カテゴリー別アーカイブ: 水俣病

距離で判断するのは無意味

読了した富樫貞夫著『<水俣病>事件の61年』の中で不知火海の海底に触れた記述がありました。チッソによる水銀を含む工場廃水がなくなった途端に海から水銀がなくなったということはありません。魚に境界はありませんから自由に回遊します。埋め立てたり海中に仕切り網が置かれた時期もありましたが、海底の地形は複雑でかなり沖合にホットスポットがあり、今も水銀がたまっているということは十分考えられます。したがってどこの魚を食べたか、沿岸からどの程度離れて住んでいたかはあまり意味はなく、平均で考えると被害の事実を切り捨ててしまうことが考えられます。原爆や原発事故の被害についても同じようなことが言えると思います。

審査人の資質

熊本県の水俣病審査会と熊本地震災害関連死審査会の大きな違いは、委員が医師だけで構成されているか、法律家も委員に加わっているかだと思います。この種の審査会では、医師はどうしても症状だけを診ようとします。特に水俣病においては、誤った判断条件に縛られた医師の審査が多くの被害者を切り捨ててきました。審査のポイントは、症状だけの判断ではなく、原因と結果の関連を認めるかどうか、つまり因果関係が認められるかどうかになります。そうした部分の判断には、法律家の視点が欠かせません。ただ、医師にしても法律家にしてもその肩書だけでなく、認定業務に携われるだけの思考能力があるかどうかは、別問題です。その資質を判断する力が行政にあり、さらにそれを主権者がチェックできる仕組みがあるかどうかも問題になります。『<水俣病>事件の61年』を読んでそんな思いを強くしました。

収まらないものを伝える

昨夜も「水俣病展2017」のホールプログラムの聴講に出かけました。講師は、シラス漁師の杉本肇さんと文芸批評家の若松英輔さんの2人です。若松さんは、初めて知った方でしたが、水俣病展を見て水俣病を分かったつもりになってはいけなくて、展示で収まり切れないことを来場者一人ひとりが考えて後世に伝えることが、大切ということを言われていました。収まり切れない物がたくさんあるというのは、共感しました。言葉や写真では伝わらないとも言われていましたが、それでも伝える力、社会を変える力は、言葉でしかできないので、そこは誤解を招くといけないなという印象ももちました。あと、評価が持ち上げ過ぎの対象もあったりして、そこは違和感を覚えました。もう一人の杉本さんの話は、私と同年齢ということもあり、当時の環境を自分だったらどうだったろうという思いで聴きました。

忖度は昔から

『<水俣病>事件の61年』を読むと、モリカケ問題以前の歴史になりますが、行政、産業界、学界の忖度は、昔からあるのだなと感じます。忖度して歴史に汚名を残すのか、闘うのか、これはよく考えて行動しないと、子々孫々までの恥になりかねません。

大人は何を示すべきなのか

現在開催中の「水俣病展2017」のホールプログラムにおいて、文化人類学者である上田紀行氏の講演を聴きました。上田氏は、東京工業大学の教授でもあり、若者の価値観の変化を間近に見ている立場にあります。約200人の学生に対して、自分が社員として勤める工場が長年有害物質を排水していると知ったら、どうするかという質問を続けています。その回答と年ごとの変化が以下の通りです。
            2006年  2011年  2012年
名乗って内部告発をする  3人    30人   50人
匿名で情報をリークする  15人   100人   120人
何もしない        180人   70人    30人
さすがに2006年のときは、驚いたそうです。正しいことを言えない不安感が覆う大人たちの姿を若者は見ていて、その若者を責められないと思ったそうです。しかし、この若者を大人である自分が変えてみせる誓ったといいます。大きな変化が出たのは、やはり東日本大震災に伴う東電福島第一原発事故が起きた2011年からでした。上記の回答の「何もしないこと」の愚かさの理解が進んだのかもしれません。
写真は、肥薩おれんじ鉄道の車内広告。

水俣病展で伝わりにくい問題を伝える

現在、熊本県立美術館分館で開かれている「水俣病展2017」の会場一角で関連書籍の販売が行われています。その中に今月刊行されたばかりの富樫貞夫著『〈水俣病〉事件の61年 未解明の現実を見すえて』(弦書房、2200円+税、2017年)が、置かれていました。出版社の紹介文には、「ひとつの公害病として、水俣病が公式に確認(1956)されてから今年(2017)で61年がたつ。この間、水俣病闘争、見舞金契約、認定問題など政治的社会的にさまざまな動きがあった。それは今も続いており、胎児性水俣病などを含めて世界的に水銀汚染が問題になっている。しかし、水俣病はその大半が未解明のままなのである。本書は、初心者も含めて、「水俣病」の病名、メチル水銀汚染の海域の範囲、毛髪水銀値からみた健康影響、社会的な「認定」と医学的な「診断」の違いなど未解明の問題点を講義した、その記録集。」とあります。2015年11月から2016年3月にかけてその講義は実施され、私も実際に聴講しました。実をいうと、水俣病展で伝わりにくいけれども知ってほしい構造問題が本著作に盛り込まれています。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

湯の鶴温泉

3年ぶりに湯の鶴温泉である財団の理事会が開かれ、評議員も加わった懇親会に参加しました。つい先日亡くなった元職員を偲んで出席者全員から発言がありました。ビールジョッキを掲げてほほ笑む遺影の披露もあり、この財団の歴史と使命を確認する良い機会となりました。

自分に正直に

昨夜、水俣病展2017の関連イベントで、緒方正美氏と香山リカ氏の話を聴く機会がありました。語り部として活動されている緒方氏は、自身の人生を振り返って、逃げる人生、闘う人生、向き合う人生の3つがあったと語りました。患者となったことで失うものばかりでなかったといいます。加害側の当事者に対する赦しの心境については、緒方氏でしか気づくことができなかった重い経験だと思いました。香山氏からは、たとえ第三者であったとしても、自分にとって嫌なことであれば、発言するという姿勢を受け取りました。水俣病とのかかわりということでは、同じ精神科医であった故・原田正純氏の著作から先入観をもたずに研究する姿勢や患者の暮らしを知る医者としての姿勢を学んだという話でした。共に差別する浅はかな人たちからの攻撃を受けた人ならではの強さややさしさを感じました。それにしても思うのは、フェイクにはまってヘイトスピーチを繰り返す人々は、何かから逃げる心の病があるのではという気がします。

相思社元職員の訃報

けさ相思社から下記の訃報連絡をもらいました。退職後、闘病生活を送っておられましたが、相思社の設立10年から40年目にかけての時期を中心に支えてもらった方でしたので、惜しい限りです。水俣とは縁もない多くの方が患者支援に動いてこられましたが、弘津氏のような目立たない支えこそが、最も強く頼りになったと思います。ご冥福を祈ります。

弘津敏男さんが亡くなりました

相思社元職員の弘津敏男さんが11月17日の朝、お亡くなりになりました。
謹んでお知らせ申し上げます。

葬儀は下記の通り執り行われます。

通夜:11月18日 19時より
葬儀:11月19日 10時30分より

場所:大阪府高槻市下田部町2-1-9
北摂ホール
072-672-4200

きょうから水俣展2017

本日から「水俣展2017」が熊本県立美術館分館をメイン会場に開かれます。同館とは別会場でホールプログラムも予定されています。第1弾は、下記の通りです。緒方氏は、相思社の評議員会でのご縁もあるので、関心があります。香山さんは、日頃から差別される人々に寄り添って勇気ある発言をしている頼もしい方です。
「私と水俣病」―患者さんのお話から
11月18日(土)午後6時30分開場、7時~9時
[A会場]城彩苑多目的交流施設
緒方正実(建具師、水俣病患者)
香山リカ(精神科医)
水俣病を生み出した近代が、さらに効率性・合理性を極める現代は、心の病が蔓延する社会。そんな今、メディアで親しまれる精神科医の香山。行政に立ち向かい「人間であること」を守った緒方。2人の講演と対話から考える「心を育てる」。

死を前にしたことば

川合康三著『生と死のことば 中国の名言を読む』(岩波新書、780円+税、2017年)を読むと、2000年近く前の辞世の詩がいくつも紹介されています。そのことに単純に驚くとともに、現代ではそれこそこうしたブログやSNSに記された個人の思いが、それにあたるのかもしれないと思います。

今の年齢で読めば違ったかも

昨日のトップニュースは、長崎生まれのイギリス人作家、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞でした。同氏の作品は2冊書棚にあり、1990年頃に読んだ記憶があります。正直なところ、20代終わりの時期の私にとっては盛り上がりを欠く退屈な本でした。以来、同氏の作品を手に取ることはなかったわけですが、今の年齢で読めば違った印象をもったのかもしれません。それと、作家も当時30代だったのが、作風の老成感からして今にして思えば驚きです。
文学の力という点で、いくらか矛先は異なりますが、1964年にノーベル文学賞に選ばれながら受賞を辞退した、フランスの作家・哲学者、ジャン₌ポール・サルトルは、かつて自分の代表作『嘔吐』を回顧しながら、「文学は現実に餓死する子どもを救うことができないのだから役に立たない」と語っています。読者の立場からすると、文学作品を役に立つから読むという人は、まれですから、サルトルの言葉はその通りだとも言えますし、見方を変えればサルトルがそういう発言をするから読者は注目し、文学に何かを動かす望みを見つけようという気持ちにもなるかもしれないと思います。
石牟礼道子作品と水俣病被害者支援運動もそうですが、読み手と書き手の双方の資質が、言葉の力をどうにでも変えるという気がします。もっともっと凄い作家が生まれてくることを期待します。

だらしない最高裁判事こそが罪深い

水俣病訴訟に勝訴して原因企業から賠償金を得た患者には、公害健康被害補償法に基づく補償をしなくても適法という判断を昨日最高裁が示し、原告が敗訴しました。行政を擁護するようで申し訳ないですが、法律に縛られて動かざるを得ない行政が、補償不支給の判断をするというのは、彼らのやり口として自然です。ですが、事件の歴史や憲法の理念に基づいてどのような扱いが正しいか、法律の中身や運用について判断するのが、司法の役割です。つまり、自浄作用がない行政に与するのではなく、人権を踏みにじられてきた国民の権利を回復するには、どうしたらいいのかという視点が裁判官には求められています。今回の司法判断は自らの職責を放棄したものであり、被告の行政以上に罪深い歴史を作ったと思えてなりません。原告患者が勝訴した関西訴訟最高裁判決の考えを自ら否定することになったことに気付いていないのか、今回の4人の裁判官の低能ぶりが心配です。

りんごはいかが

水俣病センター相思社が取り扱う長野産の低農薬りんごを今年も注文しました。毎月美味しいりんごが届くので楽しみです。りんごと言えば、18日に2年ぶりに開かれる地元校区の敬老会アトラクションに参加しますが、民生委員一同で健康ダンス「リンゴの唄」を披露します。
以下は、相思社メールニュースからの転載です。

「りんごはじめました♪」

今から30年以上前、水俣病との出会いがきっかけで農薬の使用を最低限まで減らしてやってきた長野県佐久穂町の須田さん一家。 研究を重ねた手法やその思想は、二代目たちにしっかりと受け継がれています。

報道でご存じの方も多いと思いますが、宅急業者がこぞって値上げします。それでこれまでの送料を続けることができなくなり、値上げをすることに いたしました。何卒ご理解ください。そのぶん、送料がオトクな10kg箱、7kg箱2つしばりなどご用意しました。また、手頃な5kg箱のラインナップも増やしました。お好みの箱サイズを選んでください。

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つがるは今ようやく色づき始めています。 9月中旬からとしていますが、気象次第でとても微妙なところです。また品薄となっていますので売り切れの際はご容赦下さい。

拉致被害者への冒涜

『拉致と日本人』の共著者・蓮池透氏の発言で感じるのは、拉致被害者の救出をおざなりにして、偏狭なナショナリズム高揚に便乗したり、権力へのすり寄りの手段に使おうとしたりする浅ましい連中のあぶりだしです。事実、透氏の行動の源は怒りだといいます。「自国の政府の不作為や不条理に対する憤りは、弟の帰ってきた今も、まだ収まりません。」(P.140)と語っています。「拉致という行為が許されないのは、一人ひとりの人生や生命をないがしろにする犯罪だからですよね。拉致問題を口実にしてナショナリズムを盛り上げようとするのは、その意味で二重三重におかしいと思います。」(P.143)とも語っています。
特に帰国が果たせた拉致被害者自身が知っていることを表に出せない点があります。それを出せば、残っている被害者の生命を危うくさせるからです。あろうことか透氏を工作員呼ばわりする大バカ者まで現れる始末です。
このように大きな犯罪が起こったときに本質を見誤ったりそれを自己の権益に利用したりする者が必ず現れるという思いがします。たとえば、水俣病事件においては被害の研究において多くの医学研究者が博士号を取得しましたが、患者救済に動いてくれた人はほんの一握りです。東京電力の旧経営陣も福島第一原発事故についてお詫びすると言いながら、事故を防止する手立てをとらなかったことには責任がないと述べています。甲状腺がんになった多くの子どもたちの存在をなんとも思っていないのではと感じます。
被害者を冒涜する犯罪の発生はことあるごとに告発する必要を覚えます。

水俣の思い出

6月21日、45年前の水俣病センター相思社の設立委員の一人であった、映画プロデュ―サーの高木隆太郎氏が亡くなられました。高木氏が制作にかかわった作品を見る機会は過去ありましたが、ご本人と会ったことはありません(私と同世代の長女さんとは相思社10周年の大収穫祭や下北沢での青林舎の年末餅つきでお目にかかったことがあります)。高校の先輩にもあたり、遠くから仰ぎ見る存在でした。その人となりは昨年映画で、今年書籍で取り上げられています。現実を前にしてどう行動すべきなのか考えさせられます。

アジアは近い

肥薩おれんじ鉄道に乗って水俣にある財団の評議員会に出席してきました。同財団には国際NGOとしての活躍を期待しています。海外からの研修を受け入れたり、海外向け情報発信を行っています。将来的には海外出身の職員が誕生してもいいと思います。車中で山室信一著『アジアびとの風姿』を読みましたが、かつて熊本人が近隣アジアに渡っていろんな足跡を残した歴史があります。それがけっして当地の人々の幸福につながったわけではありませんが、その距離は現代よりもはるかに近さを感じます。
帰宅したら先日お手伝いした在留資格申請者(新規)から資格取得のお礼の電話がありました。嬉しいものです。
今週も社会福祉系の2法人の評議員会に出席します。

ジャーナリストの分かれ目

昨日の地元紙1面記事下に出版元の広告が出ていて、しかも社会面記事に同社の元記者も取り上げられている書籍として、平野恵嗣著『水俣を伝えたジャーナリストたち』(岩波書店)が紹介されていたので、これを買って読もうかどうしようかと思案中です。同書に登場する人物の何人かとは会ったこともあり知っています。ただ、何か違うなというのは、ジャーナリストをヒーロー扱いしなければならない現在に病理性を感じるせいかもしれません。繰り返しますが、同書の登場人物の仕事は素晴らしいものがあり、そのおかげで事件に日が当たった側面はあります。しかし、ジャーナリストの職分としてはそれが当然であるべきです。その当然の仕事をしない者をジャーナリストとはいえないというのを、特に国内政治ニュースに感じます。最近では、官房長官を相手に東京新聞の社会部記者がたいへんいい仕事をされていました。その記者の日本の武器輸出を問うた著書は大学生の家族にも送付したほどの警告が含まれていました。ちなみに前記『水俣を―』の著者は私と同年代の現役の通信社記者のようです。水俣病事件そのものではなく、事件を追ったジャーナリストをまぶしく思う背景には何があるのかなと感じます。

言論の力

またしても山室信一氏著『アジアの思想史脈』からの引用になりますが、p.252において足尾鉱毒事件で被害民のために闘った田中正造の日記の一節が紹介されています。「道は二途あり。殺伐をもってせるを野獣の戦いとし、天理をもってせるを人類とす」。山室氏は、その意味するところは、武力をもって戦えば、人間は獣と同じになってしまうが、人間は言論の力によって「権利のための闘争」を戦うことが肝要であるということ、と語ります。
話は飛躍するのですが、ちょうど地元紙の熊本日日新聞において「水俣病60年 第7部 なぎさの向こうに 闘争は問う」という連載があって、「水俣病を告発する会」の創成期の関係者の証言を紙面で目にしています。実際に私もかかわった人たちの名前もその連載に登場するのですが、やはりそこで感じたのが言論・言葉の力でした。現在のネット上で飛び交う極めて皮相的・断片的コピーではなく、対決する相手を恥じ入らせてしまう研ぎ澄まされた思想や論理構成があったように思います。
それは個人の深い修行だけでなく、学際的な付き合いによる触発も大きいように思います。いまそうした場がたいへん少なくなっている気がします。

半年ぶりの水俣訪問

半年ぶりに水俣を訪問しました。「宮崎さんちの一番茶」がちょうど入荷したので、「天の紅茶」と共に買ってきました。通販サイトでも入手できます。水俣病事件を考えるミュージアムが来年設立30周年を迎えます。海外向け情報発信にも力を入れていて英語サイトもあります。