教育」カテゴリーアーカイブ

研修機会の提供

集合型の研修で悩ましいのは、開催日と会場の設定です。参加者によって平日がいいとか土日がいいとかというのがあります。講師の方も所属先次第では同様の制約があります。会場を押さえるのも困難です。条件が良いところは早めに埋まってしまいます。自動車で来場する参加者が多いため、無料駐車場スペースが豊富な会場が好まれます。一方、懇親会セットとなると、公共交通機関が充実している街中が適しているわけで、万人受けする機会提供はありません。感染症が心配される環境では、いっそのこと在宅オンライン、しかもオンデマンド受講がもっともいいかもしれません。

次年度研修への目配り

所属団体の研修事業を担当する会務に携わっている関係で、次年度の研修テーマを検討しました。タイムリー性や業務への密接度もありますが、分野によっては理解度も考えなくてはなりません。それにしても法制度に振り回されている感の内容もあります。悩ましいところです。

人権教育の難しさ

昨日も人権擁護に係る研修受講の機会がありました。研修の内容は概ね賛同できましたが、ある人権侵害の課題を語るときに、その侵害事案が発生した原因に関係する制度のもともとの運用趣旨を理解していないフシがありました。侵害事案を生んだのは、その制度を悪用した者に責任があるわけで、もともと正当な権利の利益実現のためにある制度の趣旨を正確に説明しなければ、受講者に誤った理解を押し付ける研修となりかねません。講師の資質を考えさせられる研修でした。研修に使用された某県教育委員会企画制作のDVDの中でのセリフの中に業種蔑称があり、チェックがずさんだなと思いました。

評価ポイントの怪

例年アンケート回答を行っている学校評価アンケートのポイントの振り方と結果評価に疑問を持っています。同アンケートでは、評価ごとに次のポイントが振られています。そう思う:4点、ややそう思う:3点、あまりそう思わない:2点、そう思わない:1点。もっとも否定的な評価でも1点もらえるようになっています。しかし、回答結果を示す横棒グラフでは、横軸が0点から4点となっており、つまり表示の必要がない0~1点の帯があり、平均値が中心よりかさ上げして見えるようになっています。たとえば、保護者の評価では、教職員のやる気・使命感のポイントが2.25となっています。2ポイント台ということは、どちらかといえば、否定的な評価を付けた保護者が大勢を占めたというわけですが、横棒グラフ表示では中心より右にぶれるため、高く見えるよう錯覚を誘っています。ちなみに当の教職員自身の評価平均は4ですので、一人として否定評価はないというのが驚きです。保護者と教職員の評価のずれが大きいのに驚きました。

研修目的と効果

昨日は地元の市教育委員会主催の人権教育指導者研修会に参加しました。参加対象は人権擁護委員や教育委員、市関係部署などでした。日頃、人権侵害事案の相談や救済に関与する立場の人たちです。この日の研修講師は、同和地区をかかえる公立学校での勤務経験がある元教員の方でした。講演内容は、人権尊重全般や同和問題の歴史の解説など大味な内容が多く、教育指導の役に立つ実践的な対応方法の紹介といった側面ではたいへん物足りないものでした。確かに県の登録講師という触れ込みでしたが、自己紹介でもかつてどこそこの学校長でしたという点にはまったく能力の保証にはなりません。研修会を企画する側も、もっと目的と効果を考えて講師の選定や研修内容の依頼を行うべきではなかったかと思います。ちょうど主権者教育の講師が言っていましたが、学校には閉鎖的な文化があり、外からの参加を好まず、たまたま外部から講師を呼んだときはその講師に内容を丸投げしてしまう傾向があるといっていました。昨日はまさにそうした傾向が強い研修会でした。それと、熊本県における人権侵害といえば、水俣病被害者を認定しようとせず、救済に後ろ向きな県そのものという思いがあります。それらしく研修を消化すれば「やっている感」のポーズが出せるという企画者の安直さをスルーしないようにしたいとも感じました。

主権者教育

県内市町村の選挙管理委員や明るい選挙推進推進協議会メンバーが参加する、今年度の「明るい選挙推進大会」へ昨日行ってきました。まず開会あいさつに立った県明推協会長の地元公立大学教授が、「本年度は選挙制度130周年の節目にあたる」と述べた際の「節目」の読みを「ふしめ」ではなく「せつもく」と言ってたので、がっくりしました。その後、各種表彰状伝達にあたった県選管委員長の賞詞読み上げがぼそぼそ声でちっとも明るくなく、祝賀感がありませんでした。元高校教師による高校生向けの主権者教育の模擬授業は、生徒の関心の引き付け方という授業運営手法として一定程度の参考にはなりました。気になったのは、棄権防止の理由に政策権益の世代間対立が強調されていたことです。意外なことに各政党のマニュフェストを読むと、社会保障については大差はありません。露骨な世代間格差はありません。むしろ税制・財政問題における所得間格差の是正についての学びが重要ではないかと思いました。授業における政治的中立を保つために憲法や安全保障の争点は、教える側の力量が問われるため、避けがちなのかなとも思いました。

教育格差を感じるとき

1年前のこの時期は、次男の大学入試の受験申込手続きで奔走していたのを思い出します。一般入試やセンター試験利用入試に加えて試験日、合格発表日、入学手続き期限日の把握と調整がありますし、受験料や入学金等の納付管理もあります。申込方法や入金方法も大学ごとに異なり複雑な作業を行うのはたいへんな負担でした。それを考えると、来年の共通テストへの移行も当事者にとっては不安だらけだと思いますし、教育格差を感じるときでもあります。

子どもの学習権

学校現場におけるいじめ事件という犯罪の発生は、子どもの学習権という人権侵害という側面と、教育を受けさせる大人の義務の放棄という側面があり、いずれにしても許しがたいことだと考えています。いじめ被害者はもちろんですが、実行犯に加えて傍観者を含めた加害者が、いじめは犯罪であるという認識をもたないまま、年齢を重ねることは、社会学習がなされていないことであり、社会人としての発達が損なわれていることになります。いじめは犯罪であるという認識を子どもに持たせずに問題を先送りにすることは、子どもを護ることにはならず、逃げているということにほかなりません。

逃げ道を広げると狭める

昨夜、たまたま『こども六法』著者のインタビューをNHK第1ラジオで聴きました。著者自身が小学生時代にいじめ被害を受けたことがあると述べていました。加害者は3人組で、6年生のときにその3人がバラバラになるクラス替えがあったそうですが、校内で顔を合わせる機会はあったため、6年生になっても被害に遭っていたそうです。結局、著者は私立中学を受験して、そちらへ進学することでいじめ被害から脱したそうです。インタビューでは、いじめは犯罪であり、子ども時代当時に法律を知り信頼できる大人に相談できたら、もっと早く救われたという思いから、著書を出したそうで、学校現場への法教育にも動いているということでした。それと、心に響いた発言としては、著書の存在によって、子どもたちの逃げ道を広げたいということと、責任を取らなければならない大人の逃げ道を狭めたいということでした。私の地元の小学校でも同じような問題があり、『こども六法』の存在を知らしめたいと思いました。現在30万部出ているそうですが、必要な環境にある子どもの数は、この比ではないと思います。

進路相談

早稲田大学ウエイトリフティング部の4選手を招いて熊本県内の小中高生選手との合同練習会と座談会が、八代農業高校ウエイトリフティング部練習場において本日午後開催されました。練習会では大学生選手が指導者役となり、小中高生選手とコミュニケーションをとりながらトレーニングの意味や効果などを理論的に解説しながら進めていました。座談会では、現在の進路を選択した理由や大学生活の紹介、将来目標などを大学生選手が語ってくれていました。スポーツと学業の両立については当事者の情報がもっとも役立ちます。小中高選手にとっては自らの進路を考える良い機会となったと思います。

中学生人権作文コンテスト

全国中学生人権作文コンテスト熊本県大会の会場を初めて訪ねました。今回で39回となるそうですが、法務省主催の事業です。この日は、県内の優秀作品の表彰式と朗読会が行われました。この後に性的マイノリティと人権についての講演会も開かれました。中学生の作品のなかにも性的マイノリティをテーマにした朗読があり、今の時代を感じましたが、ざんねんだったのは、講演会の時間になると、表彰者の大人たちのほとんどと中学生たちが全員会場から去ったことでした。そのせいで催しそのものが前半と後半で別個のものとなり、講師に失礼な対応ではなかったかと思います。それと、聴講者のほとんどが人権擁護委員というのも残念でした。多くの教師や保護者にも聞かせたい内容でした。

子どもの人権SOSミニレター

人権擁護委員が活動のひとつとして「子どもの人権SOSミニレター」の普及活用があります。これは学校における「いじめ」や体罰、家庭内での虐待などの問題に悩む、全国の小学校・中学校の児童・生徒からの声を法務局が吸い上げる仕組みになっていて、まず委員が人権教室などの機会に児童生徒へ「子どもの人権SOSミニレター(便箋兼封筒)」を配布します。児童生徒は、そのミニレターに相談したいことを書いてポストに投函すると、最寄りの法務局・地方法務局に届きます。切手を貼る必要はありません。法務局・地方法務局では、人権擁護委員や法務局職員が、希望する連絡方法(手紙・電話)で返事をします。緊急に対応する必要のある重大な人権侵害事案である場合は、児童相談所等へ通報することもあります。教師や保護者にも相談できない被害児童生徒は多いと思われますし、被害を受けている児童生徒はなおさら声をあげることもできないでいると思われます。いじめについて言えば、被害を傍観して声を上げないことも被害者の児童生徒にとってみれば加害者と同じです。傍観者である児童生徒が少しだけ勇気を出して情報提供してくれるだけで、救われる命があります。ぜひ活用してもらいたいものです。ミニレターを希望する場合は、「子どもの人権110番(0120-007-110・フリーダイヤル)まで電話することでも請求できます。

話す書く能力といいながら

2020年度から始まる大学入学共通テストで活用予定だった英語民間試験について一転導入見送りとなったことは、まずは歓迎したいと思います。外国語の話す書く能力を測るといいながらなぜ英語だけなのか、という気がします。確かに公用語として英語が席巻しているのは分かりますが、どうしても英語の技能だけが重視されるのが気に入りません。これから技術が発展すれば、自動翻訳はますます優れてきて日常的なコミュニケーションでは、差しさわりがない感じを受けます。どの学問分野であれ、専門を究めれば究めるほど専門用語がごく狭い範囲の研究者でしか通用しないので、外国語よりも専門領域の理解が先ではないかと思います。海外留学の予定もない受験生にまで国主導で民間英語試験業者の懐を満たさせるのも公正さを欠く話です。

組織の内と外

昨夜は地元行政関係者の方々と話す機会がありました。組織の内からは見えないこと、組織の外からは見えることを感じました。特に地方自治体行政の要は教育と福祉の充実にあると考えます。それなしには経済振興も何もあったものではありません。たとえば、義務教育の公立小中学校の人事権は政令指定市を除けば地元行政にはなく、能力資質に欠ける職員が押し付けられることもあると思います。国も地方自治体の県も市も対等であるのは行政法のイロハですが、さほど行政経験もない学校長やら指導主事やらの中には、自分たちは県職員であって市職員をバカにしているフシもあります。まさに身の丈を知らないとはこのことです。

子ども食堂

地元行政区内の平均年齢80歳代の女性グループが昨日子ども食堂を初めて開催しました。最初の企画段階ではは30食分用意する予定が、途中50食分になり、最終的に当日は80食分準備する盛況ぶりになりました。しかも食事代金は無料ということでした。次回は来年1月に開催するということもすでに決定済みです。運営代表者は90歳を超える方ですが、その熱意には驚きです。人を巻き込むことが生きがいなのかもしれません。

奴隷制から逃れるには

『隠された奴隷制』を読み終わりました。著者は思想家としてのマルクスの研究者ですので、その分思い入れが強いのを差し引いても、マルクスが示した題名の視点は今日にも色あせていない思いをしました。逆に言えば資本主義を維持する側は徹底して奴隷制の実態を隠そう隠そうとするのも必然です。本書で少し違和感があったのは、企業が企業内教育を減らしていることと企業外での自己啓発ばやりを自己責任強化と結びつけて批判している部分です。まず企業内教育について言えば、確かに人材育成・福利的な側面はありますが、やはりどうしてもその企業だけに通用する内容に偏りがちです。もともとの目的が優秀な奴隷を育てることにあるからです。企業外のいわゆる自己啓発セミナーには確かに洗脳やマルチビジネスなどの悪徳商法の普及が目的のものもあります。しかし、本来的な自己啓発というのは、企業外の社会との交流ということではないかと思います。中高年になってからの大学等での学び直しでもいいですし、自分だけでの読書でもかまわないかと思います。一口で言えば、奴隷ではない人と出会うのが奴隷制から逃れる早道だと思います。

場外展の成功

一度さまざまな妨害に遭って中止となった、表現の不自由展が10月8日、再開しました。この間、表現の自由を力づくで破壊しようとする社会の在り様があぶりだされて、場外展と合わせたテーマ発信としては成功したのではという見方もできます。会場展再開にあたって望みたかったのは、数々の破壊活動の記録の展示も行うべきではなかったかと思います。たとえば、水俣病歴史考証館では、被害者への匿名の差別ハガキが展示されていますが、そうした人間が犯す誤ちを直視できる教育的機会の場の提供は重要です。今回のように県が公的に支援しているのならなおさら追加展示すべきと考えます。再開展で入場制限されているのは残念ですが、金属探知機を利用して安全確保しているのは別に気になりません。海外の観光施設では、以前からよくある対策です。

聴講覚え書き

手元に読みたい本がないとき、インターネットラジオの放送大学講座を聴きます。タイムフリーで聴ける講座は限られていますが、面白そうな講座名を手掛かりにランダムに聴講します。といっても真剣に聴いているわけではないので、まったく内容が記憶に残らないこともしばしばです。昨夜聴いて記憶に残ったのは、「うつ病」と「古事記」の話でした。うつ病患者が増えた原因としては、3つほどあり、まず診断できるクリニックが増えたこと、うつ病の定義が拡大したこと、家族や地域の受容力の変化が挙げられます。薬や休養で治る率も高いですが、休養自体がとれない生活環境に患者が置かれることもしばしばです。家庭や学校・職場といった人間関係を育む場所自体がストレスの根源ということもあります。ザ・サードプレイス、ヒト薬という考え方も示されていました。古事記については、その編纂時期が西暦で言うところの700年代ということですから、三国志時代よりもずっと後。当時の皇統の一つ二つ前の代については、歴史といえますが、さらにその前となると物語、まさしく神話の世界となります。その意味では、ヤマトの歴史もずいぶん浅いものであんまり伝統など強調しても近隣の世界から見ると滑稽だなという気持ちになります。

「おしん」で人権を考える

NHKのBSプレミアムで放映されている「おしん」を結構見ています。最初の放送当時は大学生時代だったこともあり、ほとんど視聴したことはありませんでした。ただ、おしんに対する佐賀の義母の仕打ちがあまりにもひどいと、佐賀県民からNHKへ大量の苦情が寄せられているという報道が盛んだったのはよく記憶しています。けさの放送でも義母が、おしんから夫(義母の三男)へ宛てた手紙を勝手に開封し破棄するシーンが出てきていました。ドラマではこの行為がしばしばあります。これを現在の刑法の規定に当てはめると、佐賀の義母は刑法第133条「信書開封」(封をしてある誰かの手紙を勝手に読んだ人は、1年以下の懲役か20万円以下の罰金)や刑法第263条「信書隠匿」(他人の手紙を隠した人は、6カ月以下の懲役か禁錮または10万円以下の罰金か科料)に問われることになります。子どもたちが、『こども六法』を傍らに置いて「おしん」を見ながら人権を考えてみるのもいいなと思います。