カテゴリー別アーカイブ: 水俣病

自分に正直に

昨夜、水俣病展2017の関連イベントで、緒方正美氏と香山リカ氏の話を聴く機会がありました。語り部として活動されている緒方氏は、自身の人生を振り返って、逃げる人生、闘う人生、向き合う人生の3つがあったと語りました。患者となったことで失うものばかりでなかったといいます。加害側の当事者に対する赦しの心境については、緒方氏でしか気づくことができなかった重い経験だと思いました。香山氏からは、たとえ第三者であったとしても、自分にとって嫌なことであれば、発言するという姿勢を受け取りました。水俣病とのかかわりということでは、同じ精神科医であった故・原田正純氏の著作から先入観をもたずに研究する姿勢や患者の暮らしを知る医者としての姿勢を学んだという話でした。共に差別する浅はかな人たちからの攻撃を受けた人ならではの強さややさしさを感じました。それにしても思うのは、フェイクにはまってヘイトスピーチを繰り返す人々は、何かから逃げる心の病があるのではという気がします。

相思社元職員の訃報

けさ相思社から下記の訃報連絡をもらいました。退職後、闘病生活を送っておられましたが、相思社の設立10年から40年目にかけての時期を中心に支えてもらった方でしたので、惜しい限りです。水俣とは縁もない多くの方が患者支援に動いてこられましたが、弘津氏のような目立たない支えこそが、最も強く頼りになったと思います。ご冥福を祈ります。

弘津敏男さんが亡くなりました

相思社元職員の弘津敏男さんが11月17日の朝、お亡くなりになりました。
謹んでお知らせ申し上げます。

葬儀は下記の通り執り行われます。

通夜:11月18日 19時より
葬儀:11月19日 10時30分より

場所:大阪府高槻市下田部町2-1-9
北摂ホール
072-672-4200

きょうから水俣展2017

本日から「水俣展2017」が熊本県立美術館分館をメイン会場に開かれます。同館とは別会場でホールプログラムも予定されています。第1弾は、下記の通りです。緒方氏は、相思社の評議員会でのご縁もあるので、関心があります。香山さんは、日頃から差別される人々に寄り添って勇気ある発言をしている頼もしい方です。
「私と水俣病」―患者さんのお話から
11月18日(土)午後6時30分開場、7時~9時
[A会場]城彩苑多目的交流施設
緒方正実(建具師、水俣病患者)
香山リカ(精神科医)
水俣病を生み出した近代が、さらに効率性・合理性を極める現代は、心の病が蔓延する社会。そんな今、メディアで親しまれる精神科医の香山。行政に立ち向かい「人間であること」を守った緒方。2人の講演と対話から考える「心を育てる」。

死を前にしたことば

川合康三著『生と死のことば 中国の名言を読む』(岩波新書、780円+税、2017年)を読むと、2000年近く前の辞世の詩がいくつも紹介されています。そのことに単純に驚くとともに、現代ではそれこそこうしたブログやSNSに記された個人の思いが、それにあたるのかもしれないと思います。

今の年齢で読めば違ったかも

昨日のトップニュースは、長崎生まれのイギリス人作家、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞でした。同氏の作品は2冊書棚にあり、1990年頃に読んだ記憶があります。正直なところ、20代終わりの時期の私にとっては盛り上がりを欠く退屈な本でした。以来、同氏の作品を手に取ることはなかったわけですが、今の年齢で読めば違った印象をもったのかもしれません。それと、作家も当時30代だったのが、作風の老成感からして今にして思えば驚きです。
文学の力という点で、いくらか矛先は異なりますが、1964年にノーベル文学賞に選ばれながら受賞を辞退した、フランスの作家・哲学者、ジャン₌ポール・サルトルは、かつて自分の代表作『嘔吐』を回顧しながら、「文学は現実に餓死する子どもを救うことができないのだから役に立たない」と語っています。読者の立場からすると、文学作品を役に立つから読むという人は、まれですから、サルトルの言葉はその通りだとも言えますし、見方を変えればサルトルがそういう発言をするから読者は注目し、文学に何かを動かす望みを見つけようという気持ちにもなるかもしれないと思います。
石牟礼道子作品と水俣病被害者支援運動もそうですが、読み手と書き手の双方の資質が、言葉の力をどうにでも変えるという気がします。もっともっと凄い作家が生まれてくることを期待します。

だらしない最高裁判事こそが罪深い

水俣病訴訟に勝訴して原因企業から賠償金を得た患者には、公害健康被害補償法に基づく補償をしなくても適法という判断を昨日最高裁が示し、原告が敗訴しました。行政を擁護するようで申し訳ないですが、法律に縛られて動かざるを得ない行政が、補償不支給の判断をするというのは、彼らのやり口として自然です。ですが、事件の歴史や憲法の理念に基づいてどのような扱いが正しいか、法律の中身や運用について判断するのが、司法の役割です。つまり、自浄作用がない行政に与するのではなく、人権を踏みにじられてきた国民の権利を回復するには、どうしたらいいのかという視点が裁判官には求められています。今回の司法判断は自らの職責を放棄したものであり、被告の行政以上に罪深い歴史を作ったと思えてなりません。原告患者が勝訴した関西訴訟最高裁判決の考えを自ら否定することになったことに気付いていないのか、今回の4人の裁判官の低能ぶりが心配です。

りんごはいかが

水俣病センター相思社が取り扱う長野産の低農薬りんごを今年も注文しました。毎月美味しいりんごが届くので楽しみです。りんごと言えば、18日に2年ぶりに開かれる地元校区の敬老会アトラクションに参加しますが、民生委員一同で健康ダンス「リンゴの唄」を披露します。
以下は、相思社メールニュースからの転載です。

「りんごはじめました♪」

今から30年以上前、水俣病との出会いがきっかけで農薬の使用を最低限まで減らしてやってきた長野県佐久穂町の須田さん一家。 研究を重ねた手法やその思想は、二代目たちにしっかりと受け継がれています。

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つがるは今ようやく色づき始めています。 9月中旬からとしていますが、気象次第でとても微妙なところです。また品薄となっていますので売り切れの際はご容赦下さい。

拉致被害者への冒涜

『拉致と日本人』の共著者・蓮池透氏の発言で感じるのは、拉致被害者の救出をおざなりにして、偏狭なナショナリズム高揚に便乗したり、権力へのすり寄りの手段に使おうとしたりする浅ましい連中のあぶりだしです。事実、透氏の行動の源は怒りだといいます。「自国の政府の不作為や不条理に対する憤りは、弟の帰ってきた今も、まだ収まりません。」(P.140)と語っています。「拉致という行為が許されないのは、一人ひとりの人生や生命をないがしろにする犯罪だからですよね。拉致問題を口実にしてナショナリズムを盛り上げようとするのは、その意味で二重三重におかしいと思います。」(P.143)とも語っています。
特に帰国が果たせた拉致被害者自身が知っていることを表に出せない点があります。それを出せば、残っている被害者の生命を危うくさせるからです。あろうことか透氏を工作員呼ばわりする大バカ者まで現れる始末です。
このように大きな犯罪が起こったときに本質を見誤ったりそれを自己の権益に利用したりする者が必ず現れるという思いがします。たとえば、水俣病事件においては被害の研究において多くの医学研究者が博士号を取得しましたが、患者救済に動いてくれた人はほんの一握りです。東京電力の旧経営陣も福島第一原発事故についてお詫びすると言いながら、事故を防止する手立てをとらなかったことには責任がないと述べています。甲状腺がんになった多くの子どもたちの存在をなんとも思っていないのではと感じます。
被害者を冒涜する犯罪の発生はことあるごとに告発する必要を覚えます。

水俣の思い出

6月21日、45年前の水俣病センター相思社の設立委員の一人であった、映画プロデュ―サーの高木隆太郎氏が亡くなられました。高木氏が制作にかかわった作品を見る機会は過去ありましたが、ご本人と会ったことはありません(私と同世代の長女さんとは相思社10周年の大収穫祭や下北沢での青林舎の年末餅つきでお目にかかったことがあります)。高校の先輩にもあたり、遠くから仰ぎ見る存在でした。その人となりは昨年映画で、今年書籍で取り上げられています。現実を前にしてどう行動すべきなのか考えさせられます。

アジアは近い

肥薩おれんじ鉄道に乗って水俣にある財団の評議員会に出席してきました。同財団には国際NGOとしての活躍を期待しています。海外からの研修を受け入れたり、海外向け情報発信を行っています。将来的には海外出身の職員が誕生してもいいと思います。車中で山室信一著『アジアびとの風姿』を読みましたが、かつて熊本人が近隣アジアに渡っていろんな足跡を残した歴史があります。それがけっして当地の人々の幸福につながったわけではありませんが、その距離は現代よりもはるかに近さを感じます。
帰宅したら先日お手伝いした在留資格申請者(新規)から資格取得のお礼の電話がありました。嬉しいものです。
今週も社会福祉系の2法人の評議員会に出席します。

ジャーナリストの分かれ目

昨日の地元紙1面記事下に出版元の広告が出ていて、しかも社会面記事に同社の元記者も取り上げられている書籍として、平野恵嗣著『水俣を伝えたジャーナリストたち』(岩波書店)が紹介されていたので、これを買って読もうかどうしようかと思案中です。同書に登場する人物の何人かとは会ったこともあり知っています。ただ、何か違うなというのは、ジャーナリストをヒーロー扱いしなければならない現在に病理性を感じるせいかもしれません。繰り返しますが、同書の登場人物の仕事は素晴らしいものがあり、そのおかげで事件に日が当たった側面はあります。しかし、ジャーナリストの職分としてはそれが当然であるべきです。その当然の仕事をしない者をジャーナリストとはいえないというのを、特に国内政治ニュースに感じます。最近では、官房長官を相手に東京新聞の社会部記者がたいへんいい仕事をされていました。その記者の日本の武器輸出を問うた著書は大学生の家族にも送付したほどの警告が含まれていました。ちなみに前記『水俣を―』の著者は私と同年代の現役の通信社記者のようです。水俣病事件そのものではなく、事件を追ったジャーナリストをまぶしく思う背景には何があるのかなと感じます。

言論の力

またしても山室信一氏著『アジアの思想史脈』からの引用になりますが、p.252において足尾鉱毒事件で被害民のために闘った田中正造の日記の一節が紹介されています。「道は二途あり。殺伐をもってせるを野獣の戦いとし、天理をもってせるを人類とす」。山室氏は、その意味するところは、武力をもって戦えば、人間は獣と同じになってしまうが、人間は言論の力によって「権利のための闘争」を戦うことが肝要であるということ、と語ります。
話は飛躍するのですが、ちょうど地元紙の熊本日日新聞において「水俣病60年 第7部 なぎさの向こうに 闘争は問う」という連載があって、「水俣病を告発する会」の創成期の関係者の証言を紙面で目にしています。実際に私もかかわった人たちの名前もその連載に登場するのですが、やはりそこで感じたのが言論・言葉の力でした。現在のネット上で飛び交う極めて皮相的・断片的コピーではなく、対決する相手を恥じ入らせてしまう研ぎ澄まされた思想や論理構成があったように思います。
それは個人の深い修行だけでなく、学際的な付き合いによる触発も大きいように思います。いまそうした場がたいへん少なくなっている気がします。

半年ぶりの水俣訪問

半年ぶりに水俣を訪問しました。「宮崎さんちの一番茶」がちょうど入荷したので、「天の紅茶」と共に買ってきました。通販サイトでも入手できます。水俣病事件を考えるミュージアムが来年設立30周年を迎えます。海外向け情報発信にも力を入れていて英語サイトもあります。

立憲主義に基づく自省を

ただ改憲をやりたいだけの首相やその追随勢力は、権力の暴走を縛る憲法の理念が実現できたかという、立憲主義に基づく自省を試みたことがあるのでしょうか。彼らの発言を聞くと、到底そうした理解がなされているとは思われません。たとえば、福島の原発事故被災者や水俣病患者、ヘイト被害者、その他人権を踏みにじられた多くの人々の存在を思いやった発言はなく、ただ一方的に排外的な主張を繰り返すのみです。彼らが進もうとする道はやがて自らの人権も侵される自滅へと続くことを知ろうとしないのが、不幸です。ここで突き放すのではなく、どのように目を醒ましてもらうのか。絶え間ない発言が必要なのだと思います。

一筆

明日(4月5日)の熊本日日新聞夕刊から3か月間、水俣病センター相思社の常務理事が週一コラム「一筆」に登場するそうです。年齢は私よりも数段若い女性ですが、苦しい人生を歩んできた患者の話を日ごろから聴いている人だけに、どのように社会を捉えた文章が出てくるのか非常に楽しみです。

2017年のご挨拶

明けましておめでとうございます。WEB年賀状を掲載します。
昨年末の熊本日日新聞と朝日新聞西部本社版の1面トップが、共に水俣病事件史関連資料発見の記事でした。熊日記事は、「水俣病の原因として魚介類が疑われるようになった1950年代後半、行政が魚介類の危険性を知らせた後も漁が続いているとして、熊本大医学部の研究者が被害拡大を懸念した報告書が30日までに見つかった。」というものでした。報告者は水俣病審査会の初代会長などを歴任した故・徳臣晴比古氏で、当時の熊大学長に提出していたものです。熊本地震で散乱した熊本学園大学の書庫資料から見つかったとあります。朝日の記事は、「水俣病の原因企業チッソが、患者への補償で経営危機に陥った1970年代、国が公的支援を決めるまでの詳しい経緯が、同社副社長による内部メモから明らかになった。」というもので、メモをまとめたのは故・久我正一氏。チッソにそのメモは保管されていましたが、その写しをチッソ史の研究者を介して朝日新聞が入手したとあります。それによると、補償費の負担を抑えようと「補償協定の改定、あるいは破棄をせよ」「今のままでは、ザルに水を注ぐがごとしだ」などと、政府高官らが発言していたとされています。
企業の犯罪がやがて行政の犯罪へ拡大していく事実がここにも明らかになっています。1950年代といえばまだ工場排水は停止されていません。1970年代に経営苦境に立ったチッソを潰すなと、正当な補償を求める患者たちが不当な差別迫害を受けていました。その意味では、それを見過ごしてきた、あるいは被害拡大に加担してきた国民の犯罪でもあったというのが、史実からわかってきます。この事件から学ぶものは膨大です。

まだ失敗を繰り返す気か

2016年10月10日の朝日新聞西部本社版10版1面では、同月3日の1面紙面と同じく、水俣病検診記録の分析結果について報じていました。それによると、水俣病被害者救済法による救済策の申請期限が過ぎた2012年8月以降の検診受診者1542人に痛覚や触覚が鈍くなる感覚障害すなわち水俣病の典型症状が確認されたということでした。これについて環境省の特殊疾病対策室長は「(水俣病被害者救済策の申請は)猶予を設けて周知を図った。救済を望んで取り残された人はいないと考えている」と、事実に目を向けず、自分勝手な妄想を語っているようです。問われている国民の被害について話を逸らすのですから、本来は解決策について向き合わなければならない公務員としての職責を放棄していると思います。言ってみれば水俣病事件は、原因企業はもちろんのこと、行政の失敗の歴史の積み重ねです。まだ失敗を繰り返す気でいると思えてなりません。期限を設けることも、居住地域の線引きを行うことも無意味です。有機水銀に曝露した生活経歴があれば症状の軽重はあっても、それはすべて被害者です。そうした論理的思考を基礎にして行政は国民の負託に応えていかなければなりません。

バカげた線引きの不幸

2016年10月3日の朝日新聞西部本社版10版の1面・2面(総合2)・33面(社会)は、水俣病被害者の検診記録1万人分を、医師団と朝日新聞が共同で分析した結果を報じていました。結果は、救済対象地域外で暮らしてきた人々にも対象地域に暮らしてきた人たちと酷似した症状が現れているということでした。つまり、救済対象地域の線引きがいかに根拠のないものであるかということを示しています。不幸なことに認定審査会の医師の面々は、沿岸部から奥まった内陸部においても行商によって日常的に魚を食していた生活歴に考えが及びません。線引きという点では自由に海を行き来する魚たちにも無意味です。ですからチッソが排水を止めた時代以降に生まれた人たちに被害が及んでいることや不知火海から離れた地域に住む漁民に被害があることは十分にありえる話です。こうした事実から目をそらしながら救済のポーズをとってきた国や県は新たな犯罪を重ねているとしかいえません。

阿賀に生きる

映画「阿賀に生きる」の仕掛け人の旗野秀人さんを招いて水俣病センター相思社において上映会が行われます。映画に出てくる登場人物の魅力や、新潟のいまを語っていただきます。
日時 2016年10月2日(日)10時~14時
場所 相思社集会棟仏間
参加費 無料(昼食を希望の方は相思社へ事前に連絡要。南里わっぱ飯800円です)

なお、前日10月1日(土)には、水俣市中央公民館で「風の波紋」(小林茂監督)を見ながらパンやカレーを食べて、その後21時過ぎから始まる相思社での打ち上げに参加してそのまま相思社に泊まる合宿企画もあります。
打ち上げは参加費1,500円、宿泊は一泊2,400円、朝食500円、昼食800円、イベント終了後希望の方は温泉に連れて行きます。

なかなか楽しそうなので思案中です。