水俣病センター相思社のホームページがリニューアル

当社代表者が評議員を務める一般財団法人水俣病センター相思社のホームページが、5月25日、リニューアルしました。恋路島の写真が目を引きます。6月に訪問する予定ですので、時間があれば撮ってみたいと思います。 http://www.soshisha.org/jp/

知的財産管理技能検定3級に合格しました

今年3月11日に福岡市で受検した知的財産管理技能検定3級の学科試験・実技試験の両方に合格しました。今年は、(株)アテンプトの事業を変えていくため、資格取得や検定合格は前期よりセーブする予定ですが、自分の知財を高め維持する努力は継続していきます。当サイトの代表者プロフィールにも、今回の合格についてさっそく追記しました。

きょうは憲法記念日

学生時代のシューカツ仲間だった、山田隆司氏が読売新聞大阪本社を退職し、4月1日より創価大学法学部准教授に就任しました。大学在学中に司法書士試験に合格したり、新聞社在職中も大阪大学大学院博士課程を修了するなど、その努力には敬服しています。今年2月には、リンクに掲げた著書も出版しています。彼のような人材に最高裁長官を務めてもらいたいと考えています。ところで、きょうは憲法記念日でもあるのですが、世界でも先進的な日本国憲法を最高裁がもっとリードできていれば、たとえば議員定数不平等に限らずさまざまな失政を憲法のせいにする論理が見当違いだと思えてなりません。

56年間、不知火海沿岸の被害住民にどう向き合ってきたのか

5月1日、水俣病が公式に確認されてから56年を迎えます。被害が厳然とそこにあっても、未だ被害が隠れたままであっても、罪を犯した者に放置されつづけた歴史を顧みると、事件に終わりはないものと、この日、決意を新たにせざるをえません。
「不知火海沿岸の被害住民に対して過ちを認める」「罪のないのに被害を受けた住民の前から逃亡しない」。いまなお罪を重ね続ける者たちが、同じ国民であることを恥ずかしく思います。
さて、あさって5月3日は、憲法記念日。前文に謳われた世界でも先進的な理念は有効性を失ってはいないと思います。あとはその実現に邁進するべきであって、コンセプトをいじる必要性はあまり感じません。
さらに、上記で「住民」と「国民」という言葉を使い分けたのは、けさの朝日新聞オピニオン面には、憲法改正試案をつくった東浩紀氏へのインタビューが載っていて、その発言で、興味を引かれた次のくだりがあったからでした。「そこで日本国籍を持つ『国民』と、日本国籍はないが日本に住んでいる『住民』という二つの概念を創出し、前文に『日本国は単一の国土と単一の文化に閉じ込められるものではなく、様々な国民および住民との間の相互の尊敬と不断の協力によって更新される精神的共同体である』と書きました」―。
思うに、日本国籍を持っていても持ってなくても日本に住んでいる以上は住民という文字通りの概念の方が、しっくりきます。一般に納税の義務は住民が負うので、さまざまな福祉サービスはすべての住民が受けられるべきだと思います。

生活の100の生業

昨夜、「マチナカレッジ」で来熊された田中優氏の講演を聴く機会がありました。以下は、その感想の覚書きです。
前半は、国際金融の話。預貯金がどんなことに使われて、預けた人が知らない間に、どんな政策に加担しているかという解説でした。かつてわずか1冊ながら同氏の著書『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方』を読んだ経験があるため、話の内容に新鮮味はありませんでした。逆に言えば、主張がずっとブレずにあるワケで、氏の思想の地力に好感を持ちました。
後半は、省エネ製品や自然エネルギーの新しい事例紹介などを通じて、実践的な節電手法、支出を減らせる話が多く、タメになりました。
シューカツ自殺という言葉があるぐらいに会社(役所)だけにぶら下がる危険な暮らしから、おカネに頼らない進化した暮らしへ。地域の中でおカネを回し、地域に雇用を生み出す、地域を生かした暮らしへ。田中さんは「生活百姓」(=100の生業)という表現をされていました。生活者にとって本当に価値のある「資産」とは何なのか、明るく見つめ直す時間を持てたことを感謝しています。

べっぴんさんを連れてきます

昨日の午前中、東大阪にあるボーイング社認定工場の株式会社アオキの青木豊彦社長の講演を聴く機会がありました。人工衛星「まいど1号」の打ち上げにかかわったことが有名ですが、ダイキン工業へアポなしで営業に行ったエピソードなどが、おもしろくて聴く方も元気をいただきました。
その大阪で使われる表現で、良質な完成品を持参する際に、「べっぴんさんを連れてきます」という言い方があるそうです。なかなか微笑ましく、美女だったら会ってみたいという期待感をくすぐる、なかなか「ええ」言葉だと思いました。
それと、町工場の世界では職人の腕で賃金が決まるという当然と言えば当然の原則にも改めて気づかされました。
組織化された効率の良い仕事においては、労働時間や生産量でその賃金が決まります。しかし、技術を要する仕事、知的サービスの仕事においては、いくら時間や材料がかさんでも完成品の質が重要になります。自分に引き付けて常に「ええ」仕事をしているか、振り返ってみたくなりました。
先日の水俣病に係る義務付け訴訟の大阪高裁の判決あたりを書いた裁判長は、はたして「ええ」仕事をしたと、ほんとうに職業人として誇りを持てているのか。判決などは特に公衆の目に触れる完成品です。どこか別の方向を見た判決の導き方に、恥ずかしくないのかと思いました。
前述の青木講演の冒頭で、大阪では「おもろいこと」=「ええこと」という話もありました。この点もよく心したいと思いました。

熊本0-3松本、完敗でした

 今季初生観戦のロアッソ熊本vs松本山雅FCは、失点3の完敗。何も言うことはありません。ゲームは行ってみないと分からない、先が見えないからこそ面白いのですが、わがチームは観戦者の精神を鍛えてくれます。
それもあるのですが、きょうの朝日新聞の紙面では以下のような心に響く記事が多かったように思います。総じて思うのですが、いずれ否応なく65歳以上の人たちが社会を支える中心になります。自分の失敗や失政に失望し無力感に漂うのではなく、愚直に前に進むしかないのではと考えます。
1.経済面の「波聞風問」欄では、内閣府参与を辞めた湯浅誠氏が、ブログで財政問題が「何ともならない」と知った2年間だったと率直につづったことで浴びている批判に向き合っているエピソードが紹介されていました。
2.オピニオン面の「ザ・コラム」欄では、歴史家の坂野潤治氏の言葉を引き、失敗より次の夢を語れと説いています。
3.読書面の「ニュースの本棚」では、男性稼ぎ主の安定雇用に依存した社会システムは機能不全に至っているので、新しい社会へのチャレンジに伴う苦悶や戸惑いを引き受けないと、希望は生まれないと示していました。
4.同じく読書面の「著者に会いたい」欄では、『私、社長ではなくなりました。』の著者・元ワイキューブ社長の安田佳生さんを登場させ、高い目標と裏腹だった経営技術の未熟さを語らせています。

肥後熊本人の精神構造

高松光彦著『九州の精神的風土』(葦書房、1992年)P.350-351からの孫引きですが、明治時代の熊本主流派士族、佐々友房が肥後熊本人の精神構造について以下のように記しています。「熊本人は敦厚、懇篤なり。方正、律儀なり。質朴、倹素なり。気骨、腕力あり、信義礼譲を守り、名節廉恥を重んじ、理論に長じ、虚誕ならず、軽薄ならず。浮誇ならず、尚武の風あり。そなわらんことを、人にも求むるあまり、往々、他人の瑕疵を摘発して、はばからざるの傾きあり、小人をにくみ、悪人をこらすの熱情よりして、寛弘の量に乏しく、ややもすれば、他を排斥することを快とし、はなはだしきに至りては、人の美を忌み、人の善をねたむなど、その悪弊枚挙にいとまあらず。」――いやはや(笑)。

きょうの朝日新聞「声」欄の赤川次郎氏の投稿は秀逸でした

きょうの朝日新聞「声」欄(西部本社版)に作家の赤川次郎氏の投稿が掲載されていました。大阪市長に対して価値観の押し付けをいさめる内容となっていました。投稿の冒頭で触れられていたのが、式典において国歌斉唱のチェックに忙しい市の教員管理職こそ歌っていないだろうから、処分するべきだという主張でした。哀れな権力者の滑稽さを嗤うこうしたセンスは、爽やかな春の朝にふさわしい文章でした。