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学び直しの機会

昨夜のBS放送大学の日本政治外交史では、戦後日本の領土問題を扱っていてついつい見入ってしまいました。もちろん大学時代に同名の講座は履修しましたが、時代区分としてはせいぜい第二次世界大戦前期までだったろうと思います。なんせ担当教授自身が学徒出陣で神宮競技場を行進された世代でしたから、戦後はまさに現代もいいところで歴史的資料に基づいた研究の対象ではなかったといえます。そのこともあって21世紀となって20年も経った今だからこそ見えてくる戦後の歴史があるのだろうと思います。まだ学んでいない時代に向き合いたいと思います。

進化論の誤用についての覚え書き

最近とある政党がSNSに掲載したイラストでダーウィンの進化論を誤用した表現があったことが話題になりました。同様のことは私も見聞した経験があり、昨年3月22日の本投稿でも指摘していますが、地元の小学校長が卒業式でこの誤用論を取り入れた式辞を卒業生へ贈っていました。その場に出席した私は、この無知な学校長に閉口させられました。いずれ卒業生へ対して当時の式辞について誤りを認めて撤回し、謝罪してもらう必要があると思っていますが、往々にして自称教育者にはこうした器量がないので、困難かなとは思っています。
そこで、この誤用問題のまとめを記して永く記憶に留めたいと思います。まず、1859年、ダーウィンが発表した「種の起源」の要点は、環境に適応したものが生き残る「自然選択」で生物が進化するという理論の提唱でした。ところが、1963年、米ルイジアナ州立大学の経営学の教授が、「種の起源によると、最も強いものが生き残るのでもなく、最も賢いものが生き残るのでもない。生き残ることが出来るのは変化できるものである」という誤った解釈を論文に書いたとされています。この誤用の始まりを指摘している、英ケンブリッジ大などの研究チームは、「変化するものではなく、たまたまある環境に適応したものが生き残る」「変化しない方が有利な時や、生き残りに不利な変化もある」「個人や組織の進歩や改善と、生物が世代を重ねる中で起きる進化は全く別の現象」が正しい解釈と示しています。進化論は障害者を抹殺したナチズムの優生思想においても悪用されてきた歴史もあり、人権教育を推進しなければならない学校現場における誤用はなおさらあってはならないことです。

オンライン研修も工夫次第

オンライン研修が所属団体でも開始されています。本日午後も全国版のセミナーを受講予定です。ただ、プログラムや事前の資料を見ると、90分超の講演が2コマあり、少し重たいなという印象です。これがビデオオンデマンドで休み休み視聴できるのならまだしも、ライブ配信では受講者の集中力が続かない構成です。それぞれ半分の時間で言いたいことは2つ3つ程度にして、興味のある方は資料をご覧くださいの方が効果は高いのではないかと思います。講師が中央省庁のお偉いさんということで主催者が体裁重視になるのもわかりますが、運用方法には工夫が必要です。地元単位会でも研修会のVOD配信を行いますが、企画段階からそのあたりを意識したいと思います。

オンライン授業の効用

昨日、ある国立大学の父母向け説明会をオンラインで視聴しました。例年は学内で実施されているものですが、今年は新型コロナの影響で初めてネット越しに開かれました。ZOOM映像をユーチューブ配信される形式でしたが、終始テンポよく進められ1時間強という時間の割には内容豊富という印象を受けました。時節柄オンライン授業導入の効果についての説明に時間が割かれました。概ね効果が高いようには思えました。まず教室移動のロスがないため、他学部の学生も受講しやすくなり、講義によっては受講者数が倍増したそうです。大教室よりも講義が見やすい聴きやすい効果があり、学生からの質問が増えたという声も多いということでした。講義途中で写真画像や動画といったメディアの併用ができるメリットもあります。またリモートで外部の実務家や海外の研究者の講義参加も可能とあってずいぶん幅が広がった印象があります。もちろんデメリットとしては、学生同士の交流ができづらいとか、実習型の触って学ぶことができない点はあります。その点についても研究室で朝礼やランチ会、飲み会をいずれもオンラインで行う工夫がなされていました。

学問は大事

先日ある政党の広報素材でダーウィンが記したという有名なフェイク格言が使用されているとして話題になりました。こうしたファクトチェックがなされることは歓迎です。このフェイク格言については昨年3月の地元小学校卒業式における学校長式辞でも引用されており、その無知さに当時出席した私も閉口した思い出があります。また、あるメディアの世論調査で再委託先の調査会社がデータをねつ造していたという報道がありました。いずれも真実の追求という意味では学問的手法に通じる出来事でした。

県高校総体の代替大会実施へ

今年度開催中止となった熊本県高校総体の代替大会をウエイトリフティング競技においては7月18日に実施する計画が決まりました。参加対象は3年生中心に2年生までとなります。本競技に限らずスポーツ選手としての活躍を夢見て進路を考えてきた高校生には大幅な見直しが迫られていると思います。たとえそうでなくてもいろんな仕事に栄枯盛衰があります。こういう分野にはこのようなリスクがあると知るのも経験です。じっくり将来を考えて対策してほしいと思います。

オンライン検定試験を増やしたい

このところオンライン申請やオンラインセミナーが社会に浸透しつつありますが、もっと充実させる必要があるのが、オンライン検定試験です。以前職業訓練の受託運営に携わっていたときには日本商工会議所や弥生会計のネット検定を訓練生に受けてもらってました。検定というのはその実力が最も高いときに受験した方が合格の可能性は高まります。年数回の会場集合型の試験では、当日の気象条件にも左右され、中止や代替日開催設定が難しいですが、ネット検定であれば受験日時の移動の融通は利きます。問題は、時々で変えることも容易です。受験者ごとに変えることも可能ですので、カンニング防止対策にもなります。行政書士試験も法律上は年1回以上実施しなさいということになっていますので、毎月行えば受験者数を分散化できますし、同一日程で時間差別に実施することもできます。会場や情報端末の規模も抑えることができます。それと合否結果が瞬時に出ますので、開業も再チャレンジへの行動も早く行えます。国家試験において導入を進めるべきだと思います。

責任は問わなくてはならない

今年3月、一昨年度に市内小学校で発生したいじめ重大事態に関する、市いじめ防止等対策委員会による調査報告がまとまり、答申が出ました。この事件については、周辺情報を知る立場にあり、市教育委員会へ対応を求めてきました。そこで、このたびの答申書の情報開示請求を行い、情報開示が認められ、本日その内容を確認することができました。学識経験者、弁護士、社会福祉士の3名の委員による事実調査と提言は、公正的確な内容と受け止めました。なぜ防げなかったのか、対策に失敗したのかが、冷静に分析されています。広く教育関係者に読んでもらいたい教材となっています。そして当然のことですが、この重大事態をもたらした当時の学校や教育行政関係者の責任もあると思います。この答申では、そうした責任について直接的な記載はありませんが、全体としてはそれが浮き彫りになる構成になっています。私としては、市としてなんらかの処分を下すべきだと考えます。

考え方まで横並びでは困る

新しい生活様式の中に、家庭内での対面ではなく横並びでの食事というのがあって、昔日の映画「家族ゲーム」を思い浮かべました。しかし、横並びというやつは、すでに思考様式には入っていて感染者がまったくいない地方のへき地校でも休校させる意味があるのかと思いますし、逆にオンライン授業コンテンツが優れていて無理に能力の低い教師を使わなくて済むなら平常時からもっと登校コストを減らす学校運営の推進があってもいいのではと思っています。世界的パンデミックといいながら近隣では台湾や韓国のように対策が優れていた例もあります。ついつい無責任を生み出す横並び意識を転換する新しい思考様式が求められています。

いじめと闘えるか

昨夜放映の「NHKスペシャル いじめと闘う熱血先生」を視聴しました。10年前に川崎市で起きた中学生のいじめ自死事件の調査報告を教育委員会で担当した経験のある教師が、それを繰り返させまいと、今年度担任となった小学5年生の子どもたちと向き合う記録映像となっています。子どもが大人を変えることが可能と理解させる授業を通じて、教師と児童という関係そのものから見直す真剣さが伝わりました。自死した中学生の両親を事件から10年経った命日に、当時の教育長と共に訪ねる場面もなかなかできることではないと思いました。事件や子どもから学べる大人にしか教師は務まらないと思いました。今年、市や各学校のいじめ防止等対策の基本方針が見直されますが、その内容をじっくり見てみたいと考えています。犯人が法律を作ることにならないようにしたいものです。

読書に親しむ

近年は文学作品を手にすることは少なくなっていましたが、中高生時代は多読していたと思います。幸い今は時間に余裕があるので、昨日も中学生のときに読んだザミャーチンとブルガーコフの作品を読み返しました。いずれもロシアの作家です。作品にはスターリズムの負の影が反映されていて、資本主義にしてもソ連型社会主義にしても発展と隠された奴隷制はセットではないのか、常に今日的課題なのではという思いがします。ずいぶん前に読んだ作品ですが、自分の市民感覚の素地が養われた過程を振り返られてそれも面白い体験でした。

9月入学をさわる時期ではない

学校の休校時間が長引いていることから9月入学の導入議論が降ってわいています。現在でも盛んに留学提携の制度がある中でそれに合わせるメリットは感じられません。入試の季節のことをいうなら夏の時期も台風とかで日程変更を余儀なくされるリスクはあります。学習の遅れを埋め合わせる方法も時間もまだ11カ月あります。今その議論が必要だとは全く思えません。軽々しく口にする首長の思慮の無さの方が危ないように思えます。

無知を知る

藪野裕三著『有権者って誰?』は、中高生など若い有権者向けに書かれた本でしたが、55年体制後の有権者の投票行動の変遷を知るにはいいテキストでした。一票の集積が55年体制に大きな変化を与えた政治テーマとして著者は、消費税導入を指摘しています。確かに消費税は、全世代の国民に係るテーマで、現在の新型コロナ対策に匹敵するものです。あと同書で興味深かったのが、大学進学率の向上の一方で、勤労生活からもたらされる社会課題への関心の低下という流れでした。有権者の年齢下限が近年18歳に下がりましたが、今高校を卒業して働く国民の方が少数派です。それと労働組合そのものの組織率が低くなり、組織されていても力がなく、働きながら社会課題を考え政治を語ることがなくなってきています。社会にいながら政治に主体的に参加する環境が失われてきています。本来は学校教育の場で政治参加について学ぶのですが、投票を促す教育はあっても、社会課題について意見を交わす素地がないのではと思います。私が在学していたころはまだしも社会のことを考える教員がいましたが、今は組合活動をする教員と出会う機会がほとんどありません。市民運動を支援するような教員と出会うことはまれです。極端に言えば社会について無知な勤労者が増えているのではないかと思います。まずは自分の無知を知ることから始めたいと思います。自分とは立場が異なる人の存在を知ることを努めたいものです。

社会参加の権利

きょうは地元行政区の総会でした。新型コロナ対策の観点からほとんどが委任状出席でしたが、それでも50人弱の住民が実際に出席しました。4年連続で議長を務めさせてもらいました。現在就いている公的職務の中に、主権者教育も入っています。若者はもちろんのことあらゆる年代の住民に、社会参加の権利があります。その権利を蔑ろにする出来事には厳しい監視が必要です。市外のことですが先の知事選における100票を超える投票用紙の所在不明事件には大いに関心があります。あと国政に関しては検察官の定年延長問題と前法相の公選法違反疑惑。いずれも国民の代表の資質にかかわる問題です。「選良」たちがどういう行動をとるのか、見逃してはなりません。表紙写真の新書を読んでみる予定です。(6月4日一部削除)

知の力

まだ読んだことはありませんでしたが、『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』、『21Lessons』など、人類史の視点から世界的ベストセラー書を出しているイスラエルのユヴェル・ノア・ハラリ氏のインタビューが昨日の朝日新聞に載っていて、なかなかいいことを言ってました。
「情報を得て自発的に行動できる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間に比べて危機にうまく対処できます」ということからは、独裁よりも民主主義と市民の視点で政府を監視するメディアの力に信頼を置いていることがうかがえました。ウイルス感染の危機が去るまで数年は覚悟しないといけないと思いますが、それを達成するのは政治リーダーだけでなく国民の知の力がどれだけ備わっているかにかかっていると思います。
「無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる」ことこそ危険なことはなく、憎しみではなく国際的な連帯が必要とも言っています。ここでも耳を傾けるべきなのは科学的な専門家の声です。科学には医学だけではなく、歴史といった人文科学の知も含まれます。ウソを見破る知の知からをこういう環境だからこそ全世代が培うべきだと思います。

ひとりウェブミーティング

所属団体主催のZOOM使い方セミナーに参加してみました。ウェブ会議システムについては、もはや死語となったブロードバンド草創期ころに仕事で取り扱っていましたので、何の違和感もなく試せました。ホワイトボード機能や共有ファイル機能、チャット機能、録画機能など当時からありました。何が変わったかといえば、スマホでも使えることと、無料で使えることぐらいです。確かにセキュリティを問題視する向きはありますが、使いようにもよります。会議のみならず授業・研修にはもってこいだと思います。使い方を解説する無料動画もあります。それらを視聴してから自宅のWI-FI環境下でパソコンとスマホを結び、ひとりウェブミーティングをしてみると、だれでもすぐ使えるようになると思います。

学費に見合う教育研究サービスは

まだ授業開始とはなっていませんが、家族が在籍する学費振込用紙が昨日届きましたので、さっそく本日送金してきました。すでにオンライン講義を始めている大学もありますが、そうでない大学であれば当初の講義暦に見合う、つまり学費に見合う教育研究サービスが利用できるのか問題になると思います。学内への立ち入りも禁止のため、図書館などの利用もできません。各地でこうした問題が発生するかと思いますし、あらゆる団体で会費と事業支出との関係が問題になると思います。

いじめ探偵の願いから遠い学校ムラ

人権擁護委員向けに隔月刊で提供される冊子『人権のひろば』(2020年3月号)に、いじめ探偵として知られるNPO法人ユース・ガーディアン代表理事の阿部泰尚氏の特別寄稿「いじめ探偵の願い」が掲載されています。同氏が指摘されている状況は驚くべきものですが、実際に学校や教育委員会の関係者に接してみると、残念ながら首肯せざるを得ない学校ムラの世界が広がっています。
まず関係者が、いじめ防止についての法律やガイドラインについて無知あるいは無理解です。誤った対応を行い、事実を隠蔽したり、虚偽の報告がなされることもしばしばです。学校現場も教育行政に係る者もしばしば自己の経験に頼った判断や行動を行いがちです。現役教員と教員経験者という同じ穴のムジナ同士のかばい合いが、学校や教育委員会を守る使命感でいっぱいです。
本市においても昨年6月の市議会で第三者委員会を作る方向になったのですが、翌月の教育委員会では、いじめ防止対策推進法の重大事態に該当する調査報告の取りまとめが年度内には間に合わないという理由で、名ばかりの委員会を作るということに議論が後退しています。発端となった事案は、私が考えるに十分すぎるほど、つまり児童の生命にかかわる重大事態でしたが、不登校30日以上の問題と矮小化する教育長発言が、公表された議事録には見てとれました。この一点だけでも教育委員会の資質が問われると考えます。会議の中で「重大事態」という言葉にするべきところをずっと「重大事案」という言葉で済ませているところからも、出席者が法律やガイドラインを理解していないことが浮き彫りになっています。
新型コロナの影響でやむなくオンライン学習が進められていますが、いじめ犯罪のある学校へ通わされるよりははるかに安全安心なので、影響が落ち着いてからも普及を希望します。

オンライン学習の功名

外出を控える一方、テレビの放送コンテンツもつまらないということで、オンライン講義を楽しんでいます。社会人にとっては、学習自体が不要不急の用事だったかと思いますが、さまざまな知に触れることは、暮らしを豊かにします。これまでもさまざまな学びの場があったかと思いますが、講師が必ずしも優秀とはいえず、効果が得られない場合もあったかと思います。やはりできるだけ多くの視聴者の支持を集める優れた講師に出会った方が、時間も無駄ではありません。この機会にさまざまなオンライン学習に励んでみるのはいいと思います。

延期中止相次ぐ

このところさまざまな予定の延期中止に振り回されました。実施されるものについても、さまざまな側面からの対応が必要となり、いろいろ思案が求められました。大学卒業式を迎える家族がいますが、それについても学部代表者だけが出席する変則的な運営になることが昨日発表されました。またその決定にいたるまでに退官する教授の最終講義などの行事が軒並み延期中止に追い込まれており、関係者は無念だろうと思います。なんかこの流れが4月、5月まではあるような気がします。