カテゴリー別アーカイブ: 水俣病

相思社のCFプロジェクトが始まりました

水俣病センター相思社の水俣病歴史考証館改修を目指すクラウドファンディングプロジェクトが昨日から始まりました。7月末まで行われます。昨夜のNHK熊本のニュースでも紹介放送されました。プロジェクト成立を期待しています。マニュアルを読んでから申し込みましたが、FBユーザーなら簡単にログインできることや入力画面の紹介、入力時にクレジットカードや返金の際の口座情報が手元にあると便利なこともホームページで紹介があるとより親切かなとも思いました。

CF支援を

一度全国紙で紹介されていましたが、けさの地元紙でも水俣病センター相思社で展示施設の改修資金獲得を目的としたクラウドファンディング開始について紹介されていました。予定では6月18日からホームページにリンクを貼るということでした。今週は視察研修で刑務所を訪ねます。縫製や製茶、介護などさまざまな職業能力開発に入所者は取り組んでいるようです。出所後の活躍の場が増えることを期待しています。

世界の水銀汚染に目を向けよう

先日読了した『8のテーマで読む水俣病』では、「水銀に関する水俣条約の成立過程と問題点」の記述が、よくまとまっていて世界の水銀による環境汚染の問題を理解する上で、良好なテキストだと思いました。私が役員としてかかわっている水俣病センター相思社では、JICA研修の受託という形で海外の環境行政関係者等へのかかわりがありますが、相思社自体でも展示や講演活動の中で、この問題に対する情報発信を強化していくことが重要だと思いました。

犯罪と救済の実相

今、『8のテーマで読む水俣病』を読み進めています。編者が水俣病の入門書として書き下ろしたと言われる通り、平易な表現で水俣病の歴史を伝えていると感じます。なぜ被害が拡大したのかという犯罪の部分については、まず原因物質を海へ流し続けた企業の存在があります。次いで被害者が出ているにもかかわらず、因果関係を突き詰めず、排出を止めず、被害拡大に手を貸した行政犯罪の側面があります。さらには、後で自らも被害を受けていたことが分かるのですが、税収や雇用、消費で恩恵を受けていた住民自身が企業を擁護し続けたという住民自身の罪という面もあります。つまり、企業・行政・住民一体となった犯罪というのが実相です。いわば、誰もが犯罪者なのですから、いつまでも罪を認めようとしないため、救済はなかなか進まないという悲劇の歴史を辿ります。犯人たちを悔い改めさせ、救済に向かわせることは、たいへん困難です。被害が公式に発見されて60年以上経つのに未だにできるだけ救済対象を少なくしようとする努力だけは怠らないのです。水俣病とは水俣沿岸の漁業者家族たち特有の病気とのイメージが今も色濃く残っていますが、居住地を問わずメチル水銀に汚染された魚介類を摂取したのなら、外見の身体症状に関係なくすべてが被害者です。始末は何も付いていない政治の事件として国民は知るべきです。

8のテーマで読む水俣病

著者ご本人より『8のテーマで読む水俣病』(弦書房、2000円+税、2018年)刊行のご案内を受けましたので、紹介します。水俣病事件の読み解き方はいろんな面があるかと思います。私自身は職業柄も一国民という立場からも、行政や企業の犯罪を糺す後追い政治とそうした過ちを予防する理想実現のための先行政治の問題として追っていきたいと考えます。

何も反省していない

水俣病の原因企業チッソの社長が、5月1日の水俣病犠牲者慰霊式後に行った「救済は終わっている」との発言を、18日に撤回しました。ただし、発言したときは記者団を前に自ら滔滔と持論を展開したのに対して、撤回は水俣現地の部下が文書代読での回答でした。しかも、患者団体が辞任を求めたのに、それには応じないということでした。この経緯をみても本人の意思に変わりはないのだなというのが透けて見えます。同社が責任を認めずに被害を拡大させていた時期に入社して以来、被害者に向き合ってきたことはないような人がトップに座っていられる企業があるというのが、不思議です。筋金入りの犯罪企業といえます。異論があるなら慰霊式のときと同じように現地へ赴いて本人の口から発言し、トップから退いてもらいたいものです。

原点は何なのか分からない

民生委員制度創設100周年記念熊本県大会の来賓挨拶に立った知事が、人生で初めて民生委員と接したときのエピソードを語っていました。旧満州からの引揚者である貧しい農家の両親を訪ねてきた民生委員が、生活保護受給申請を勧めてくれたそうです。当時、知事は12歳の少年だったそうです。しかし、その頃は生活保護を受けると子どもが高校進学できなくなるので、両親は受給申請を断ったそうです。それでも、蒲島少年は他人の生活を思って動いてくれる人の存在を知って、民生委員の信条が今の知事としての信条として重なるというようなことを話していました。同じく今月1日の水俣病慰霊式で知事の政治の原点は、水俣にあると挨拶していました。チッソの社長が救済は終了したという持論展開にも同調はしていませんでしたが、今の患者認定のやり方を俯瞰すると救済の仕方に問題があります。果たしてどちらがあなたの原点なのかが分からないという気持ちです。

言葉の力

『苦海浄土』などの文学作品で知られる石牟礼道子さんが昨日永眠されました。いろんな評価があります。私も水俣病問題に触れ始めた当初多くの著作を読みました。他の誰にも真似できない言葉を発し続けてこられたと思います。被害者や支援者には響いたのですが、加害者にはその言葉がどこまで届いたのか、ということでは無力だったように思います。司法・立法・行政という三権の世界では使われない言葉の世界が石牟礼作品の世界だったわけで、これは反戦や反核、反原発問題でも同じで、権力や富の世界と日々の暮らしの世界との大きな溝を感じます。

行政不服審査制度への信頼失墜

けさは近くの学童クラブを訪ね、児童とふれあい活動を行ってきました。段ボール紙で大きな将棋の駒を作り、将棋を楽しんだりしました。さすがに小学1~3年生と遊ぶのは体力を使います。世の中のおじいさんおばあさんの苦労を感じました。明日も別の学童クラブを訪ねて民生委員児童委員のPRを行ってきます。
ところで、25日の朝日が、水俣病と認定されなかった人の不服申し立てを審査する国の公害健康被害補償不服審査会側が、裁決の見通しを事前に環境省に漏らしていたと、報じていました。これは行政の適正な運営を確保する行政不服審査制度への国民の信頼を大きく損なう不当な介入です。加計学園問題で「行政のあり方が歪められた」ということがありましたが、環境省自身が「行政のあり方を歪めた」、自浄能力を放棄した憂慮すべき行為です。なんとも腹立たしい思いを持ちました。

距離で判断するのは無意味

読了した富樫貞夫著『<水俣病>事件の61年』の中で不知火海の海底に触れた記述がありました。チッソによる水銀を含む工場廃水がなくなった途端に海から水銀がなくなったということはありません。魚に境界はありませんから自由に回遊します。埋め立てたり海中に仕切り網が置かれた時期もありましたが、海底の地形は複雑でかなり沖合にホットスポットがあり、今も水銀がたまっているということは十分考えられます。したがってどこの魚を食べたか、沿岸からどの程度離れて住んでいたかはあまり意味はなく、平均で考えると被害の事実を切り捨ててしまうことが考えられます。原爆や原発事故の被害についても同じようなことが言えると思います。

審査人の資質

熊本県の水俣病審査会と熊本地震災害関連死審査会の大きな違いは、委員が医師だけで構成されているか、法律家も委員に加わっているかだと思います。この種の審査会では、医師はどうしても症状だけを診ようとします。特に水俣病においては、誤った判断条件に縛られた医師の審査が多くの被害者を切り捨ててきました。審査のポイントは、症状だけの判断ではなく、原因と結果の関連を認めるかどうか、つまり因果関係が認められるかどうかになります。そうした部分の判断には、法律家の視点が欠かせません。ただ、医師にしても法律家にしてもその肩書だけでなく、認定業務に携われるだけの思考能力があるかどうかは、別問題です。その資質を判断する力が行政にあり、さらにそれを主権者がチェックできる仕組みがあるかどうかも問題になります。『<水俣病>事件の61年』を読んでそんな思いを強くしました。

収まらないものを伝える

昨夜も「水俣病展2017」のホールプログラムの聴講に出かけました。講師は、シラス漁師の杉本肇さんと文芸批評家の若松英輔さんの2人です。若松さんは、初めて知った方でしたが、水俣病展を見て水俣病を分かったつもりになってはいけなくて、展示で収まり切れないことを来場者一人ひとりが考えて後世に伝えることが、大切ということを言われていました。収まり切れない物がたくさんあるというのは、共感しました。言葉や写真では伝わらないとも言われていましたが、それでも伝える力、社会を変える力は、言葉でしかできないので、そこは誤解を招くといけないなという印象ももちました。あと、評価が持ち上げ過ぎの対象もあったりして、そこは違和感を覚えました。もう一人の杉本さんの話は、私と同年齢ということもあり、当時の環境を自分だったらどうだったろうという思いで聴きました。

忖度は昔から

『<水俣病>事件の61年』を読むと、モリカケ問題以前の歴史になりますが、行政、産業界、学界の忖度は、昔からあるのだなと感じます。忖度して歴史に汚名を残すのか、闘うのか、これはよく考えて行動しないと、子々孫々までの恥になりかねません。

大人は何を示すべきなのか

現在開催中の「水俣病展2017」のホールプログラムにおいて、文化人類学者である上田紀行氏の講演を聴きました。上田氏は、東京工業大学の教授でもあり、若者の価値観の変化を間近に見ている立場にあります。約200人の学生に対して、自分が社員として勤める工場が長年有害物質を排水していると知ったら、どうするかという質問を続けています。その回答と年ごとの変化が以下の通りです。
            2006年  2011年  2012年
名乗って内部告発をする  3人    30人   50人
匿名で情報をリークする  15人   100人   120人
何もしない        180人   70人    30人
さすがに2006年のときは、驚いたそうです。正しいことを言えない不安感が覆う大人たちの姿を若者は見ていて、その若者を責められないと思ったそうです。しかし、この若者を大人である自分が変えてみせる誓ったといいます。大きな変化が出たのは、やはり東日本大震災に伴う東電福島第一原発事故が起きた2011年からでした。上記の回答の「何もしないこと」の愚かさの理解が進んだのかもしれません。
写真は、肥薩おれんじ鉄道の車内広告。

水俣病展で伝わりにくい問題を伝える

現在、熊本県立美術館分館で開かれている「水俣病展2017」の会場一角で関連書籍の販売が行われています。その中に今月刊行されたばかりの富樫貞夫著『〈水俣病〉事件の61年 未解明の現実を見すえて』(弦書房、2200円+税、2017年)が、置かれていました。出版社の紹介文には、「ひとつの公害病として、水俣病が公式に確認(1956)されてから今年(2017)で61年がたつ。この間、水俣病闘争、見舞金契約、認定問題など政治的社会的にさまざまな動きがあった。それは今も続いており、胎児性水俣病などを含めて世界的に水銀汚染が問題になっている。しかし、水俣病はその大半が未解明のままなのである。本書は、初心者も含めて、「水俣病」の病名、メチル水銀汚染の海域の範囲、毛髪水銀値からみた健康影響、社会的な「認定」と医学的な「診断」の違いなど未解明の問題点を講義した、その記録集。」とあります。2015年11月から2016年3月にかけてその講義は実施され、私も実際に聴講しました。実をいうと、水俣病展で伝わりにくいけれども知ってほしい構造問題が本著作に盛り込まれています。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

湯の鶴温泉

3年ぶりに湯の鶴温泉である財団の理事会が開かれ、評議員も加わった懇親会に参加しました。つい先日亡くなった元職員を偲んで出席者全員から発言がありました。ビールジョッキを掲げてほほ笑む遺影の披露もあり、この財団の歴史と使命を確認する良い機会となりました。

自分に正直に

昨夜、水俣病展2017の関連イベントで、緒方正美氏と香山リカ氏の話を聴く機会がありました。語り部として活動されている緒方氏は、自身の人生を振り返って、逃げる人生、闘う人生、向き合う人生の3つがあったと語りました。患者となったことで失うものばかりでなかったといいます。加害側の当事者に対する赦しの心境については、緒方氏でしか気づくことができなかった重い経験だと思いました。香山氏からは、たとえ第三者であったとしても、自分にとって嫌なことであれば、発言するという姿勢を受け取りました。水俣病とのかかわりということでは、同じ精神科医であった故・原田正純氏の著作から先入観をもたずに研究する姿勢や患者の暮らしを知る医者としての姿勢を学んだという話でした。共に差別する浅はかな人たちからの攻撃を受けた人ならではの強さややさしさを感じました。それにしても思うのは、フェイクにはまってヘイトスピーチを繰り返す人々は、何かから逃げる心の病があるのではという気がします。

相思社元職員の訃報

けさ相思社から下記の訃報連絡をもらいました。退職後、闘病生活を送っておられましたが、相思社の設立10年から40年目にかけての時期を中心に支えてもらった方でしたので、惜しい限りです。水俣とは縁もない多くの方が患者支援に動いてこられましたが、弘津氏のような目立たない支えこそが、最も強く頼りになったと思います。ご冥福を祈ります。

弘津敏男さんが亡くなりました

相思社元職員の弘津敏男さんが11月17日の朝、お亡くなりになりました。
謹んでお知らせ申し上げます。

葬儀は下記の通り執り行われます。

通夜:11月18日 19時より
葬儀:11月19日 10時30分より

場所:大阪府高槻市下田部町2-1-9
北摂ホール
072-672-4200

きょうから水俣展2017

本日から「水俣展2017」が熊本県立美術館分館をメイン会場に開かれます。同館とは別会場でホールプログラムも予定されています。第1弾は、下記の通りです。緒方氏は、相思社の評議員会でのご縁もあるので、関心があります。香山さんは、日頃から差別される人々に寄り添って勇気ある発言をしている頼もしい方です。
「私と水俣病」―患者さんのお話から
11月18日(土)午後6時30分開場、7時~9時
[A会場]城彩苑多目的交流施設
緒方正実(建具師、水俣病患者)
香山リカ(精神科医)
水俣病を生み出した近代が、さらに効率性・合理性を極める現代は、心の病が蔓延する社会。そんな今、メディアで親しまれる精神科医の香山。行政に立ち向かい「人間であること」を守った緒方。2人の講演と対話から考える「心を育てる」。