社会福祉」カテゴリーアーカイブ

お布施よりも寄付を

喪主に近い立場で葬送に立ち会った経験からいろいろ思うことがあります。一般の方のほとんどがそうだと思いますが、葬儀社の担当者のアドバイスそのままにお寺へお布施を渡したり、香典返しの意味合いを込めて地元の社会福祉協議会へ寄付を行っているようです。その比率は10:1に近い感覚がします。私は、市の社会福祉協議会の評議員を務めていますが年々集まる寄付金が減っています。地域の高齢者は年々多くなり、それらの寄付金を原資として助けを必要とする住民も多くなっていますが、たいへん憂慮しています。せめてお布施と寄付金が1:1になるように誘導できないものかと思います。お経を上げていただくのを労働の対価と考えてもかなりの高給取りですし、お寺が災害時にどの程度の人助けをしたかを考えると、ン十万円もお布施を出すのは間違いだと思います。

子どもの人権SOSミニレター

人権擁護委員が活動のひとつとして「子どもの人権SOSミニレター」の普及活用があります。これは学校における「いじめ」や体罰、家庭内での虐待などの問題に悩む、全国の小学校・中学校の児童・生徒からの声を法務局が吸い上げる仕組みになっていて、まず委員が人権教室などの機会に児童生徒へ「子どもの人権SOSミニレター(便箋兼封筒)」を配布します。児童生徒は、そのミニレターに相談したいことを書いてポストに投函すると、最寄りの法務局・地方法務局に届きます。切手を貼る必要はありません。法務局・地方法務局では、人権擁護委員や法務局職員が、希望する連絡方法(手紙・電話)で返事をします。緊急に対応する必要のある重大な人権侵害事案である場合は、児童相談所等へ通報することもあります。教師や保護者にも相談できない被害児童生徒は多いと思われますし、被害を受けている児童生徒はなおさら声をあげることもできないでいると思われます。いじめについて言えば、被害を傍観して声を上げないことも被害者の児童生徒にとってみれば加害者と同じです。傍観者である児童生徒が少しだけ勇気を出して情報提供してくれるだけで、救われる命があります。ぜひ活用してもらいたいものです。ミニレターを希望する場合は、「子どもの人権110番(0120-007-110・フリーダイヤル)まで電話することでも請求できます。

民生委員の全国一斉改選を前に

民生委員・児童委員の任期は3年間となっていて、今年の12月1日に全国一斉改選となります。今回、私が所属する単位協議会は定員全員の選任ができて1人も欠員が出ることなくスタートが切れそうです。この3年間はずっと1人欠員の状態のままでしたので、安堵しています。こうした委員の担い手不足は全国的な問題になっています。なんといっても全国の定員は23万人以上なのですから、市町村議会議員の定数を上回る規模です。無報酬で住民と行政とのつなぎ役を担える人がいるかいないかで、その地域力には差が出ると思います。行政というものは残念ながら声が出ないと、それでいいやと放っておくものです。住民は正当な権利を使っていいのです。前の文科大臣が英語民間試験導入についてサイレントマジョリティーは賛成とSNSに書き散らしていたことがありましたが、えてしてそんなものです。今度の委員改選に際しておそらく後任者が決まっていない地域が多くあるだろうと思います。ぜひ手を挙げてほしいものです。

ひきこもりと支援

昨日の朝日新聞で「ひきこもり状態の人は40代が最多だが、支援を受けているのは20~30代が多い」と報じていました。この元になったのは、ひきこもりに関する調査をした32の自治体(47都道府県・20政令指定市のうちの)の回答結果からです。調査にあたったのは、主に民生委員とのことです。熊本県の場合は、まさに現在民生委員が12月までの回答期限で調査中です。ただし、ひきこもりの状態にあるとされる対象の年齢や健康、生活環境の定義があり、一般のイメージとはかけ離れた印象を覚えます。いわば自立したひきこもり状態にある住民が対象として含まれてくるので、そのまま支援対象と考えるとミスマッチが起こりそうにも思えました。あくまでも今回は大雑把な基礎調査なのかなと思います。

子ども食堂

地元行政区内の平均年齢80歳代の女性グループが昨日子ども食堂を初めて開催しました。最初の企画段階ではは30食分用意する予定が、途中50食分になり、最終的に当日は80食分準備する盛況ぶりになりました。しかも食事代金は無料ということでした。次回は来年1月に開催するということもすでに決定済みです。運営代表者は90歳を超える方ですが、その熱意には驚きです。人を巻き込むことが生きがいなのかもしれません。

在宅医療介護は自助なのか

在宅医療介護連携推進事業の講演会に参加しました。医療の現場が通院にしろ入院にしろ受入余力がない状況から在宅での医療介護を住民に理解させる内容でした。一つは国の方針が、医療にしても介護にしてもその保険財政負担が増加しているのでそれを減らしたい意向があります。もう一つは昔は自宅で亡くなるのが自然であって、多くの人も最期は自宅で迎えることを望んでいるという願望に由来します。ですが、高齢者のみの世帯が多い今の生活では最期を自宅で迎えるというのは至難のわざです。高齢者と普段は別々の暮らしをしている親族が介護に携わるのは非常に負担が重いと思います。当人の意思が明確ならいいですが、それが困難な場合は親族ではない専門職が判断して対処しなければならないケースも多いと考えます。行政説明のスライドでは、これまで公助より小さい図形の自助の重みを示す図形が、これからの自助は公助より大きい図形で示されていました。これでは相対的に公助の役割はマイナスということになります。市町村の行政は、国の言いなりでしか働かない態度で済むと思っているのではと、疑問に思いました。

公助を減らさせない

今度の土曜日に地区の有志の方が、いわゆる子ども食堂の活動を行います。地域内の共助の取り組みの一つであり、活動する方に敬意を覚えます。行政の方でもこうした共助の活動を推進する動きが盛んです。一方、公助を切り詰めようとしているのではという危惧もあります。そうなってくると、社会全体ではマイナスです。公助ももとはといえば国民が納めた税からなる共助です。福祉や教育に惜しんではならないと思います。

社会は変えられる

次に読む本は、今野晴貴・藤田孝典編『闘わなければ社会は壊れる』(岩波書店、2400円+税、2019年)です。『隠された奴隷制』に引き続いて、闘わなくても壊れていく社会の労働や福祉の問題について考えてみたいと思います。

高齢化地区の地域参加

一昨日、九博の特別展三国志へ向かう前に校区の体育祭開会式に参加しました。各地区住民で構成されるチーム対抗の競技が行われるのですが、高齢化率が50%近い団地の5地区からの出場はありませんでした。開会式の来賓あいさつでこのことに触れる者はおらず、同じ校区内でも地域行事に参加するパワーをそがれた地区をどう振興させていくのか考えているのか、知らないのか、わかりませんが、このままでは格差が開くばかりだと思いました。

負担なら中止を

わざわざ民生委員会長名宛で奉納相撲大会の寄付を求める文書が今年初めて届けられました。地元の神社で子どもたちの相撲大会が行われるのですが、毎年地区持ち回りで勧進元を務めていてそれなりに費用がかかるのは承知しています。しかし、公務員として活動している民生委員の協議会長宛にこうした寄付が求められることはこれまでありませんでした。図らずも今年の勧進元を務める地区の区長たちは、民生委員の立場を知らない見識の欠如を露呈したことになりました。大会の趣旨自体が、地区の社会福祉の向上になっているとも思えません。まるで民生委員が財布の一つとしてしか見られてないかのようです。まったくなめられたものです。そこまで無理して奉納相撲を請け合う意味があるのかとも思います。地区民に無用のストレスしかもたらさないのなら氏神も本意ではなかろうにと思います。

聴講覚え書き

手元に読みたい本がないとき、インターネットラジオの放送大学講座を聴きます。タイムフリーで聴ける講座は限られていますが、面白そうな講座名を手掛かりにランダムに聴講します。といっても真剣に聴いているわけではないので、まったく内容が記憶に残らないこともしばしばです。昨夜聴いて記憶に残ったのは、「うつ病」と「古事記」の話でした。うつ病患者が増えた原因としては、3つほどあり、まず診断できるクリニックが増えたこと、うつ病の定義が拡大したこと、家族や地域の受容力の変化が挙げられます。薬や休養で治る率も高いですが、休養自体がとれない生活環境に患者が置かれることもしばしばです。家庭や学校・職場といった人間関係を育む場所自体がストレスの根源ということもあります。ザ・サードプレイス、ヒト薬という考え方も示されていました。古事記については、その編纂時期が西暦で言うところの700年代ということですから、三国志時代よりもずっと後。当時の皇統の一つ二つ前の代については、歴史といえますが、さらにその前となると物語、まさしく神話の世界となります。その意味では、ヤマトの歴史もずいぶん浅いものであんまり伝統など強調しても近隣の世界から見ると滑稽だなという気持ちになります。

看取り介護

次の日曜も終日予定が入っていますが、西側を通過する見込みの台風の影響が心配です。昨日は特別養護老人ホームを利用している父の看取り介護について医師や施設の生活支援相談員と話をしてきました。今の状態での余命見通しの期間はけっして長くはありませんでしたが、かねて本人が述べていた意思に沿うものと、看取り介護に同意することとしました。話し合いには、家族側から母と私、それと来春大学院への進学が決まり帰省していた私の長男と3世代が加わり決定してきました。こうしたことは、早期にはっきりさせておいた方が、家族にとっても施設にとってもいいと判断したので、迷いはありません。医療と介護の分かれ目を感じた日でした。

敬老会参加

敬老の日の本日、地元校区内の敬老会に参加しました。市長のあいさつの中で当地区の人口は60年前と比べて倍増し、平均寿命も延びているということでした。確かにそこ40年前は男性の平均寿命はまだ60代。それが、いまや80代ですから、高齢者のイメージもずいぶんかわりました。例年通り民生委員で余興出演もしました。それにしても会場の体育館が暑くてまいりました。教室のエアコン化は進んでいますが、体育館にも必要です。

何のための計画

行政が施策を実行する前にはさまざまな計画が立てられます。地元の市でも高齢者福祉計画・介護保険事業計画が3年ごとに定められています。私が、8月末までかかわっていた介護相談員派遣事業については、上記計画の中で地域支援事業の一環として位置付けられ、昨年度、今年度、来年度の3事業年度では各96回、月にして毎月8カ所訪問することとなっていました。しかし、実際は昨年度で計画の半数未満、今年度はさらに半減させて5カ月間だけの活動でした。そして、来年度はゼロになります。最初から達成できない計画を定めて、計画に実績を近づける努力もしない行政の怠慢・無知に呆れています。というか、施策の意味を考えずに仕事にかかわっている者が多い気がします。今回の事業停止を受けて地域密着型サービス事業者へ示している指導文書の中から、本事業の記述を削除するよう指摘しました。同時に次期の高齢者福祉計画・介護保険事業計画からも本事業の記述を削除するよう指摘しました。もしも次期の計画案に残したままパブリックコメント募集があった場合は、即座に指摘してやるつもりです。

電子政府は推進できたか

4期8年間にわたって委嘱されていた総務省電子政府推進員を先日退任しました。行政手続きにおける情報システムは、この間、激しい盛衰があり、電子政府を推進するのはたいへん難しいと感じました。電子証明書が収納されているマイナンバーカードを利用するのは年間何回あるだろうかと思います。いずれ健康保険証も組み込まれるとのことですが、便利なようで個人の健康状態が監視されているようで気味の悪さも感じます。もっとも健康保険も加入しているだけで医療機関のお世話になることはここ最近はまったくないので、それが続けられるようにしたいものです。

若い知人の訃報に接して

市内の介護施設入所者訪問の翌日、4年前に合同会社設立のお手伝いをさせてもらった30代の経営者の方の訃報に接しました。地域に根差したリハビリのデイサービス事業を起こされた方でした。法人設立の相談に乗らせていただくときは、依頼者の志を聴かせていただきます。それだけに志半ばで旅立たれた故人の思いが残ります。事業所は異なっても、故人の意をくんだ介護サービスが地元の施設で受けられればいいなと思います。さまざまな施設を訪問する機会が多いので、直接間接に資質が上がるよう提言したいと思います。

健診受診率を上げるには

市の健康づくり推進協議会に本日出席しました。市内の国民健康保険被保険者の特定健診の受診率が上がらないことが課題となっています。受診率が低いと病気が見落とされる危険が高まり、重症化してから医療機関にかかるので、国保財政が悪くなる、保険料の値上げへ向かうことを行政は危惧しています。受診率が上がれば、その成果を評価して国から交付金が出るそうですが、地元市は県内最下位の交付額なのだそうです。受診料を無料にしたときは少し受診率が上がったそうですが、今はそうではありません。もともと国保は社保と異なり、被保険者は個人事業主や非正規労働者、無職の方です。社保被保険者であれば、勤務している事業所が費用も負担して受診させますから、国保被保険者の受診率が低いのは当然に思えます。無料で受診を促すしか手はないように感じます。