶しています。けさの放送でも義母が、おしんから夫(義母の三男)へ宛てた手紙を勝手に開封し破棄するシーンが出てきていました。ドラマではこの行為がしばしばあります。これを現在の刑法の規定に当てはめると、佐賀の義母は刑法第133条「信書開封」(封をしてある誰かの手紙を勝手に読んだ人は、1年以下の懲役か20万円以下の罰金)や刑法第263条「信書隠匿」(他人の手紙を隠した人は、6カ月以下の懲役か禁錮または10万円以下の罰金か科料)に問われることになります。子どもたちが、『こども六法』を傍らに置いて「おしん」を見ながら人権を考えてみるのもいいなと思います。

15万部のベストセラー法律書

9月30日の朝日新聞「ひと」欄で著者が紹介されていたので、消費税8%時代最後の買い物で入手した『こども六法』を読了しました。8月に出版されたばかりの本ですが、手元の本の奥付で4刷とありました。「ひと」欄の記事にも、確かに15万部のベストセラーとありましたが、いかに子ども向けといっても法律専門書としての売上部数としては、驚きの数字です。
内容としては、刑法、刑事訴訟法、少年法、民法、民事訴訟法、日本国憲法、いじめ防止対策推進法の7つの法律の条文を分かりやすい言葉で書いてあります。日頃、子どもたちが生きていくためには道徳教育よりも法教育が重要だと考えています。子どもや昔子どもだった人にとってはもちろん、これって相談に応じる専門職にとっても役立つテキストだと思いました。
本書巻末の著者の謝辞において「そして『こども六法』を子どものための本にするにあたって、10歳から15歳のお子様からご意見を頂く機会を、東京都行政書士会広報部の皆様の協力で実現することができました。ありがとうございました。」との記載がありました。同じ職にある者として嬉しく感じました。

こども六法

10月1日付けをもって法務大臣より任期3年間の人権擁護委員の委嘱を受けました。活動の一環で法務局宇土支局や宇土市役所内で人権相談に応じます。とはいえ、相談に自ら赴ける方は支援の手が必要な人の一部に過ぎません。子どもや外国人が人権擁護委員の存在を知っているか、利用できる環境にあるか、心もとないのが現実です。ちょうど『こども六法』をこれから読んでみます。著者は20代の大学研究員で子ども時代にいじめを受けた経験がある方です。変てこな道徳教育ではなく子どもにこそ法律の知識が必要だと思います。残念ながら学校の先生に声を届けても先生自身がいじめという犯罪を封殺し、結果、被害者・加害者の人生を悲しいものにすることがあります。同じ法務省の組織内においても外国人の在留管理行政部門では外国人の人権擁護に厳しさを感じる点もあります。社会はいろんな矛盾に満ちていますが、いろんなところに相談してみれば何か解決の糸口が見つかると思います。どんどん利用してもらいたいものです。

ひきこもる学校

市内の民生委員の役職者の会議で例年続けてきた小中学校との情報交換会のあり方について話題になりました。児童生徒の個人情報について過度に学校が慎重になり、地域の実情を理解し、解決に向けた支援につながらないという受け止めが相次ぎました。つまり、双方が情報交換の意味を見いだせていない状況が見てとれました。これは、民生委員との関係に限ったことではなく、学校運営協議会やPTAとの関係でも肝心なことが話されず、問題を学校内で抱え込んでいる傾向を感じます。特に民生委員は立場上公務員として活動しており、その活動に際して個人情報に接することは当然にありえます。接するからこそ心して取扱います。このところ学校長の資質が欠けている例に出会うことが多くなっています。法律やさまざまな方針があっても、その中身を理解しておらず、自己流の対応で事態を悪化させている事案がそこかしこにあります。特に学校長職にある方には教職員マインドよりも行政職員マインドをもって仕事にあたってもらいたいと思います。昔のように組合経験もなく、お上の言うことに従うばかりで社会変革を考えたこともない、今の学校長の多くは社会性が欠けているように思います。こうした人材が管理職でいては後に続く若い教職員も育たないかと思います。今年の県内公立小学校教員の採用試験倍率は2倍を下回ったということでしたから、将来は一層不安です。地元小学校の緊急メールで連日イノシシ目撃情報が学校長名で配信されているのですが、イノシシがどの場所にいつ何時ごろどういう状態で目撃されたといった情報がなく、何の役にも立たないメールを寄こしてきます。まさかイノシシの個体情報をおもんばかっての思考ではないかと考えてしまいます。

迷惑な人たちをどう更生させるか

地元紙の読者投稿欄には、ときおりトンデモ論がよく載ります。先日も中国により沖縄が侵略されると書かれた駄文が紙面を汚していました。たぶん沖縄のローカル紙でこうした投稿が載れば(投稿者の人権擁護の観点から載ることはないでしょうけど)、投稿者の知性がまず疑われると思います。現在の沖縄がかつて攻められて占領を受けたことがあるのは、中国からではなく、日本(琉球処分)と米国からだけです。太平洋戦争当時の沖縄では県民の4人に1人が犠牲となりましたが、住民が日本軍(スパイ容疑や壕からの追い出し)や米国軍に殺された史実はありますが、中国軍に殺された史実はありません。外国人を排斥する輩には、安田浩一著『愛国という名の亡国』(河出新書、880円+税、2019年)をぜひ読んでもらいたいと思います(たぶん読む勇気はもってもらえないかもしれませんが)。ヘイトスピーチに乗る人の知性の欠落がよく描かれていると思います。誰しもが発言できる自由な社会は保障されなければなりませんが、たとえば不都合な史実を知らずに、フェイク情報を拡散するようなことは、社会の発展のためにはならない非常に迷惑な行為です。多くの場合、匿名でそれらの行為がなされており、更生してもらうのが困難であることも事実です。本書では、著者による反論に答えられるだけの知性をもたない人たちの一端が明らかにされています。

スクールロイヤー

いじめ防止対策をめぐって地元市議会の一般質問で本日取り上げられることから傍聴に伺いました。その質問の中で、スクールロイヤーの導入について話がありました。教職員・児童生徒・保護者に対するいじめ予防教育や相談、対応について弁護士が活躍する制度となっています。市側の答弁ではすぐの導入については期待できませんでしたが、現実に事案に接すると、法的な対応が不十分だと思います。たとえば、教職員の酒気帯び運転事故では人的被害が出なくても、昨今は重い処分が出ますが、学校環境が原因で起こるいじめで、児童生徒の生命に被害が及んでも、それを見過ごしてきた教職員が処分に問われる例は少ないように感じます。これでは、児童生徒の生命の重さが自動車の物損よりも軽いというおかしな扱いになってしまっています。つまり、法的な対応力が学校には欠けており、無法地帯となっているのではとさえ思えます。道徳教育よりも法教育が学校には必要です。

低学歴化は憂いたい

生れた環境によって教育格差がある一方で、日本の場合、世界では相対的に低学歴化の傾向にあることも懸念材料になっています。官庁にしても会社にしても入学した大学名による人材獲得競争になっていて、大学で何を学んだのかは重視されていません。修士号や博士号を取得してもそれが生かされる場が少ないのは、受け入れる組織の能力自体の低さがあるのかもしれません。ある組織内の経験が他の組織内では評価されないというのも変な話です。それがために、日本における就職指導は、新卒で入社したら、定年まで長く働くのが得ということになってしまっています。実際のところ大卒で中小企業に勤めるよりも、高卒で大企業に定年まで勤めた方が、生涯賃金は高いし、年金の所得代替率も充実しているかもしれません。ですが、低学歴化に危機感を抱かなければ、総体として社会は疲弊化していく気がします。

親近感を持てる同世代の著者の一人

小熊英二氏の著書『日本のしくみ』(講談社現代新書、1300+税、2019年)を初めて読みます。同氏の論考は、これまでよく新聞で目にしていました。さまざまな構造分析に秀でていて地頭がいい方だなあという印象をもっています。以前、水俣病センター相思社を訪ねてこられたとき、そのまま維持会員登録をしていただいたと聞いています。研究者である前に普通の生活感覚を持っておられる人だと思います。その印象が強いのは、同氏がかつて勤務されていた岩波書店が出している月刊誌の『世界』で、自身の父親の半生を描いた連載を読んだことがあったからです。この連載は『生きて帰ってきた男』として書籍化されていますが、読んで戦後の人々の暮らしの雰囲気が伝わり、懐かしさを覚えます。もっとも、同氏の父親は抑留体験を持ち、大学職員やスポーツ店経営の経験があります。東京郊外に住み、家庭を持ちます。二人の息子のうち、同氏の兄にあたる長男は中学時代に亡くす不遇もあります。何がいいたいかといえば、ごく普通の生活者の体験が社会のあり方を考える際に不可欠なのではないかと思います。最初からいわゆる勝ち組、それも本人の能力ではなくて何の苦労もない生活に浸りきっていて、社会をどう変えていくべきか考えつくだろうかと思います。

5世紀前半頃の古墳出土品が物語るもの

本日1日限定で特別公開された、県内最大級の古墳である長目塚古墳の出土品を拝見してきました。会場は昨年12月に復旧工事が完了した阿蘇神社の斎館です。というか、70年前の発掘調査で見つかった出土品を収蔵しているのは、阿蘇神社です。今年3月にそれらの出土品が熊本県重要文化財に指定されたということでした。埋葬されたのは、35歳くらいの女性で、当時の豪族の阿蘇氏の一族とみられています。勾玉、ガラス玉、鏡、鉄製品などが出土していますが、銘文とかはありません。須恵器といった土器文化の時代であることもうかがえます。考古学は科学ですから、これらの物証だけでいっても、かたや祖先を神話の世界のおとぎ話からもってきている神社の立場は、今度の公開とどう両立させているのか、たいへん興味深いものがありました。

教育格差がもたらすもの

松岡亮二著の『教育格差』(ちくま新書、1000円+税、2019年)を昨日一気読みしました。信頼性の高い統計情報に基づく説得力のある論証は、読み進めやすい思いがしました。ある程度実感していることですが、教育格差は小学校入学前から存在し、小中高と進むほどに拡大しているという事実が明らかにされています。格差の要因は、親の学歴や文化資本、地域、学校環境となっています。社会経済的地位が高い家庭に育った子どもは、将来、やはり社会経済的地位が高い親になるということが実証されています。つまり格差の再生産が続くというわけです。皮肉なことにそうした実態を知り得るのは、社会経済的地位が高い家庭となりがちなので、たまたまそれが低い家庭に生まれた子どもは、高い教育を受ける可能性を減らされていることになります。著者の考えは、このように子どもの可能性が殺されるのを社会の損失だとしています。たとえ、一学年の1%でもその可能性を救えれば、1万2000人の子どもを救うことになり、社会の平均値が上がることは、全体の利益になると考えています。教育格差があるということは、教員や私のような専門職にも地域格差があることを示しています。まずは、根拠のある事実を認めて少しでも改善することを続けなくてはなりません。

歴史のイロハ

昨日は、所属団体の研修受講で帰化申請と特定技能について学びました。前者については進めていくことが重要だと思います。しかし、後者についてはこの先不透明な制度だと考えています。社会を支えてくれる貴重な人材(労働者)として受け入れるだけでなく、社会に定着して共に生きる住民(生活者)として受け入れるべきだと思います。つい2000年前までは、文字すらもたなかった日本(その頃は日本という成り立ちもなかったわけですが)が今日のような形になったのも海外からいろんな人材や文化・技術を取り入れてきたからこそです。ここを無視して伝統だのいっても底が浅い歴史認識を示すことにほかなりません。もっとも移民で成り立っている米国でも分断傾向が見受けられるのは、知的劣化としか言いようがありません。

久々に全国大会へ参加予定

全国大会といってもウエイトリフティング競技審判としての参加ですが、かごしま国体リハーサル大会として11月22~23日に開かれるレディースカップ全日本女子選抜選手権に出ます。階級や順位決定が変わりましたし、進行方法も変わりました。そうでなくてもミスはアスリートへ迷惑をかけるので、審判はいつも緊張するものです。

8月も早や後半

台風だ、お盆だといっているあいだに8月も早や後半に入りました。いろんな行事の予定がどんどん入ってきています。読書は、また『〈自閉症学〉のすすめ』に戻っています。複数の著者からなる本ですが、自閉症の子どもを育てた経験をもつ著者の記述もあり、収穫の多い書です。